マイクロソフトの研究チームが語る 2025 年の科学的イノベーション 10 選
著者:サリー ビーティー
※本ブログは、米国時間 2025 年 12 月 5 日に公開された ”10 scientific breakthroughs from Microsoft researchers – Source” の抄訳を基に掲載しています。
AI が日常生活の一部として浸透する中、科学者たちは AI がもたらす変革の力を活用し、社会が直面する大きな課題に取り組む革新的な方法を見出しています。
新素材の設計から雲の解析データに基づく洪水リスクのマッピングまで、Microsoft の研究者たちは AI を活用し、これまで以上に迅速かつ効果的に研究を前進させています。
さらに、持続可能性とアクセシビリティの分野においても、驚くべき新しい方法で課題を克服しています。たとえば、海藻を使ってセメントの二酸化炭素排出量を削減したり、スマートフォンのカメラセンサーと光を活用して省エネルギー型コンピューターを開発したりしています。
2025 年、マイクロソフトは査読付き学術誌に多数の研究論文を発表し、その成果の広範な共有を通じ、研究コミュニティ全体の発展に貢献しました。ここでは、金融、ヘルスケア、ライフサイエンス、エネルギーの分野において、AI やその他のテクノロジーがいかにイノベーションを加速し、大きなブレークスルーへの道を開いた 10 の事例をご紹介します。

Majorana 1 : 世界初のトポロジカル量子ビットを搭載した量子プロセッサ
橋や航空機部品の亀裂を自己修復する素材や、汚染物質を価値ある副産物に分解する触媒。さらには、土壌の肥沃度を高めて収穫量を増やし、過酷な気候下でも持続可能な食料生産を可能にする。そんなブレークスルーを想像してみてください。
今年初めに Nature 誌に掲載された論文では、Microsoft の研究者が特異な量子特性を生み出し、新しいタイプの量子チップ「 Majorana 1 」の開発に成功した経緯が詳述されています。このチップは新しい量子アーキテクチャを採用しており、現在のコンピューターでは解決できない有意義で、産業規模の課題を、数十年ではなく数年以内に解決できる量子コンピューターの実現が期待されています。
このチップは、世界初のトポコンダクターを利用しています。これは、マヨラナ粒子を観測および制御できる画期的な素材で、量子コンピューターの構成要素である量子ビット(キュービット)を、より高い信頼性とスケーラビリティで生成することを可能にします。エンジニアリング面での課題は残されているものの、この成果により多くの科学的および技術的課題の克服に成功しました。
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BioEmu1 : 高速なタンパク質安定性予測で、より効果的な医薬品開発を実現
タンパク質は生体の機能を担う基本要素であり、創薬およびバイオテクノロジーにおいて中心的な役割を果たしています。近年、AI によるタンパク質構造の解明は飛躍的に進歩しましたが、既存手法の多くには課題が残されています。タンパク質は動的に柔軟に形を変える分子ですが、多くの手法は静的な一瞬の構造しか捉えられません。また、動的な挙動をシミュレーションで追うには、数年から数十年という膨大な計算時間が必要になります。
そこで登場したのが Biomolecular Emulator-1(BioEmu-1)です。これは生成型ディープラーニングモデルで、各タンパク質が取り得る多様な構造の全体像を研究者が確認できるようにします。医薬品の多くは、タンパク質構造に働きかけて機能を高めたり、有害な働きを抑えることで効果を発揮しており、タンパク質構造への深い理解が、より効果的な医薬品設計の鍵となります。
Science 誌でも解説されているように、BioEmu-1 は従来のシミュレーションのごくわずかな計算コストで、単一の GPU 上で毎時数千ものタンパク質構造を生成できます。これにより、タンパク質の機能に関連する構造変化をこれまでにない速度で予測でき、治療目的のタンパク質設計において重要な要素であるタンパク質の安定性も予測できるようになりました。
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MatterGen と MatterSim : AI が実現する新材料発見のブレークスルー
新しい材料の開発は技術進歩の原動力です。バッテリーや燃料電池、磁石など、将来のエネルギー分野におけるブレークスルーの実現に不可欠な技術を支えています。しかし、新材料の発見には、これまで高コストで時間のかかる実験が必要でした。コンピューターによるスクリーニングでさえ、数百万もの候補を評価しなければなりません。
