AI は絶滅の危機に瀕したゾウを救うことができるのか?

Posted by: ジェニファー ラングストン (Jennifer Langston)

コンゴ共和国の熱帯雨林の奥深く、地球上で最も高度な動物の音声監視システムが稼働しています。Elephant Listening Project の音響センサーが休むことなく大量のデータを収集しています。

これらのセンサーは、Nouabalé-Ndoki National Park と近隣の伐採地で、チンパンジー、ゴリラ、アカスイギュウ、絶滅危惧種のヨウム、落下する果実、吸血昆虫、チェーンソー、エンジン、人声、銃撃などのあらゆる音響を収集します。しかし、センサーを設置した研究者と地区管理者が求めているのは特定の音、すなわち、発見が難しいマルミミゾウの鳴き声です。

マルミミゾウの数は急速に減少しています。科学者は、過去数 10 年に象牙目的の密漁によってアフリカにおける 3 分の 2 の個体が失われたと推定しています。ポール アレン (Paul G. Allen) の Great Elephant Census が2016年に公表した結果によれば、アフリカのサバンナゾウの数も過去7年間に、主に密漁により 30 パーセント減少しています。

しかし、エコシステムのバランス維持にとっても観光産業にとっても重要なこれらの種を救おうとする人々は強力なツールを入手しました。人工知能です。

Microsoft AI for Earth の補助金受領企業である、カリフォルニア州サンタクルーズの Conservation Metrics は、機械学習を使用して野生環境を監視し、自然保護の取り組みを評価しています。同社は、高度なアルゴリズムを応用して Elephant Listening Project を支援しています。このアルゴリズムはコーネル大学の Lab of Ornithology の研究成果に基づいたものであり、熱帯雨林の騒がしい環境の中からマルミミゾウの鳴き声を識別します。テラバイト級のデータから希少なパターンを見つけ出すことは、人間であれば数年を要する作業ですが、AI にとっては得意な仕事です。

研究者たちは、ゾウの鳴き声のデータを使用して、より正確な個体数の推定を頻繁に行い、移動を記録し、安全性を向上させて、将来的には、航空写真では困難な個体識別の実現を目指しています。

これは、生物学者、自然保護グループ、マイクロソフトのデータサイエンティストが、AI を使用してアフリカ全域のゾウの密猟を防止し、象牙の取引を禁止し、生息地を保護するために行っている多くの活動の 1 つです。この取り組みには、警備員に密猟を知らせるリアルタイムの移動パターン検出、象牙の違法販売のオンライン広告遮断のための機械学習の活用などがあります。

Elephant Listening Project の科学者たちは、アフリカのマルミミゾウの個体数が 2011 年時点のおよそ 100,000 頭から現在の約 40,000 頭以下にまで減少したと推定しています。しかし、この推定は、押収された象牙の数、密猟の兆候、定期的に行うにはコストが高すぎる聞き取り調査などの間接的な証拠に基づくものです。

Elephant Listening Project は、30 年以上にわたり、ゾウが低いうなり声で互いにコミュニケーションしていることを研究してきました。最近になり、研究者たちは、個体数の推定、そして、中央・西アフリカにおけるマルミミゾウの将来的な保護のために音響センサーの使用を開始しました。

たとえば、ゾウが特定の季節に希少なミネラルや交尾相手を見つけるために、非保護区の森林伐採権対象の空き地を使用しているとします。科学者は、伐採業者と交渉し、ゾウへの影響を最小化するように伐採のスケジュールを決めてもらうことができます。

しかし、データをアフリカの森林から持ち出し、迅速に分析するにはボトルネックがあったと、Elephant Listening Project を統括するコーネル大学のシニア準研究員であるピーター レッジ (Peter Wrege) は述べます。

「現時点では、私たちがデータを森から持ち出すと、保護区管理者は『何が発見された?』『ゾウの数は減っているか?』『至急対応が必要な事態はあるか?』などの質問を投げかけてきます。そして、その答を出すために数カ月を要することもあります。」

2017 年に、Conservation Metrics は、効率向上のために Elephant Listening Project との協業を開始しました。同社の機械学習アルゴリズムは、ゾウの鳴き声をより正確に識別できており、人間によるレビューを不要にできることが期待されています。しかし、音響センサーのデータ量は膨大であり、現地にあるサーバ能力では不十分でした。

