アジアのスキルギャップ縮小が、景気回復とレジリエンシー向上の鍵に

アーメド マザリ (Ahmed Mazhari) マイクロソフトアジア プレジデント ファン ルアン (Fang Ruan) BCG Hong Kong マネージングディレクター

※ 本掲載は、アジア時間 10 月 28 日に公開された “Narrowing Asia’s skills gap for economic recovery and resiliencyの抄訳です。

今年前半、COVID-19 によるパンデミックが広まりつつある中で、NTT データは従業員向けのオンライントレーニングプラットフォームを導入しました。同プラットフォームは、在宅勤務への移行によって新しいコラボレーションツールの使い方を学ぶ必要があった従業員に向けたものでもあります。同時に同社では、従業員に「セルフ・イノベーションタイム」という時間をこれまで以上に与えました。つまり、スキルアップに専念する時間を提供したのです。NTT データ 技術革新統括本部 企画部 人事育成担当 課長代理の新田 英嗣氏は、「対面でトレーニングを実施していた時は、オフィスからかなり離れた場所に住んでいるため参加が大変だと感じていた従業員もいたようです。オンライントレーニングにすることで、より多くの人に機会を提供できるようになりました。これは COVID-19 による恩恵のひとつでしょう」と述べています。健康危機がチャンスに変わり、アジア地域における重要な教訓にもなりました。つまり、労働者のスキルアップや再教育に向けた協調的かつ戦略的なアプローチを採ることで、アジアの景気回復が後押しされ、同時に未来の仕事への飛躍にもつながっていくということです。

逆説的には、アジア全域で働く人のうち最大 7% が失業する可能性もあるという経済危機の中で、同地域の企業では成長分野における有能な人材を見つけるのに苦労しています。パンデミックへの対応により、企業では数年分のデジタルトランスフォーメーションを数ヶ月という短期間に詰め込んで実施してきました。「すべてをリモートで」という未来が到来した今、デジタルスキルや技術スキルの必要性はより高まっています。例えば、柔軟な勤務形態へと移行することで、今後 10 年以内に世界で最大 15 億人の雇用に影響が出るとされています[1]。同時に、ソフトウェア開発やクラウド、サイバーセキュリティといった技術分野では、2025 年までに約 1 億 4900 万人の新規雇用が必要になると予測されています[2]。また、小売業から製造業、教育、ヘルスケア分野に至るまで、あらゆる業界でいわゆる「技術を活用する」役職が誕生し、こうした労働者たちにはデジタルツールを使ってコラボレーションし、データ分析して知見を導き出すことが求められるようになります。テクノロジを融合することで、さまざまな仕事ができるようになるでしょう。才能とツールを組み合わせることで「テックレジリエンシー」が生まれ、課題に対応しやすい体制が整うのです。

戦略的対応ができる体制を整える

アジア全体のスキルギャップを埋めるのは困難な課題で、戦略的な対応が必要となります。私たちは皆、すべての人をデジタルな未来へと導く責任を担っています。そこで、まずは Retain (人材の維持)、Redeploy (再配置)、Reskill(再教育)[3]という 3 つの柱からなるアプローチで、進化する労働力の需要に対応することから始めてみましょう。最初に、そして最も早急に必要なのは、政府が Retain、つまり、賃金補助や社会保護、財務および税制救済措置などを用意して労働力を維持することです。アジア諸国では、パンデミックの影響が出始めた際に多くの政府でこのような対策を迅速に実施しており、マレーシア[4]やシンガポール[5]、タイ[6]などでは危機の長期化に伴い、追加の経済刺激策も打ち出しています。

次に必要なのは、政府が中期的な対策を取り入れ、パンデミックによって混乱に陥った労働市場のバランスを取り戻すことです。この Redeploy (再配置) の段階で政府が取り組むべきことは、国民の需要を喚起し、フリーランスに向けたセーフティーネットを構築し、デジタルトランスフォーメーションの急増に対応できる価値の高いスキルを教える取り組みに力を入れることです。また、企業に従業員を共有するよう推奨すれば、労働需要が減少している企業が不足している企業に従業員を提供することもできます。

最後に、労働力の Reskill (再教育) に向け、政府は複数年にわたる真摯な取り組みを実施するべきでしょう。ここで注力すべき点は、生涯学習ができるようにすることや、人が自立できるよう力を与えること、そして新しいやりがいのある仕事が得られるようにすることです。オンラインの求職・学習プラットフォームにより、どういった役割やスキルに需要があるのか確認でき、そのような分野に関連する授業をさまざまな場所にいる労働者に提供できます。今年アジアで最も求人が多いのは、ソフトウェアエンジニアや事業開発マネージャーなどの職種です。また、秘書や事務、カスタマーサービスなど、初心者レベルで技術を使う仕事にも多くの求人が出ています[7]。基本的なデジタルスキルのトレーニングを提供することで、失業した人が新たな役職や業界に転職できるようになるのです。企業側も自社の学習プログラムに投資することで、よくなるでしょう。最近の調査では、アジア太平洋地域でパンデミックから半年以内に復興すると予想している企業は、他の企業よりもスキルアップに多く投資していることが明らかになっています[8]。これには、成功と成長に必要なリソースと文化的環境の提供を優先するよう、公的機関と民間企業のリーダーが真摯に取り組まなくてはなりません。