MatterGen は、特定用途の要件を満たすように、プロンプトに基づいて新しい材料を生成する生成 AI ツールです。Nature 誌で解説されているように、AI 画像生成ツールがぼやけた画像をプロンプトで鮮明にするのと同様の仕組みで動作します。ランダムな 3D 構造から始め、原子、元素、配列パターンを徐々に調整することで、化学的、機械的、電子的、磁気的に求められる特性を持つ材料を作り出します。60 万件以上のサンプルで訓練された MatterGen は、周期表全体にわたる無機材料の生成において最先端の性能を達成しています。また、MatterGen は材料特性を迅速にシミュレーションする AI ツール MatterSim と連携することで、シミュレーションと材料探索を加速するフィードバックループを実現します。
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RAD-DINO : X 線データと AI 技術の融合
医療現場では、迅速な情報へのアクセスが人命に直結します。
Nature Machine Intelligence 誌に掲載された論文は、生成 AI 基盤モデルが臨床医により正確な情報を提供することで、患者ケアの向上に貢献できる可能性を示しています。
Microsoft Research とメイヨークリニックの共同研究では、テキストと X 線画像を統合するマルチモーダルな基盤モデルの構築に取り組んでいます。このプロジェクトは、Microsoft Research の AI 技術と同クリニックの X 線データを組み合わせ、医師がより包括的な医療データにアクセスし、放射線診断結果をより短時間で分析できるようにすることを目指しています。
この技術は RAD-DINO と呼ばれ、放射線診断とコンピューターに学習させる特定の手法を活用しています。RAD-DINO は、異なる患者の胸部 X 線画像間で解剖学的に一致する部位を特定し、ヒートマップの明度で類似性を示します。ヒートマップとは、X 線、CT、MRI などの画像に重ねて表示され、注目すべき領域を色で示す視覚的な補助ツールです。
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Aurora:高度な大気および気象予測
Microsoft の Aurora は、最新の AI 技術を活用した基盤モデルで、天気予報にとどまらず、幅広い大気現象をより正確に予測します。
Microsoft Research が開発した Aurora は、従来の数値予報や既存の AI 手法と比べて、はるかに高い精度と速度でありながら、低い計算コストで大気現象を予測します。Aurora の特長は、その汎用性にあります。ファインチューニングにより、従来の気象予測の枠を超え、大気汚染、海洋波、熱帯低気圧などの予測にも特化した機能をもたせることができます。
Aurora は、100 万時間を超えるデータから一般的な気象パターンを学習し、予測を生成します。従来の大規模スーパーコンピューターを使ったシステムが同等の予測に数時間を要するのに対し、Aurora はわずか数秒で予測結果を生成します。Nature 誌に発表された Aurora の初期成果には、降雨予測の精度向上、農作物の物流改善、エネルギー網の保護などへの応用可能性に期待が寄せられています。Microsoft は Aurora をオープンソースプラットフォームとして公開し、Microsoft AI for Good 助成金を通じた研究パートナーシップの強化や、各地域の気象観測所への投資を進めています。
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FCDD:AI による早期乳がんスクリーニングの改善
乳がんは世界中の女性に最も多いがんです。早期検診は命を救う可能性がある一方で、偽陽性率が高く、患者の不安を著しく増大させ、不要な生検につながることもあります。この問題は、高濃度乳房を持つ女性において特に深刻です。高濃度乳房は乳がんリスクを高めるだけでなく、マンモグラフィーなどの従来の画像診断で異常を検出することが困難です。
こうした課題に対し、FCDD(Fully Convolutional Data Description)と呼ばれる新しい AI モデルは、MRI ヒートマップを生成して腫瘍の疑いがある部位を極めて高い精度で特定し、他の AI モデルを上回る性能で早期検出の改善を目指しています。このモデルは、Microsoft の AI for Good Lab、ワシントン大学およびフレッド ハッチンソンがんセンターの共同研究で開発され、その成果が Radiology 誌に掲載されました。現在、このモデルはオープンソースとして公開されています。AI が放射線科医に取って代わることはありませんが、難しい症例の評価や業務負担の軽減を支援する上で優れたツールとなり得ることを示しています。
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海藻を混ぜたセメントでコンクリートのカーボンフットプリントを削減
現代社会の建造物の多くはコンクリートで築かれています。その主要成分であるセメントは、地球上で水に次いで使用量が多い素材であり、温室効果ガス排出の最大要因の一つです。
ワシントン大学とマイクロソフトの研究者は、性能を損なうことなく排出量を削減できるよう設計された、海藻を使った新しい低炭素コンクリートを開発しました。
