医療における超知能への道

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※本ブログは、米国時間 2025 年 6 月 30 日に公開された ”The Path to Medical Superintelligence | Microsoft AI” の抄訳を基に掲載しています。 

マイクロソフトの AI 診断オーケストレーター (MAI-DxO) は、毎週発行される New England Journal of Medicine (NEJM) に掲載された実際の症例記録を、最大で 85% 正確に診断しました。この診断精度は経験豊富な医師グループの 4 倍以上です。MAI-DxO は医師よりもコスト効率よく、正確な診断を実現します。

医療への需要が高まる中、コストは持続不可能なペースで上昇しています。そして、不正確な診断や、診断の遅れといった様々な障壁により、数十億人の健康が脅かされる状況も発生しています。そのため、ますます多くの人々が医療に関するアドバイスやサポートをデジタルツールに求めるようになりました。マイクロソフトの一般利用者向けの AI 製品である Bing や Copilot では、毎日 5000 万件以上の健康に関する会話が行われています。初めての膝の痛みに関する問い合わせから、深夜の緊急治療クリニックの検索まで、検索エンジンや AI アシスタントは医療関係のアドバイスを求める際の新たなツールとして急速に役割を拡大しています。

私たちはさらなる支援を提供したいと考えており、生成 AI が変革をもたらすと確信しています。そのため 2024 年末、臨床医、デザイナー、エンジニア、AI 科学者が主導するマイクロソフト AI の一般消費者向け健康プロジェクトを立ち上げました。これは、マイクロソフトの広範な健康に関する取組みを補完し、長年にわたるパートナーシップと革新へのコミットメントに基づくものです。既存のソリューションには、放射線科ワークフローの改善を支援する RAD-DINO や、臨床医向けの先駆的な音声ファースト AI アシスタント Microsoft Dragon Copilot 等が含まれます。

AI が効果を発揮するには、臨床医と患者の双方がその性能を信頼できる必要があります。そこで、私たちの新しいベンチマークと AI オーケストレーターの出番です。

医療における課題とベンチマーク

米国で医療行為を行うには、米国医師免許試験 (USMLE) に合格する必要があります。USMLE は臨床知識と意思決定を評価する厳格で標準化された試験であり、医療分野における AI システム評価の初期ベンチマークの一つとして使われてきました。USMLE は、モデルのパフォーマンスを相互に比較するだけでなく、人間の臨床医と比較する体系的な方法を提供しています。

わずか 3 年で、生成 AI は USMLE や類似の試験でほぼ完璧なスコアを達成するまでに進化しました。しかし、これらの試験は主に選択式問題に依存しており、深い理解よりも暗記を重視しています。医学を選択式問題のワンショット回答に還元することで、こうしたベンチマークは AI システムの見かけ上の能力を過大評価し、その限界を覆い隠してしまいます。

マイクロソフト AI では、臨床での推論能力の向上と評価に取り組んでいます。選択式問題の限界を超えるため、実際の医療における意思決定の基盤となる逐次診断に注目しています。このプロセスでは、臨床医が患者の初診時の症状から始め、最終診断に至るまで質問や検査を反復的に選択していきます。例えば、咳と発熱を訴える患者の場合、臨床医は肺炎の診断に確信を持つ前に、血液検査や胸部 X 線を指示し、その結果を確認します。

世界有数の医学誌である New England Journal of Medicine (NEJM) は、毎週、マサチューセッツ総合病院の症例記録を発表しています。同誌は患者の治療やケアの過程を詳細な物語形式で紹介しており、ここに掲載される症例は、臨床において最も診断が困難で、高度な知的能力を要し、確定診断には、しばしば複数の専門医や検査を必要としています。

では、AI ならばどのように機能するのか。この問いに答えるため、私たちは NEJM の症例シリーズを基にしたインタラクティブなケースチャレンジを作成しました。これを「逐次診断ベンチマーク (SD Bench)」と呼んでいます。このベンチマークは 304 件の最近の NEJM 症例を段階的な診断プロセスに変換し、モデルまたは臨床医が反復的に質問し、検査を指示できるようにしています。新しい情報が得られるたびに、モデルまたは臨床医は推論を更新し、最終診断に向けて徐々に絞り込んでいきます。こうやって得られた診断結果を NEJM に掲載されたゴールドスタンダードの結果と比較します。

各検査依頼には実際の医療費を反映した仮想コストが伴います。これにより、診断精度とリソース消費という 2 つの重要な側面でパフォーマンスの評価を可能にしました。AI システムが課題の 1 つをどのように解決していくかは、以下の短い動画でご覧いただけます。

304 件の NEJM に掲載された症例について、包括的な最先端生成 AI モデル群を評価しました。テストした基盤モデルには GPT、Llama、Claude、Gemini、Grok、DeepSeek が含まれます。

ベースラインベンチマークを超えて、私たちは Microsoft AI 診断オーケストレーター (MAI-DxO) を開発しました。このシステムは、多様な診断アプローチを持つ仮想的な臨床医パネルを模倣し、協働して診断を下すように設計されています。複雑な臨床ワークフローを管理するには、複数の言語モデルのオーケストレーションが重要になると考えています。オーケストレーターは個別のモデルよりも多様なデータソースをより効果的に統合でき、進化する医療ニーズに応じた安全性、透明性、順応性も向上させます。このモデル非依存のアプローチは、監査可能性とレジリエンスを促進します。これらは高リスクで急速に変化する臨床環境において重要です。