Microsoft の AI for Earth プログラム は、野生生物関連データの処理と分析を行う Microsoft Azure  上のワークフロー構築のために Conservation Metrics に 2 年間の補助金を提供しました。Elephant Listening Project にもデータ処理コスト支援のために Azure のコンピューティングリソースを寄付しています。Azure の計算能力により処理を大幅に高速化できると Conservation Metrics CEO のマシュー マコーン (Matthew McKown) は述べています。また、クライアントがデータを直接アップロードして処理するための新たな機会も提供されます。

現時点では、数カ月分の音響データをコンピューターが処理するにはおよそ 3 週間を要するとマコーンは述べます。今年に Azure への移行が完了すると、同じ作業は1日で完了します。

「これは大きな改善です。機器を現場に設置してから、分析を行い、現場に有効な情報を提供するまでのループを短縮できることを大いに期待しています。現在、このプロセスにはきわめて長時間を要しています。」

「まだ表面をなでたにすぎません」

Mara Elephant Project などの自然保護グループと協力関係にある、Save the Elephants の研究者ジェイク ウォール (Jake Wall) は、ケニヤなどの 7 カ国のサバンナゾウの情報に迅速にアクセスできています。それは、衛星と携帯網を経由して位置情報を送信する GPS トラッキング首輪 を研究対象の動物に付けているからです。

この情報は、アフリカ全域の保護区で使用されているリアルタイムのデータビジュアリゼーションプラットフォーム Domain Awareness System (DAS) にアップロードされます。現在、同プラットフォームは、保護官の車両と無線、動物のトラッカー、設置カメラ、ドローン、天候モニター、現場の報告、わなの場所、衛星画像などの15種のデータソースを統合しています。このツールは、ポール アレンの Great Elephant Census により開発されました。同団体は、AI for Earth のパートナーであり、DAS システムとそのデータを Azure クラウド上に移行し、管理者にリアルタイムのダッシュボードを提供しています。このダッシュボードにより、違法行為や他の絶滅危惧種への脅威を防止するための情報が提供されます。

また、DAS は、動物の動きが遅くなったり止まったりした時には保護官にメールやショートメッセージで警告を送ってくれる Save the Elephants トラッキングアプリを一部の地域で提供しています。このアプリは、動物が人間の居住地に向かい畑の作物を荒らす可能性がある時にも警告を送ってくれます。この場合には、保護区管理者や農家は動物を安全な方向へ導くことができます。ガボン、モザンビーク、コンゴなどで、463 台のトラッキングデバイスが利用されており、そのうち 358 台はゾウのためのものです。

他のプロジェクトとして、マイクロソフトは、南アフリカのサイなどの密猟と戦う Peace Parks Foundation と協力し、密猟のリスクを検出・評価するリモートセンシングシステムを構築しました。また、マイクロソフトは、NetHope Azure Showcase 補助金を通じて、オープンソースの SMART (Spatial Monitoring and Reporting Tool) Connect を Azure クラウドに移行しています。このツールは、アフリカ全域で数 10 もの野生動物の監視活動の効率向上のために活用されています。

また、AI for Earth は、Protection Assistant for Wildlife Security (PAWS) を構築し、改良を続けている USC Center for AI in Society (CAIS) とカーネギーメロン大学にも補助金を提供しています。このツールは、密猟が最も起こりやすい場所を判定する機械学習によってパトロールのルートを作成します。USC CAIS は、夜間のドローン撮影映像から密猟者や動物を検出できる Systematic Poacher Detector を開発し、改良を続けています。このシステムは、Air Shepherd などの組織によって採用されています。

発信器付き首輪、センサー、イメージ収集などの技術進化にもかかわらず、データを科学的な知見と有効なアクションに結び付けるためには、多大な追加作業が必要だとウォールは述べています。

「私たちはまだできることの表面をなでただけにすぎないと考えています。マイクロソフトと AI for Earth が提供してくれる専門知識は、生物学者は通常持ち合わせないものであるため、今後に大きく期待しています」とウォールは述べています。

「ゾウを個別に認識する、行動の変化を検知する、人間の居住地の拡大や森林伐採によって何が起きるかを推定するなど、機械学習が直ちに適用できそうな領域は 7 から 8 件はあります。」

