室内垂直農業、アジアとその先で:データを深掘りする

室内垂直農業、アジアとその先で:データを深掘りする

[ブログ投稿日:2018年2月27日]

Posted by : ジェフ スペンサー
マイクロソフト ライター

ケン トラン (Ken Tran) は農業の世界で深掘りしています ― 土ではなく、データを。トラクターを運転することも、鋤を引くこともありません。その代わりに新たなタイプの農業の種を蒔いています。それは機械学習人工知能により育てられる農業です。これは、アジアと他の地域の食料事情に革新をもたらすことが予想されます。

ケンは Microsoft Research の Principal Research Engineer であり、持続可能で、利益性がある科学的方法で世界に食料を届ける新たな方法を完成させることをミッションとしています。

農業の世界でもデジタルテクノロジは新時代を切り開いています。およそ 1 万 2 千年前に、人類は狩猟採集から農業中心の生活へと移行しました。時が過ぎ、安全に食料を供給できるようになったことで、地球の人口は新石器時代の推定数 100 万人から今日の 70 億人へと増加しました。

そして、この長い期間にわたり農家は自然と戦ってきました。試行錯誤を重ねて季節に応じた作物を育ててきました。20 世紀終盤までに、機械化、肥料、除草剤、殺虫剤、灌漑といった多くの手段により食料生産を増加してきました。今日、人類は今までで最大の食料を生産しています。しかし、ここでの重要な質問は、このような農業をいつまで続けられるのかということです。

マイクロソフト リサーチ プリンシパル リサーチ エンジニア ケン トラン

ケンは疑いを持っています。そして、「地球の人口は増加していますが、耕作可能な土地は減少しています。気候変動の脅威もあり、水資源などの問題もあります。同時に、都市は拡大しており、より多くの消費者が新鮮で、安全で、栄養があり、多様で、いつでも入手可能な食料を求めています」と説明します。

要するに、農業は一方では限りある資源による制約を受け、他方では増大する需要による圧力を受けているのです。

また、環境、そして植物について、未だに私たちにわからない不確定要素が多々あります。私たちは、依然として収穫が増加することを「期待」し、降雨を「祈り」、季節外れの霜や雪、洪水、灌漑、雑草、害虫などの「心配」をします。自然界には依然として多くの不確実性があり、農業の大部分は運と推測に基づいています。

 ”ここで最も重要な要素は高品質のデータを迅速に収集できる能力です”

このような大規模な課題に直面したとき、科学と知識がより良い解決策を提供してくれることが通常です。ケン、そして、彼のような技術専門家にとっては、より良い解決策とはデジタルトランスフォーメーションです。農業も第四次産業革命の影響を受ける領域のひとつであることをケンは強調します。農業も、様々な質問への答えを提供してくれるデータによって破壊的影響を受けます。

世界の多くの場所でクラウドによるデータ駆動型の新たな手法が採用され始めています。マイクロソフトは、Farm Beats プログラムによってこの動きを先導しています。たとえば、インドの小規模農家はデジタルツールを活用して、作物の最適な収穫時期を判断し、収穫高を増大させました。ニュージーランドでは、農家が IoT (インターネットオブシングズ)を活用して、畑地の灌漑を最適化しています

ベトナム出身であり、現在は米国ワシントン州レドモンドのマイクロソフト本社に勤務するケンもこのような取り組みに関与しています。しかし、彼は農場にはいません。室内で研究をしているのです。ケンは、「室内垂直農場」の収穫高と効率性の向上にフォーカスしています。室内垂直農場とは、光、大気、温度、水、栄養素といった作物の生長に必要なすべての要素が提供される閉鎖されたスペースです。これらの要素は常に制御・監視され、手法の改善に利用できるデータを生み出します。

室内垂直農場は「植物工場」とも呼ばれ、水耕法を活用しています。水耕法は、土を使わずに水だけで植物を育てる手法であり、数 10 年間にわたり利用されてきました。現在、昔と異なる点として、クラウドコンピューティングが挙げられます。これを活用することにより、収穫高を向上し、良質の食料をより安く、持続可能な形で提供するためのデータ分析手法が利用可能になりました。