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MAI-DxO は任意の言語モデルを仮想臨床医パネルに変換します。フォローアップ質問、検査指示、診断を行い、次に進むかどうかを判断する前にコスト確認と推論検証を実行します。

MAI-DxO はテストしたすべてのモデルの診断性能を向上させました。最も優れたパフォーマンスを示したのは MAI-DxO と OpenAI の o3 を組み合わせた構成で、NEJM ベンチマーク症例の 85.5% を正確に解決しました。比較のため、アメリカとイギリスで 5〜20 年の臨床経験を持つ 21 人の臨床医も評価しました。同じタスクにおいて、これらの専門家が完了した症例の平均精度は 20% でした。

MAI-DxO は柔軟な調整が可能で、定められたコスト制約内で運用できます。これにより、診断意思決定に内在するコストと価値のトレードオフを明示的に探求できます。このような制約がなければ、AI システムはコスト、患者の不快感、ケアの遅延に関係なく、あらゆる可能な検査を実施しかねません。重要な点は、MAI-DxO が臨床医やテストしたどの個別基盤モデルよりも、診断精度が高く全体的な検査コストを低く抑えたことです。

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AI を活用した診断エージェントの精度と症例ごとの平均診断検査コストの比較。最も優れたエージェントは左上の象限に位置し、低コストで高精度であることを示しています。下の点線は最良の個別基盤モデルの性能範囲を表しています。紫の線はさまざまな構成における MAI-DxO の性能を示しています。赤い十字は 21 人の臨床医の平均的な診断精度を示しています。

臨床医は通常、その専門知識の幅広さや深さによって特徴づけられます。例えば、家庭医のような総合医は、年齢や臓器系を横断してさまざまな疾患を管理します。一方、リウマチ専門医のような専門医は、特定の器官系、疾患領域、あるいは特定の病態に深く特化しています。しかし、どの臨床医も NEJM 症例シリーズの複雑さをすべてカバーすることはできません。一方 AI はこのトレードオフをする必要がありません。AI は専門知識の幅広さと深さを融合させ、臨床推論の多くの側面において個々の臨床医を超える能力を示すことができます。

このような推論能力は医療を大きく変革する可能性があります。AI は患者が日常的なケアを自己管理できるようにサポートするだけでなく、臨床医には複雑な症例に対する高度な意思決定を支援します。また、私たちの調査結果では、 AI が不要な医療費を削減できることも示唆しています。アメリカの医療支出は GDP の 20% に迫っており、そのうち最大 25% が患者の転帰にほとんど影響を与えないと推定されています。

もちろん、私たちの研究にはいくつかの限界があります。MAI-DxO は最も複雑な診断課題に対して優れた能力を発揮しますが、より一般的な日常症例における性能評価にはさらなるテストが必要です。本研究では、臨床医は通常の臨床の現場で活用する同僚や教科書、生成 AI などにアクセスせずに作業を行いました。これは外部支援なしの人間の診断能力との公平な比較を可能にするための措置でした。

また、この研究の新しい側面はコストへの着目です。実際の医療コストは地域やシステムによって異なり、考慮外の要因も多く含まれますが、評価対象となるすべてのエージェントと臨床医に一貫した方法論を適用することで、診断精度と必要なリソースとのトレードオフを定量化しました。

私たちにとって、これはあくまで第一歩です。今後の可能性に私たちは大きな期待を寄せています。生成 AI を医療分野で安全かつ責任を持って展開するには、まだ重要な課題が残っています。信頼性、安全性、有効性を確保するには、実際の臨床環境から得られたエビデンスと、適切なガバナンスや規制の枠組みが必要です。そのため、私たちは主要な医療機関と提携し、これらのアプローチを厳密にテスト、および、検証しています。これは広範な展開を目指す上で、不可欠なプロセスです。

パートナーと共に、私たちは医療の未来を確信しています。それは人間の専門知識と共感を AI で強化する未来です。このビジョンの実現に向けて、私たちは次のステップを踏み出します。

SD Bench と MAI-DxO は研究デモンストレーションであり、現在は公開ベンチマークやオーケストレーターとして利用できません。基盤となる方法論と結果の詳細は、このブログと併せて公開された査読前論文に記載されています。私たちはこの研究を外部査読に提出する準備を進めており、SD Bench の公開ベンチマークとしてのリリースに向けてパートナーと積極的に協力しています。

NEJM Group には、本ブログ記事で報告された研究において NEJM 症例の使用を許可いただき感謝いたします。この研究は多くの方々の知見から恩恵を受けています。arXiv 論文に名を連ねる著者および MAI の広範なチームに感謝いたします。また、マイクロソフト内外の同僚である Bryan Bunning、Nando de Freitas、Andrija Milicevic、Hoifung Poon、David Rhew、Karén Simonyan、Eric Topol、Jim Weinstein の各氏にも知見を共有いただいたことに感謝します。医療経済学およびアウトカムに関するセクションでは、Gianluca Fontana および Kevin Hawkins(Prova Health)の両氏にサポートいただきました。

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