ウォールは、AI for Earth 担当のマイクロソフトの研究者ダン モリス (Dan Morris) と 6 件ほどのプロジェクトのアイデアを検討してきました。ゾウが不自然なほど一直線に疾走する行動を機械学習で識別する方法を研究するプロジェクトもあります。このような行動は密猟などの脅威の兆候である可能性があるからです。

また、モリスは、動きを検知して対象物を撮影する設置型カメラへの機械学習の応用にも取り組んできました。映像から目的とする動物を探し出すのは干し草の山の中から 1 本の針を見つけるようなものだったからです。

「撮影したイメージを見る時間がなく、結局は学生の本棚の中に置きっぱなしになってしまうこともありました。このプロセスを飛躍的に高速化できる機械学習の可能性はきわめて大きいと言えます。現在、この分野ではコンピューターサイエンティストによる堅実な取り組みが行われており、生物学者が実際に利用できるツールが提供されるまでには 1 年はかからないと考えています。」

ウォールとモリスは航空写真からゾウとバッファローやシマウマなどの他の動物を区別するために AI を活用することにも取り組み始めました。ゾウが他の野生生物、さらには、家畜などの接触する時と場所を知ることで、保護官は人間との衝突を最小化することができ、科学者は疾病の伝染に関する理解を深めることができます。

これらの洞察は土地管理上の意思決定にも役立ちます。たとえば、どこを保護区として陳情すべきか、道路やパイプラインなどの人間向けのインフラをどこに設置するかなどです。これは、ゾウの生息にとって最も重要な要素ですが、ほとんど理解されていないとウォールは述べます。適切なイメージデータにアクセスできれば、AI ツールは、ゾウの生息地に対する人間の浸食を監視し、有効な洞察を提供してくれます。

「緊急の問題として常に密猟にフォーカスしていますが、アフリカのゾウの個体数に今後影響を与えるのは人間の居住地の拡大、そして、道路や鉄道の拡張なのです」とウォールは述べています。

「AI はきわめて重要な要素です」

ゾウを救うためには密猟行為を止めるだけでは十分ではありません。密猟の背後にあるグローバルな市場を経済的に遮断することも同様に重要です。

マイクロソフトなどのテクノロジ企業は、WWF (世界自然保護基金)、TRAFFIC、IFAW (国際動物福祉基金) が設立した連合体である Global Coalition to End Wildlife Trafficking Online に参画しています。象牙、毛皮、野生動物ペットなどの違法取引が物理的な市場からインターネットへと移行する状況を鑑み、同連合体は、オンライン関連企業の協力を求めてその動きを食い止めようとしています。

ゾウ関連商品の違法取引に加えて、連合体は、ペット用のトラの子、センザンコウの鱗、違法サンゴなどの違法取引といった犯罪行為をターゲットにしています。

WWF の野生生物犯罪プログラム担当ジアバナ グレイン (Giavanna Grein) は次のように述べています。「過去においてサイバー犯罪には発見されるリスクが低かったため比較的自由に行われてきました。しかし、今では、私たちはあらゆるプラットフォームにおいて抑止手段を作っています。犯罪者がアカウントを作成し、投稿を行うたびに、直ちに記録されます。犯罪者にとっては困難な状況になるでしょう。」

連合体は、Bing などの検索エンジン、EC サイト、メディア企業などと連携し、プラットフォーム上で禁止される商品について強力で一貫したポリシーを採用してきました。また、WWF は、野生生物の違法取引に関する広告やユーザーアカウントを発見して、削除できるよう企業を支援するための研修も提供しています。

これには、人間による捜査と、野生生物の取引に関連するキーワードを見つけ出すアルゴリズムの両方が必要です。今年の 9 月に、マイクロソフトの AI for Earth のチームは、野生生物関連商品のオンラインでの違法取引の自動発見に取り組むテクノロジ企業と学術研究者のためのワークショップを開催します。その目標は、絶滅危惧種に関する投稿を、人が見て購入する機会を与える前に識別し、削除するテクノロジを開発することです。

「オンラインにおける野生生物の違法取引に立ち向かうには AI はきわめて重要な要素です。必要な唯一の解決策というわけではありませんが、野生生物の違法取引を含む投稿のレビューを自動化することは、サイバー犯罪者の参入を著しく困難にするでしょう」とグレインは述べています。

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