業界横断型コラボレーションの促進

ここまででお話してきたことは、現在の危機を乗り越えるためのもうひとつの真実にもつながることです。それは、単一の組織だけで問題を解決することは不可能だということです。スキルギャップの解消に向けた持続的かつ包括的な発展を目指すには、公的機関や民間企業、非営利団体による新たなパートナーシップが必要となります。この官民によるパートナーシップ (PPP: public-private partnership) では、政府の規模やリソースと、企業のイノベーションと機敏性、そして非営利団体の情熱と社会的使命を組み合わせることになります。このようなパートナーシップは、インフラの構築から社会正義の向上に至るまで、意欲的な目標の達成に向け世界中で活用されています。アジアのように多様で複雑な地域においてスキルギャップを埋めるには、こうしたパートナーシップが欠かせません。

例えば最近インドでは、恵まれない地域に住む低所得の女性 1000 人以上が産業技術センター (ITIs: Industrial Technology Institute) に通い、コンピュータオペレーターやプログラマーアソシエイトの資格を取得すると共に、仕事を得るにあたって求められる必須スキルを習得しました。これは、マイクロソフトと Nasscom Foundation とのパートナーシップによって実施され、現在はインドのスキル開発および起業家精神を養う省庁が同プログラムをより広範囲に展開しようと検討しています。同様に中国では、Guanghua Foundation が 1 万人の教育者を再教育し、9 万人の若者にコンピュータサイエンスとデジタルスキルを学ぶ機会を提供しています。今年前半には、マイクロソフトが世界 2500 万人に対し、新たなスキル習得を支援する取り組みを発表しています。発表からわずか 3 ヶ月で、LinkedIn および GitHub を通じてこの取り組みに参加した人数は世界中で 1000 万人に達し、その中にはアジア地域の参加者も 152 万人近く含まれています。用意された学習パスの中で最も需要が高いのは、コンピュータプログラマー、カスタマーサービス、データアナリストのスキル習得です。このように官民パートナーシップの拡大に向けた地域全体の取り組みにより、地元の労働者がデジタルスキルを習得できるようになり、さらには求職者の雇用の可能性を高めることにも結びつくのです。

アジア特有の強みで明るい未来へ

課題は山積みですが、幸いにも楽観視できる理由は数多く存在します。アジアには、スキルギャップの迅速な解消と景気回復への加速に向けた明確な優位性があるのです。そのひとつはアジアの若年層人口の多さで、人口の半数近くが Z 世代かミレニアル世代で占められていることです。こうした世代の若者はデジタル技術に慣れており、学習速度も高くなっています。2 つ目の優位性は、アジアの発展途上国の多くでは、最新テクノロジをいち早く取り入ることが可能だという点です。インドや中国で、携帯電話があっという間に固定電話を追い越した様子を目の当たりにした人もいると思います。今ではモバイルやクラウド、その他のテクノロジが、銀行からヘルスケアまでさまざまなサービスを少数の人から多数の人へと急速に広めるのに役立っています。リモートワークに移行したことも、アジアの労働者が世界中どこにいても競争力を発揮できるすばらしい機会へとつながりました。「地理や職場への物理的近さによって仕事が得られるかどうかが決まることはもうなくなるでしょう」と、シンガポールの法律事務所 Withers Khattarwong でパートナーを務めるアマルジット カウル (Amarjit Kaur) 氏は最近述べました。「人材市場は、地元の池からグローバルなプールへと変わってきているのです」

アジア全域におけるスキルギャップの解消は喫緊の課題で、この差を埋めることが同地域の景気回復と進行中のデジタルトランスフォーメーションの鍵となります。数千万人もの人が今年失業する可能性があるとされていますが、その 1 人ひとりは単なる数字ではなく人間なのです。官民の関係者による思慮深い戦略的なアプローチで、データと分析に基づいた人的資本に投資すれば、それがアジア特有の優位性とも相まって、個人の専門性を大きく成長させ、あらゆる人の経済的繁栄を引き起こす可能性も出てきます。このようなモザイク状の機会を皆で受け入れ、アジア太平洋の人たちが以前より強くなり、レジリエンシーを高め、より良い生活ができるよう支援していかなくてはなりません。

[1] https://www.bcg.com/publications/2020/governments-must-fix-skill-mismatch-post-covid

[2] https://blogs.microsoft.com/blog/2020/06/30/microsoft-launches-initiative-to-help-25-million-people-worldwide-acquire-the-digital-skills-needed-in-a-covid-19-economy/

[3] https://www.bcg.com/publications/2020/governments-must-fix-skill-mismatch-post-covid

[4] https://www.straitstimes.com/asia/se-asia/coronavirus-malaysia-unveils-s114b-stimulus-package-amid-rising-unemployment

[5] https://www.cnbc.com/2020/05/26/singapore-plans-fourth-stimulus-package-for-coronavirus-hit-economy.html

[6] https://www.businesstimes.com.sg/government-economy/thailand-announces-us22b-worth-of-additional-stimulus-in-handouts-job-measures

[7] LinkedIn のデータ

[8] 出典 マイクロソフト (イノベーションのカルチャーに関する研究)

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