Project Silica の概念実証でワーナー・ブラザースの映画「スーパーマン」を石英ガラスに保存

ジェニファー ラングストン (Jennifer Langston)

※ 本ブログは、米国時間 11 月 4 日 に公開された” Project Silica proof of concept stores Warner Bros. ‘Superman’ movie on quartz glass” の抄訳です。

マイクロソフトとワーナー・ブラザーズは、1978 年の象徴的な映画である「スーパーマン」全編を、共同でタテ ヨコ 75 ミリ、厚さ 2 ミリという飲み物のコースターとほぼ同じ大きさのガラスに保管し、読み込むことに成功しました。

これは、マイクロソフトリサーチが手掛ける Project Silica における初の概念実証テストでした。Project Silica とは、昨今の超高速レーザー光学と人工知能分野における発見を活用し、石英ガラスにデータを保存するというプロジェクトです。レーザーがさまざまな深さや角度の 3 次元ナノスケール回折格子と変形の層を作成し、ガラス内のデータを符号化符号化します。また、ガラスを通じて偏向した光の輝きが作り出すイメージやパターンを機械学習アルゴリズムで復元復元し、データを再度読み込みます。

硬質の石英ガラスは、お湯に入れたり、オーブンで焼いたり、電子レンジで加熱したり、浸水させたり、磨いたり、消磁したりしても耐久性を保つことができ、貴重な歴史的記録や文化財が何らかの不具合で破壊されてしまうような環境的脅威にも耐えうることができるものです。

これは、Microsoft Azure への投資を示すものでもあります。Azure では、コンピュータやその他のシーンに向けて設計されたストレージメディアに依存することなく、クラウドコンピューティングの仕様に合わせて特別に構築されたストレージテクノロジを開発しようとしています。Azure は、Project Natick における水中データセンターのテストや FPGA の処理能力を活用した Project BrainwaveOptics for the Cloud (クラウド用光学) という新たな研究など、短期的および長期的な課題の解決に向けたマイクロソフトリサーチの専門知識を信頼しており、今回の取り組みもそのひとつに過ぎません。

「映画『スーパーマン』全編をガラス内に保管し、読み込むことに成功した点は、大きな節目となります」と、Azure の最高技術責任者であるマーク ルシノビッチ (Mark Russinovich) は語ります。「すべての疑問がクリアになったとまでは言いませんが、『こんなことができるのだろうか?』と自問する段階は過ぎ、現在は改良と実験に取り組んでいる段階です」

この研究をしていてることを知り、マイクロソフトにアプローチをしたワーナー・ブラザースは、膨大な資産のコレクションを守る新たな技術を常に探し求めていました。同社のコレクションは、映画「カサブランカ」や 1940 年代のラジオ番組、短編アニメ、劇場映画のデジタル撮影版、テレビのホームコメディ、映画セットの下見フィルムなど、歴史的宝庫であふれています。ワーナー・ブラザースは何年もの間、数百年に渡って保存できるストレージ技術を探していました。洪水や太陽光に耐えられることはもちろん、特定の温度に保つ必要がなく、定期的にリフレッシュする必要もないような技術を求めていたのです。

「われわれにとって、信じていることがいつの日か実現するという想いが、希望の光になっていました。マイクロソフトがこのガラスベースの技術を開発したと知り、この想いを証明してみようと思ったのです」と、ワーナー・ブラザースの最高技術責任者、ビッキー コルフ (Vicky Clof) 氏は述べています。

長期保管コストを削減

「クラウド」というと、多くの人はスマートフォンやコンピュータの容量を使うことなく何千枚もの家族写真や数百万通のメールを保存できる方法だと考えています。ただし、これらのデータは遠隔地にあるハードウェアに物理的に保存されており、さまざまなデバイスからアクセスできるようになっています。

医療記録から面白い猫のビデオ、宇宙船で撮影された画像に至るまで、人類が保存しようとしているデータ量は爆発的に増加している一方で、既存のストレージ技術の容量は行き詰まりつつあります。

