AI チップは“ホット”な話題 — シリコンを直接冷却するマイクロ流体技術で最大 3 倍の冷却性能を実現
By キャサリン ボルガー
※本ブログは、米国時間2025年9月23日に公開された “AI chips are getting hotter. A microfluidics breakthrough goes straight to the silicon to cool up to three times better.” の抄訳を基に掲載しています。
AI は文字通り「熱い」存在です。
最新の AI 技術を支えるデータセンターで使われているチップは、従来のシリコンよりもはるかに多くの熱を発生させます。誰しもスマートフォンやノート PC が熱くなった経験があると思いますが、電子機器が高温を嫌うことをご存じでしょう。AI 需要と新しいチップ設計が加速する中、現在の冷却技術では、数年以内に進化の限界を迎える可能性があります。
この課題に対応するため、マイクロソフトは新しい冷却システムのテストに成功しました。現在広く使われている先進的な冷却技術であるコールドプレートと比較して、新しい冷却システムは最大 3 倍の熱除去性能を発揮しました。同システムは、マイクロ流体技術を用いて、液体冷却材をシリコン内部 — つまり熱が発生する場所 — に直接送り込みます。シリコンチップの背面には微細なチャネルが直接刻まれており、冷却液がチップ上を流れることで、より効率的に熱を除去します。また、研究チームは AI を活用してチップの熱分布を特定し、より精密な冷却材の制御を実現しました。
一般的に現在のデータセンターで稼働している多くの GPU は、コールドプレートによって冷却されています。ただ、熱源との間に複数の層が存在するため、この方法では除去できる熱量に限界があります。研究チームは、このマイクロ流体技術が次世代の AI チップにおける効率性と持続可能性の両方の向上に貢献すると考えています。
AI チップは世代を重ねるごとに性能が向上し、それに伴って発熱量も増加しています。マイクロソフトの Cloud Operations and Innovation 部門でシニア テクニカル プログラム マネージャーを務める サシ マジェティ (Sashi Majety) は、「今後 5 年以内に、従来のコールドプレート技術に依存し続けていると、進化が止まってしまう」と語っています。
本日、マイクロソフトは、仮想的なTeams 会議のコアサービスを稼働させるサーバーにおいて、これを効果的に冷却できるチップ内マイクロ流体冷却システムの開発に成功したことを発表しました。

「マイクロ流体技術を活用すれば、より高密度な設計が可能になり、お客様が求める機能をより多く搭載できるようになり、限られたスペースでも高いパフォーマンスを実現できます」と、マイクロソフトの Cloud Operations and Innovation 部門でコーポレート バイス プレジデント兼最高技術責任者を務める ジュディ プリースト (Judy Priest) は語ります。
「そのためには、まずはこの技術と設計が機能することを証明する必要がありました。そして、その次は、信頼性のテストでした」と、ジュディ プリースト (Judy Priest) 続けて述べました。
マイクロソフトが試験的な環境で実施した実験では、マイクロ流体技術がコールドプレートと比較して、(ワークロードや構成によって異なりますが)最大 3 倍の熱除去性能を発揮することが確認されました。また、GPU 内部のシリコンの最大温度上昇を 65% 低減する効果も示されました。もちろん、これはチップの種類によって変動します。これらの結果から、研究チームは、この先進的な冷却技術により、データセンターのエネルギー効率を測る重要な指標である電力使用効率(PUE)の改善や、運用コストの削減にもつながると期待しています。
自然を模倣した AI 活用
マイクロ流体技術は新しい概念ではありませんが、実用化には業界全体で課題がありました。「マイクロ流体のような技術を開発するには、システム全体を見渡す視点が不可欠です。シリコン、冷却材、サーバー、そしてデータセンター全体におけるシステムの相互作用を理解することで、技術の可能性を最大限に引き出すことができます」と、マイクロソフトの Cloud Operations and Innovation 部門でシステム技術ディレクターを務める フサム アリッサ (Husam Alissa) は語っています。
マイクロチャネルの寸法は人間の髪の毛ほどの微細さで、加工精度の確保は極めて困難です。こうした課題に対応するため、マイクロソフトはスイスのスタートアップ企業コリンティス (Corintis)と協力し、AIを活用してチップの高温部を効率的に冷却する生体模倣設計の最適化に取り組みました。この設計は、直線的な上下方向のチャネルよりも高い冷却効率を実現することが、実験で確認されました。生体模倣設計は、葉脈や蝶の羽の模様に似ており、自然界は必要なものを効率よく分配する最適なルートを見つけることに長けています。
マイクロ流体技術には、革新的なチャネル設計に加えて、複雑な工学的課題の克服が必要です。
チャネルが詰まることなく十分な冷却液を循環できる深さを確保しつつ、シリコンが破損するリスクを伴うほど深くなりすぎないようにする必要がありました。研究チームは過去 1 年間で 4 回の設計改良を行いました。