最近、シンガポールで開催された室内農業に関する国際会議の会場でケンは「ここで、重要な要素は高品質のデータを迅速に収集できる能力です。ビッグデータがあれば、クラウド上の機械学習を使用した分析により、最適な構成のモデルを作成できます。たとえば、収穫高を向上しつつ、電気料金を低減できる光量、作物の品質と収穫高を高めるための栄養の最適な割合などです」と述べています。

室内垂直農業はまだ改良の段階にあり、多くのバリエーションがあります。理論的にはすべての作物がこの方式で栽培できるはずです。しかし、最も有望なのは、葉物野菜、そして、一部の果物とハーブです。米や麦などの穀物、そして、芋などの高カロリーの作物は、おそらくは田畑で栽培した方が適切ですが、この場合でもデータによる最適化は有効です。

植物工場研究会の林 絵理氏

植物工場研究会(Japan Plant Factory Association) の林 絵里氏は「コントロール」が重要な要素となる熱的に絶縁された気密室の技術を専門としています。そして、こここそがデータが重要になる領域です。

「従来の屋外の農場では環境条件が作物の生長をコントロールします。植物工場では、私たちが環境条件をコントロールできます。つまり、植物の生長をコントロールできるわけです。そして、閉じた環境はデータを迅速に収集するには最適です。私たちは、植物が必要とする要素のことを”植物のレシピ”と呼んでいます。植物は、光、二酸化炭素、栄養、水を必要とします。これにはきわめて多くの組み合わせがあります。今までは、一部の組み合わせに関する情報しか得られていませんでした。そこで、より多くのレシピの組み合わせを発見するためにAIの支援を必要としているのです」と林氏は述べています。

ケンも絵理も、新しい手法を試行できる機会を得ています。たとえば、「クローズドな植物工場では、二酸化炭素を増加することで作物の生長を早めると共に酸素を副産物として生成できます。温室効果ガスを有効に使える可能性があります」とケンは述べています。

クローズドな環境では害虫や病気のコントロールも容易であり、化学的な殺虫剤や除草剤も不要にできます。従来型の農地では土と大気に大半が消えてしまう水もクローズドなサイクルの中では有効活用できます。

長年、室内垂直農業の技術的な進歩に大きく貢献してきた植物工場研究会の設立者である古在 豊樹氏やその同僚達の研究によると、この手法は地面の畑と比較して水の消費を 99 パーセント以上削減できるそうです。また、インプットを最小限に抑え、アウトプットを最大化する際、栄養素や肥料の使用も削減できることが明らかになりました。

AI が制御する室内垂直農業は、都市や工業地域における農場の可能性も開きます。様々な建物やスペースでコストをコントロールしながら季節を通じて収穫を行なうことができます。これにより、都市の食料供給の方法が根本的に変わる可能性もあります。たとえば、ケンと絵理がインタビューに応じてくれたシンガポールからさほど遠くないスーパーマーケットを考えてみましょう。シンガポールには従来型の農業を行なう土地はほとんどありません。レタスはオーストリアから、イチゴは韓国から、豆は欧州から、ブドウはペルーからといったように、店舗の棚は世界各地からの作物で埋められています。近郊に室内農家を作れば、輸入への依存度を減らし、輸送の負担も軽減できる可能性があります。

アジアの都市、特に、中国と日本の都市はこの優位性を認識し、数 100 箇所の室内垂直農場を建設し、急速な採用を進めています。ケンは今後もこの動向が加速し、さらには、北米と欧州にも拡大していくと見ています。

AI、機械学習、ロボットによる自動化は、世界中で農家が高齢化し、農家の経営が不安定になる中で、労働費を削減できる可能性を持っています。大規模な農家も小規模な起業家的農家も顧客に向けたオンデマンドサービスを実現可能になります。これは、人々のライフスタイルを大きく変革する可能性があります。

「10 年後には、都市のマンションの多くが自前の室内農場を備えるようになる可能性も十分にあります。数年後のレンジで考えてみても、オンラインデリバリーの数は大きく増加するでしょう。農家が室内で栽培し、その場でパッケージし、顧客がオンラインでデリバリーを依頼するようになることもあり得ます。あたかもピザのデリバリーのように、農家から冷蔵庫に至るまでの時間が 2 時間程度になることもあり得ます」とケンは述べています。

「地域で取れた、新鮮で、安価で、健康的な食品を数 100 万の人々に提供できる可能性があります。」

本記事のイメージの一部は、中国廈門市の SananBio が実施している室内垂直農業のものです。

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