データは、情報が失われる前に新たなメディアへと繰り返し移行する必要があるため、長期的なストレージコストは増加しています。ハードディスクドライブの寿命は 3~5 年、磁気テープの寿命は 5~7 年とされていますし、ファイルフォーマットも古くなり、アップグレードにはコストがかかります。例えばワーナー・ブラザースでは、自社のデジタルアーカイブを 3 年ごとに自主的に移行するようにしており、率先して品質低下の課題に取り組んでいます。

ガラスストレージでは、データを書き込むことが一度きりであるため、コストを抑えられる可能性があります。超短光パルスを放ち、一般的にレーシック手術で用いられるフェムト秒レーザーがガラスの構造を完全に変えるため、何世紀にもわたってデータを保管できます。

石英ガラスも同様に、エネルギーを大量に消費する空調で材料を一定の温度に保つ必要はなく、空気から水分を除去するシステムも必要ありません。これにより、大規模データストレージにおける天然資源の消費量を抑えられる可能性があります。

「マイクロソフトが作ろうとしているのは、家庭に置くものや映画を再生するものではありません。クラウド規模で運用するストレージを構築しているのです」と、英国ケンブリッジのマイクロソフトリサーチでパートナー副ラボディレクターを務めるアント ロウズトロン (Ant Rowstron) は話します。ケンブリッジのマイクロソフトリサーチは、サウサンプトン大学と協力し、Project Silica を開発しました。

「私たちが無くしたかったのは、コスト高になる次世代へのデータ移行と書き換えの繰り返しです。50 年、100 年、1000 年間棚にしまっておき、必要な時まで忘れていられるものが欲しかったのです」とロウズトロンは述べています。

Project Silica は、「コールド」データと呼ばれるデータの保存を目標としています。コールドデータとは、非常に価値があったり、企業が保管を義務付けられていたりするアーカイブデータのことで、頻繁にアクセスする必要がないものです。これには、生涯にわたって保管する必要のある患者の医療データや、金融規制データ、法的契約、エネルギー探査に関する地質情報、市に保管義務のある建築計画なども含まれる場合があります。

ワーナー・ブラザースでは、マイクロソフトのソリューションテストの支援に強い関心を示しています。それは、同ソリューションが、長期間のデータ保存にまつわるコストや非効率性を軽減させる可能性があるからだとコルフ氏は言います。

「ワーナー・ブラザースは、さまざまな指標で見てもメディアおよびエンターテインメント業界で最大のコンテンツを抱えているため、規模的な課題はわが社独自のものです。しかし、解決しようとしていることは決して独自の問題ではありません」とコルフ氏は述べています。

デジタルデータを物理データに変換

ワーナー・ブラザースは、映画とテレビで 100 年近い歴史があり、そのエンターテインメント資産は世界でも最大級の深みと貴重さを保っています。同社にとって重要な事業の一部として、古い映画を新たなフォーマットにして再リリースすることや、新たな観客に向けて再度提供することが挙げられます。また、世界で最も愛されている物語を永久保存することも、文化的に大きな責任があるとコルフ氏は話します。

「『オズの魔法使い』といった映画や『フレンズ』のようなテレビ番組が、世代を超えて利用できなくなり、楽しんだり見たり把握したりできない状況を想像してみてください」とコルフ氏。「考えられないですよね。だからこそワーナー・ブラザースではコンテンツの保管とアーカイブをとても真剣に捉えているのです」

同社では、最悪のケースが発生した場合の対応策をいくつも準備しています。地震、海岸を襲うハリケーン、抑制システムが稼働しない状態での火災、気象制御に不具合が発生して湿気が蓄積し、映画の在庫が台無しになってしまう場合なども想定しています。

目標として、ひとつの資産につき3 つのアーカイブコピーを世界の異なる場所に保存することが挙げられます。内訳として、2 つは個別のデジタルコピー、もうひとつはオリジナルの物理コピーとして、その映画やテレビ番組、アニメが作成された媒体の元となるものを想定しています。