写真提供: マイクロソフト、ダン デロング (Dan DeLong)撮影

写真提供: マイクロソフト、ダン デロング (Dan DeLong)撮影

写真提供: マイクロソフト、ダン デロング (Dan DeLong)撮影
マイクロ流体技術では、チップ用の液漏れ防止パッケージの設計、最適な冷却液の配合の検討、さまざまなエッチング手法のテスト、そしてエッチング工程をチップ製造に組み込むための段階的なプロセスの開発が必要でした。
今回の技術的なブレークスルーは、マイクロソフトがAIサービスの拡大に向けて進めているインフラ投資とイノベーションの、ほんの一例にすぎません。私たちは今四半期だけでも、300億ドルを超える設備投資を計画しています。
これらの投資には、マイクロソフトおよび顧客のワークロードをより効率的に処理するために設計された Cobalt や Maia といった独自のチップファミリーの開発も含まれています。たとえば、Cobalt 100 チップの導入以降、マイクロソフトとその顧客は、エネルギー効率に優れたコンピューティング性能、スケーラビリティ、パフォーマンスの恩恵を受けています。
シリコンは、データセンター内の基板、ラック、サーバーなどの複雑なシステムの中で機能しており、チップはこの大きなパズルの中の1ピースにすぎません。マイクロソフトは、こうしたスタック全体を細かく調整し、連携させることで、システム全体のパフォーマンスと効率を最大化するアプローチを採用しています。その中でも、マイクロ流体技術のような次世代冷却技術の開発は、特に重要な要素です。
次のステップとして、マイクロソフトは自社製チップの次世代モデルにマイクロ流体冷却技術を組み込む方法を検討しています。また、データセンター全体への展開を視野に、製造プロセスへの導入を目指して、ファブリケーションやシリコンパートナーとの協力も続けています。
「ハードウェアは、私たちのサービスの基盤です」と ジム クリーウィン (Jim Kleewein)(Microsoft 365 Core Management のテクニカル フェロー)は述べています。「この基盤の信頼性、コスト効率、スピード、動作の一貫性、そして持続可能性など、私たちそのすべてに強い関心を持っています。マイクロ流体技術はすべての要素において向上をもたらします。」
マイクロ流体技術の利点
たとえば、Microsoft Teams のシンプルな通話は、マイクロ流体冷却がもたらす利点を示す良い例です。Teams は単一のサービスではなく、約 300 の異なるサービスがシームレスに連携して動作しています。あるサービスはユーザーを会議に接続し、別のサービスは会議をホストし、チャットを保存するサービスもあれば、複数の人が同時に話しても全員の声が聞こえるように音声ストリームを統合するサービスもあります。さらに、録音を行うサービス、文字起こしを行うサービスも存在します。
「各サービスにはそれぞれ異なる特性があり、サーバーの異なる部分に負荷をかけます」とクレーワイン (Kleewein) は述べています。「サーバーの使用率が高くなるほど、発熱量も増えるのは当然のことです」

