見えないものが見えるようになる。Mixed Reality の新たな可能性。水木しげる記念館「妖怪めがねの異界案内」体験レポート

2022 年 9 月 23 日 (金) から 25 日 (日) に鳥取県境港市の水木しげる記念館で、MR (Mixed Reality) 技術を用いたインタラクティブ体験展示ガイド「妖怪めがねの異界案内 (ガイド)」の実証実験が行われました。この取り組みには、マイクロソフトの MR ヘッドセット HoloLens 2 が”妖怪めがね”として採用されています。来館者は HoloLens 2 を装着して館内を回遊しながら、最新の MR 技術が提供する新しい展示観賞体験を大いに楽しんでいました。

観光×MR、エンタメ×MR の未来につながる実証実験

「妖怪めがねの異界案内 (ガイド)」は、HoloLens 2 を装着した来館者の位置や見ている方向を VPS (Visual Positioning System)「Immersal SDK」で認識、情報提示を行う仕組みにより、記念館の所蔵コンテンツと展示空間の魅力を向上させる取り組みです。館内展示スペースの適切な場所にデジタルオブジェクトが配置され、来館者は装着した HoloLens 2 に投影される視覚情報や耳元で流れる音声情報により、展示物の拡張体験を得ることができます。

Ⓒ水木プロ

この仕組みを開発したのは、MR や VR など空間表現技術の研究開発および製造・販売を中心とした事業を展開し、多くのイベントや展示会に技術を提供しているカディンチェ株式会社。「当社では、2 年ほど前から観光×MR というテーマで研究開発を進めていました。実現できそうなものが見えてきたタイミングで、ぜひ水木しげる記念館で実証実験をさせてほしいとお願いすることにしたんです」と語るのは、カディンチェ代表取締役の青木 崇行氏。「“目に見えないものが見えるようになる” MR 技術は、普段は目に見えない妖怪の特性と相性がいいはず」と、鳥取県を通して水木しげる記念館に打診しました。

「最初は “突拍子もない話だな” と感じましたね」と笑うのは記念館館長の住吉 裕氏。大掛かりな提案に戸惑いながらも、「まず “見えないものが見えるようになる” という世界観に共感しました。そして新たな展示方法として先端技術の可能性を実証できるなら、ぜひご協力したいと思いました」と快諾。こうして「妖怪めがねの異界案内」プロジェクトが実現することになったのです。

HoloLens 2 を通して妖怪たちの姿が現実に重なる

水木しげる記念館は、境港市出身の漫画家、妖怪研究家、冒険旅行家として知られる水木しげる氏の魅力と作品を体感できる展示施設として 2003 年に開館。2019 年には年間 25 万人を超える来館者がありました。同館と境港駅を結ぶ「水木しげるロード」は街全体が水木氏の作品世界がモチーフの観光エリアとなっており、全国から多くの観光客が訪れます。

Ⓒ水木プロ
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記念館の 2 階建ての館内に設けられたMRエリアは 7 カ所。「妖怪めがねの異界案内」実証実験の参加者は、入り口で HoloLens 2 を装着してまずは2階へ。階段を見上げると、さっそく MR 空間に案内役の妖怪「バックベアード」とヒトダマがゆらめいています。

2 階は水木氏の膨大な漫画作品を一堂に紹介する「水木しげる漫画ワールド」。「ゲゲゲの鬼太郎」や「河童の三平」などのエンタメ作品から、自身の戦争体験を描いた作品まで、水木氏の幅広い創作活動を知ることができます。

しばらく作品を眺めていると、どこからともなく“チリンチリン”という鐘の音が。周りを見渡してみると、「ゲゲゲの鬼太郎」に登場するお馴染みのキャラクターが視界に現れます。この仕掛けは順路の途中途中に配置されており、館内の至るところから「ねずみ男だ!ほらそこに!」「あ、砂かけばばあがいた!」といった声が聞こえてきます。

Ⓒ水木プロ

続いて参加者は1階へ進みます。「水木ギャラリー」で水木氏の複製原画や直筆の壁画を楽しみつつ、水木氏の人生をたどる「ねぼけ人生の間」へ。展示エリアに足を踏み入れると、HoloLens 2 からはそのエリアの展示を解説する自動音声ガイドが流れてきます。この音声ガイドは案内アプリでも聞けますが、HoloLens 2 であればスマートフォンの操作に煩わされることなく情報を得ることができます。