幸い、オリジナルのフィルムネガは、適切な状態で保存されれば何世紀も持ちこたえられます。ただし、1970 年代に撮影されたテレビ番組「Alice」のように、一部の古いテレビ番組のオリジナル物理コピーは寿命が限られており、新たなフォーマットへの移行が必要となります。また、デジタル方式で撮影された最近の映画やテレビ番組では、アーカイブ品質の第 3 コピーの移行サイクルが 3~5 年と非常に短く、管理も困難です。

「テレビ番組がデジタルアーカイブに直接入っているとしても、そこに物理的なものは何もありません」と話すのは、ワーナー・ブラザースのグローバルメディアアーカイブおよび保存サービス担当バイスプレジデントのスティーブン アナスタシ (Steven Anastasi) 氏です。「デジタルファイルが入っていても、金庫や岩塩坑に入れたり、ビル内の物理的な場所に入れたりするモノは何もないのです」

ワーナー・ブラザースでは、Project Silica で永続的な物理資産を作成し、重要なデジタルコンテンツや耐久性のあるバックアップコピーを保管したいと考えています。現在、同社ではデジタル撮影された劇場リリース版をアナログ映画へと変換し、アーカイブ用の第 3 コピーを作成しています。最終映像をシアン (青緑)、マゼンタ (赤紫)、イエロー (黄色) の 3 色に分割し、白黒フィルムネガに転送するのです。白黒フィルムネガは、カラーフィルムのように色あせることがないためです。

こうしてできたネガは、コールドストレージアーカイブに格納されます。高度に管理されたこの保管庫では、温度と湿度が厳しく制御され、空気探知機が問題の元となりそうな化学分解の兆候を監視します。フィルムを元に戻す必要がある場合は、この複雑な手順をやり直さなくてはなりません。

このプロセスはコストがかかる上、世界でもほんの一部のフィルムラボでしか対応していません。また、定性的な観点からもこのプロセスは最適ではないと、ワーナー・ブラザースのグローバルアーカイブおよびメディアエンジニアリング担当シニアバイスプレジデントであるブラッド カラー (Brad Collar) 氏は語ります。

「スクリーン上のピクセルを示す 0 と 1 を使ってデジタルで何かを撮影し、それをフィルムと呼ばれるアナログ媒体に印刷すると、元のピクセル値が破壊されます。見た目は結構良くても、元に戻せないのです」とカラー氏は言います。

「ピクセルのデジタル描写をSilicaのような媒体に入れ、カメラから出した時と全く同じように読み込むことができれば、われわれにとって可能な限りの力を発揮して保存作業が完了したといえます。私が自分の仕事で一番好きなのはこの部分です」とカラー氏は続けます。

ワーナー・ブラザースのコンテンツでデジタル撮影されたテレビ番組すべてをアーカイブ用のフィルムネガにするには膨大なコストがかかります。そこで、同社では、デジタルコンテンツの物理アーカイブを作成する代わりに、Project Silica がより安価で高品質な代替手段にならないかと考えているのです。

これを実現させるには、まだ多くの作業が必要です。マイクロソフトの研究者は、データの書き込みと読み込みの速度と密度を大幅に向上させる必要があるでしょう。ワーナー・ブラザースは、ガラスアーカイブからデータを読み込む自社インフラの構想があります。それでも、両社はここまでやってきたことが将来性のあることだと見込んでいます。

「Project Silica のストレージソリューションが、非常に費用対効果が高くスケーラブルであると判明すれば、まだ初期段階であることは皆理解していますが、他のスタジオや同業者、さらには他業界でも採用されてほしいと思います」とコルフ氏は語ります。

「私たちにとって役立つものであれば、コンテンツを保管しアーカイブしたいと考えるどの企業にとってもメリットがあるものだと固く信じています」とコルフ氏は付け加えます。

クラウド用ストレージの設計

劇場以外で見ることを想定していなかったサイレントムービーから、現代の分析ツールや AI により新たな知見が入手できるかもしれない歴史データに至るまで、当時、誰もその価値に気づくことなく失われてしまった情報がどれほどあるか、知る術はありません。