セメントの排出量の大部分は、製造時に原料を加熱するために使用される化石燃料に由来します。一方、海藻はカーボンシンクです。成長する過程で空気中の炭素を取り込み、蓄えます。Matter 誌に掲載された研究結果によると、セメントに乾燥および粉末化した海藻を混ぜることで、地球温暖化係数(GWP)が 21% 低下しました。GWP は、ガスが二酸化炭素と比較してどれだけ熱を閉じ込めるかを示す指標です。カスタマイズした機械学習モデルを活用することで、研究チームは通常 5 年かかる試行錯誤をわずか 28 日でこの新しい配合を開発しました。
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宇宙から洪水をマッピング — たとえ雲に遮られても
洪水は毎年、世界中で甚大な被害をもたらします。衛星観測は洪水の検出および追跡において非常に有用ですが、長期間にわたる包括的な世界規模の洪水データセットは依然として不足しており、災害への備えを困難にしています。
しかし、Microsoft AI for Good Lab が開発したディープラーニング洪水検出モデルは、レーダー画像を使用する強力な地球観測衛星の雲透過能力を活用し、雲に覆われた状況下でも夜間でも、洪水被害を受けた地域をマッピングできるようにしました。
Nature Communications 誌で解説されているように、研究チームはこのモデルを使って専門的なデータを分析し、過去 10 年間に洪水が発生した地域を世界地図として示すことに成功しました。これにより、より高い信頼度で洪水リスクの高い地域を把握することができます。この長期的な視点を得たことにより、政策立案者は洪水の傾向をより深く理解でき、地域社会はより適切に備えることが可能になりました。研究チームの長期分析は、世界的に洪水が増加している可能性を示唆していますが、この点についてはさらなる研究が必要です。同研究の予測データおよびコードは公開されており、世界中の研究者および災害対応者が洪水監視や災害対応を改善できます。
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アナログ光コンピューター光で : AI と最適化を加速
マイクロソフトは、従来のデジタル電子回路ではなく光を使って、複雑な最適化問題を効率的に処理し、AI 推論(追加学習なしに学習済み AI モデルを実行して結果を生成するプロセス)を加速するアナログ光コンピューター(AOC)を開発しました。最適化問題とは、ほぼ無限の選択肢の中から最適な解を見つけるものです。
Nature 誌に掲載された研究結果は、光を利用して重要な計算を実現することで、現在一般的に使用されている GPU と比べて、ごくわずかなエネルギーで大幅な高速処理ができる可能性を示しています。AOC は、マイクロ LED などの既存のスケーラブル技術を活用して構築されており、既存のサプライチェーンで製造しやすく、より低コストで実現できます。プロトタイプは、銀行業務およびヘルスケアにおける 2 種類の最適化問題の解決に成功しました。具体的には、複雑な銀行取引を最も効率的に決済する方法の発見や、MRI スキャンにかかる時間の大幅な短縮です。
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生物学における AI の可能性とリスクの管理
AI の進歩は、生物学において驚異的な可能性を切り拓いています。しかし、同じ技術がバイオセキュリティリスクをもたらし、有害な毒素や病原体の設計を容易にする可能性もあります。この「デュアルユース(二重用途)」の問題、つまり同じ知識が善にも悪にも利用され得るという現実は、現代科学にとって重大なジレンマです。
マイクロソフト主導の研究チームは、2023 年末から 2 年間にわたる機密プロジェクトに取り組み、その成果を Science 誌に発表しました。研究者たちは、この研究の詳細、特に手法やその限界を公開すれば、悪意ある行為者に悪用される可能性があることを認識していました。そこで、どの情報を共有すべきかを判断するため、政府機関、国際バイオセキュリティ組織、政策専門家らを交えた協議を行いました。
研究チームは、国際バイオセキュリティおよびバイオセーフティ科学イニシアチブ(IBBIS)と協力し、データや手法へのアクセスを段階的に管理するシステムを構築しました。主要な科学誌が、情報ハザードを管理するための段階的アクセス方式を正式に支持したのは、これが初めてとされています。
画像提供
マイクロソフトおよび ジョン ブレッチャー(John Brecher)(Majorana 1)、
ジョナサン バンクス(Jonathan Banks)(MatterGen、MatterSim)、
フランク ラムスポット(Frank Ramspott)/Getty Images(台風画像)、
マーク ストーン(Mark Stone)(ワシントン大学、海藻セメント)、
クリス ウェルシュ(Chris Welsch)(マイクロソフト、アナログ光コンピューター)
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