「水木しげるの仕事部屋」は、水木氏の創作風景を再現したエリアです。等身大パネルの水木氏が作業机に向かっており、机の上には氏が実際に使っていた愛用の仕事道具などが並べられています。ここでは HoloLens 2 越しに「目玉おやじ」が机の上に現れる仕掛けが施されており、作者とキャラクターが同一空間に存在する、ファンにとっては夢のような風景を見ることができます。

Ⓒ水木プロ
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妖怪と触れ合えるインタラクティブな体験も

Ⓒ水木プロ
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水木氏の子ども時代を描いた「のんのんばあとオレ」のエリアを抜けると、参加者は「妖怪めがねの異界案内」の目玉スポットのひとつ「妖怪洞窟」へと誘われます。ここは薄暗い空間にさまざまな妖怪のオブジェが展示されているエリアで、その魅力的な造形を楽しむことができます。

ここでは、妖怪洞窟のオブジェに HoloLens 2 の中央に現れた円を重ねると、ポップアップのようにその妖怪の名前と説明文が現れる仕掛けが施されています。参加者たちは「この妖怪はなんて名前だったかな?」「そうそう、これは大かむろだ」と、こぞってオブジェに焦点を合わせます。

Ⓒ水木プロ
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「実はこの妖怪洞窟の仕掛けが技術的には一番苦労したところでした」と青木氏。照明が暗いためオブジェの位置情報を得るのが難しく、HoloLens 2 でなかったらこの仕掛けは実現できなかったかもしれないと語ります。

「HoloLens 2 であれば、館内を回遊するあいだに位置情報を見失わず、安定的に認識できます。他の MR デバイスと比べても、見ている方向まで正確に認識できるデバイスとソフトウェアという条件で考えると、HoloLens 2 しか選択肢はありませんでした。装着したまま館内を歩き回るので、安全性を考慮すると透過型ディスプレイであることも重要でした」と評価する青木氏。「実証実験は失敗を重ねて課題を見つけるためのものなので、デバイスの機能性が原因となる失敗は防ぎたかったんです」。さまざまな MR デバイスを熟知する同氏の意見には説得力があります。

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続いて、参加者はもうひとつの目玉スポット「妖怪ひろば」へ。ここでは壁一面に日本地図が描かれ、各都道府県を代表する妖怪が紹介されています。HoloLens 2 の焦点を妖怪に合わせると、妖怪の絵と解説がポップアップ。ここまでは妖怪洞窟のときと同様ですが、仕掛けはそこで終わりません。ポップアップをさらに見つめていると、なんと妖怪が画角から飛び出してくるのです。飛び出す妖怪は全部で 36 体。気がつくと自分の周りが妖怪だらけになっています。

参加者たちは右を向いたり左を向いたり、思わず手で触ろうとしたり、大いに楽しんでいる様子。この体験は、部屋に置かれたモニターを通して HoloLens 2 を装着していない人にも共有することができます。目で見えるのは何もない空間に手を伸ばす参加者の姿ですが、モニターには参加者の周りに妖怪たちがふわふわと浮いている様子が映し出されるのです。非装着者も「妖怪めがねの異界案内」の一端を体験でき、モニターを撮影した画像を記念に持ち帰れるコーナーとして、参加者から好評を得ていました。

Ⓒ水木プロ
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開発側、受け入れ側それぞれが感じた MR の可能性

青木氏は、「MR はあくまでプラスアルファの付加価値を与えるためのものですから、既存の展示と両立することを第一に考えました」と開発時のテーマを語ります。「例えば、ねぼけ人生の間は水木先生の足跡を辿るために文字をじっくり読んでほしい場所ですから、音声情報のみを流しています。一方妖怪洞窟や妖怪ひろばはオブジェが中心ですから、視覚情報を付加して賑やかにする。そのバランスは考慮しました」。実際に体験してみると、MR があることで展示物をより楽しめるエリアとじっくり見てまわりたいエリアとのメリハリが、記念館の魅力をより高めていると感じました。