たとえば、ほとんどの Teams 通話は、毎時ちょうどや30分に始まる傾向があります。そのため、通話コントローラーは開始の5分前から3分後までの間に非常に高い負荷がかかり、それ以外の時間帯は比較的落ち着いています。このような需要のピークに対応する方法は主に2つあります。ひとつは、ほとんどの時間使われない高価な追加容量を大量に導入する方法。もうひとつは、既存のサーバーを一時的に高負荷で稼働させる「オーバークロック」という手法です。ただし、オーバークロックはチップの発熱をさらに高めるため、過度に行うとチップの損傷につながる可能性があり、慎重な運用が求められます。
「ワークロードに急激な変動があるときは、オーバークロックできるようにしたいと考えています」と、Microsoft 365 Core Management のテクニカルフェローであるジム・クリーウィン氏は述べています。「マイクロ流体技術はチップの冷却効率が高いため、チップが損傷する心配なくオーバークロックが可能になります。コストや信頼性の面でもメリットがあり、オーバークロックによって処理速度も向上します。」
冷却技術が描く未来
マイクロ流体技術は、次世代の冷却技術を推進し、クラウドスタック全体の最適化を目指す、マイクロソフトの大規模な取り組みの一環です。これまで、データセンターの冷却には大型ファンによる空気の循環が主に使われてきましたが、液体は空気よりもはるかに効率よく熱を伝えるため、より効果的な冷却が可能になります。
マイクロソフトでは、これまでにも「コールドプレート」という液体冷却をデータセンターに導入しています。このプレートはチップの上に設置され、冷却液が流入し、プレート内部のチャネルを循環することで下部のチップから熱を吸収し、加熱された液体は外部に排出されて冷却されます。
チップは、ホットスポットから熱を逃がし、物理的に保護するために、複数の素材で包まれています。ところが、これらの素材は毛布のように熱を閉じ込めてしまい、コールドプレートによる冷却効果を妨げる要因にもなります。AIに最適化された次世代チップは、さらに高性能化が進むと見られており、従来の冷却方法では対応が難しくなる可能性があります。
マイクロ流体チャネルによってチップを直接冷却する方法は、熱の除去だけでなく、システム全体の運用効率も大きく向上させます。断熱層を取り除き、冷却材が高温のシリコンに直接触れることで、冷却材はそれほど低温でなくても十分に機能します。その結果、冷却材を冷やすためのエネルギーを節約でき、従来のコールドプレートよりも優れた冷却性能を発揮します。加えて、発生した廃熱をより高品質に再利用できる点も、マイクロ流体技術の大きな利点です。
マイクロソフトは、ソフトウェアをはじめとするさまざまな手法を通じて、データセンターの運用最適化に継続的に取り組んでいます。「マイクロ流体冷却によって、データセンターの冷却に必要な電力を削減できれば、周辺地域の電力網への負荷も軽減されます」と、リカルド・ビアンキーニ (Ricardo Bianchini) — マイクロソフトのテクニカルフェローであり、Azure のコンピューティング効率を専門とするコーポレートバイスプレジデント — は述べています。
また、熱は、データセンターの設計においても大きな制約となります。サーバー同士を近接させることで通信の遅延(レイテンシ)を抑えられるのがデータセンターの利点ですが、現在の技術では熱の問題により、サーバーを密集させるにも限界があります。マイクロ流体冷却技術を導入すれば、サーバーの集約度を高めることができ、追加の施設を建設することなく、処理能力を向上させる可能性があります。
チップ革命の未来
マイクロ流体技術は、3Dチップなど次世代のチップ設計を可能にする鍵となる技術です。サーバー同士を近接させることでレイテンシが低減されるのと同様に、チップを積層することでさらに通信遅延を抑えることができます。ただし、こうした3D構造は発熱量が多く、冷却の難しさから構築が困難とされてきました。
マイクロ流体技術は、電力消費の多い部分に冷却材を直接届けることができるため、「3Dチップ設計のような場合には、冷却液をチップ内部に流すことも可能になるかもしれません」と、リカルド・ビアンキーニさんは語ります。その際には、積層されたチップ間に円柱状のピンを配置し、冷却液がその周囲を流れるような設計が必要になります。これは、立体駐車場の柱のような構造をイメージするとわかりやすいでしょう。
「物事をより効率的かつシンプルに進められるなら、いつでもそれは新しいチップアーキテクチャを検討するような革新の機会につながります」と、プリースト (Priest) は述べています。
熱による制約を取り除ければ、データセンターのラックにより多くのチップを搭載したり、チップ上により多くのコアを配置したりすることが可能になります。これにより、処理速度が向上し、より小型で高性能なデータセンターの実現につながります。
マイクロ流体などの新しい冷却技術が現実的に機能し得ることの実証を通じ、業界全体における次世代チップのさらなる効率化と持続可能性の実現に貢献してまいります。
「マイクロ流体技術が、私たちだけでなく、誰もが活用するものになってほしいと考えています」と、クレーワイン (Kleewein) は述べています。「採用する人が多ければ多いほど、技術の進化は加速し、私たちにとっても、お客様にとっても、そしてすべての人にとっても、より良いものになるのです」
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