マイクロソフトの次世代ストレージ研究における目標のひとつには、DNA にデータを保存するという取り組みもありますが、それと並行して、データを保存するかどうか考える必要がないほど安価で手のかからないソリューションの開発が挙げられます。

マイクロソフトの研究者は、現在データセンターで使われている技術を駆使してその目標を達成しようと何年も取り組んできました。しかし、クラウドの誕生よりもずっと昔に他の目的で発明されたスプーリングテープや回転ディスクなどのサイズや形状、制約などにより、求めている結果にたどり着くことはできませんでした。

「最終的には、『他に何もしなくてもいいような、クラウド用のものをゼロから構築することはできないだろうか』と考えるようにもなりました」とロウズトロンは語ります。

そこで、マイクロソフトは、サウサンプトン大学オプトエレクトロニクス研究センターとの協業を開始することにしました。ここで、マイクロソフトの研究者はまず、フェムト秒レーザーでガラス内にデータを保存するというデモを披露したのです。英国ケンブリッジのマイクロソフトにおける Azure の投資により、研究室では物理学者や光学専門家、電気技術者、ストレージ分野の経験を持つ研究者という専門分野の垣根を超えたチームを作り、テクノロジをさらに推し進めました。

以来、マイクロソフトリサーチチームのスピードと精度は格段に高まりました。同チームでは Azure チームとも密に連携し、商用クラウドストレージにおける日々の課題や要件を念頭に Project Silica の設計を進めました。

ロウズトロンは Azure 製品チームとの関係について、「Azure チームからの情報や考えをプロジェクトの初期段階から取り入れていくことで、最終的に Azure にとって本当に役立つものが作れます」と話しています。

Project Silica の赤外線レーザーは、データを「ボクセル」に符号化符号化します。ボクセルとは、平面画像を構成するピクセルの 3 次元版のことです。何かの表面にデータを書き込む他の光学式記録媒体とは異なり、Project Silica ではデータをガラスそのものに保存します。例えば、厚さ 2 ミリのガラスには 100 層以上のボクセルが保管できます。

データは、ガラスを物理的に変形させる強力なレーザーパルスの強度と方向を変更することで、ボクセルごとに符号化されます。これは、ナノスケールレベルで上下逆さまの氷河を生成するような仕組みで、深さやサイズ、溝がそれぞれ異なります。

データの再読み込みには、偏光がガラスを通して輝く際に作成したパターンを機械学習アルゴリズムが復元します。テープストレージの場合、再読み込みしたい場所にスプールするまで時間がかかりますが、このアルゴリズムではガラス内のどの場所にも迅速に的を絞ることができ、情報取得までの遅延時間が短縮できます。

「カセットテープで曲を巻き戻したり早送りしたりしたことのある世代の人は、聴きたい曲にたどり着くまで時間がかかっていたこともわかるでしょう」と、マイクロソフト 主任研究ソフトウェアエンジニアのリチャード ブラック (Richard Black) は話します。「一方、ガラスからの読み込みは非常に高速です。X 軸、Y 軸、Z 軸内を同時に移動できるためです」

壊れやすいワイングラスや電球と違って、データストレージに使われる正方形の石英ガラスは驚くほど固く壊れにくいものです。研究チームは初期段階から石英ガラスを 500 度のオーブンで焼いたり、電子レンジに入れたり、茹でたり、スチールウールで磨いたりしていました。その後データを再読み込みしても、データは無傷でした。

この事実には、ワーナー・ブラザースの保管担当者も納得していました。というのも、保管担当者は数年前、1940 年代にレコードサイズの大きさのガラスに記録されたスーパーマンのラジオシリーズを発見したことがあったためです。

「このシリーズを再生できるプレーヤーも見つけ出し、保管状態が良いことも確認できました。ガラスに保管されていたからです。そこで私たちは、このすばらしいコンテンツをデジタル化し、保存したのです」とカラー氏は語ります。

「今では、金庫内の最も古い資産のひとつはガラスに、金庫内の最新技術のひとつもガラスに保管されています。両方ともスーパーマンです。つまり、完全に一周したことになりますね」

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