「裏側ではこんなに大変な作業をされているものなんですね」と、セッティング中の調整作業の多さに驚いたという住吉氏。青木氏も「東京の自社でシミュレーションは行いましたが、正確にオブジェを配置するためには現地に来なければ最終調整できないというのが一番大変でした」と苦労を語ります。カディンチェのスタッフは、一般公開の4ヶ月前から定期的に境港に通い、微調整を繰り返してきたそうです。

その様子を見てきた住吉氏は「正直、もしもこういった最新技術を導入するとなったら、館員がセッティングやトラブルへの対処をしなければいけないのは大変だな、と感じます。本格導入するとなればコストも大きくなりますしね」と懸念を示しながらも「今回の実証実験で、MR 技術によって全く新しい展示方法が生まれるということがよくわかりました。記念館や博物館だけではなく、いろいろな場所で応用できるでしょうし、観光業界にとっては本当に魅力的だと思います」と、大きな期待も抱いています。

「参加者の皆さんが、思った以上に視覚情報に興味を示すこと、それに伴って実際の展示に注意が向きにくいといった課題も抽出できました。安定性も大いに改善の余地があります」と課題を語る青木氏。一方で収穫も多かったと言います。「例えば日本語話者ではない方に対して多言語で案内できるようにする、視覚に障碍のある方には音声で、聴覚に障碍のある方には画像でといった具合に、MR を使えばその人の特性にあったコンテンツを提供できることも再認識できました」と、大きな手応えを感じています。

「コロナ禍において、現地の体験を仮想空間で得る VR (仮想現実) が社会に浸透しました。現地に直接行けるようになったこれからは、MR (複合現実) の時代です。現実空間をさらにパワーアップさせる MR 技術には、大きな可能性があると思っています」と力強く語る青木氏。新たな分野を切り開くパートナーとして「未知の分野に投資をし続けてくれることに感謝しています。HoloLens の今後の進化にも期待しています」とマイクロソフトへの期待も膨らみます。

Ⓒ水木プロ

「妖怪めがねの異界案内」を体験した方に話を聞いてみました

家族で兵庫県から来館されたという男性は、「前に来たときと比べて、MR ゴーグルをかけることでかなり印象が変わりましたね。子どもも、知っている妖怪が出てきたら名前を呼んだり触ろうとしたり、没入している様子でした。動きがある画像があったらもっと楽しめそうですね」。やや大人向けの展示が多い水木しげる記念館も、MR を使えば子ども向けコンテンツを増やせるかもしれません。

Ⓒ水木プロ

今年 8 回目の来館だという水木氏ファンの女性は「展示は見慣れているので、いつもはすいすい進むのですが、今回はなかなか先に進めませんでした。妖怪ひろばで妖怪たちに囲まれた体験は、まるで夢のようでした」と、感動を興奮気味に話しつつ、「小豆洗いが出るところで小豆を研ぐ音が鳴るなど、妖怪に合った演出があったら面白いですね」と、ファンならではの視点から提案してくれました。

何度も訪れているという鳥取県在住の女性は、初めてのお友だちを連れて来館。「MR をとても楽しみにしていました。シンプルな展示の印象がまるで変わって、新たな魅力を発見できました。見慣れているからこその驚きが大きかったですね。常設にしてここの売りにしてほしいです」と要望。お友だちも「初めてでしたが、音声ガイドがあったので、解説の文章を読むよりわかりやすかったです。場所ごとに解説が自動で切り替わるので楽に回れました」と満足した様子で語ってくれました。

ゴーグルの調整が難しかった、階段の昇り降りで足元が気になった、文字が小さくて読みにくかったという意見もありましたが、青木氏の言葉を借りれば、失敗を重ねて課題を抽出することが実証実験の目的です。きっとこれらの声が次の一歩につながるはずです。

こうして 3 日間にわたって実施された「妖怪めがねの異界案内」実証実験。MR 技術によって、すでにある観光資源やエンタメ作品の世界を拡張して価値を高め、新しい体験につなげられる可能性を大いに感じることができました。

Ⓒ水木プロ

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