Mixed Reality で実物大の恐竜が公園に出現「デジタル恐竜パーク」の舞台裏

2021 年 12 月 18 日より、北九州市八幡東区東田エリアで「どこでもテーマパーク」実証事業が開始され、同エリアで人気を集める「いのちのたび博物館」に骨格が展示されている恐竜が実物大で公園に現れる「デジタル恐竜パーク」を、数百名の方が自動運転モビリティに乗って体験しています。Microsoft HoloLens 2 などの Mixed Reality (MR、複合現実) を活用した屋外アトラクションである「デジタル恐竜パーク」の企画・制作関係者の皆さまにお話を伺いました。

本事業における役割:

  • 株式会社コンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長 林 秀美氏:
    「どこでもテーマパーク」実証事業全体の企画、xR 技術/コンテンツおよびスマートフォンアプリの開発、地元事業者連携。以下、本文では CSI 林氏と表記
  • 北九州市 企画調整局 地方創生推進室 特区・先端技術担当係長 佐藤 孝徳氏:
    実証フィールドの提供、関係機関との連携・協力などを担う北九州市のご担当者。以下、北九州市 佐藤氏と表記
  • 株式会社ディーソルト プロデューサー 西村 良太氏:
    デジタル恐竜パークの企画、コンテンツプロデュース、UI デザイン。以下、DSALT 西村氏と表記
  • 株式会社 NAOMO 代表取締役 藤尾 任且氏:
    デジタル恐竜パークのコンテンツ開発。以下、NAOMO 藤尾氏と表記
  • 北九州市立自然史・歴史博物館 自然史課 ユニバーサルミュージアム推進担当係長 博士 (理学)・学芸員 大橋 智之氏:
    デジタル恐竜パークに登場する恐竜の復元 3D 制作協力・監修。以下、いのちのたび博物館 大橋博士と表記

■ 実証事業の経緯

[CSI 林氏] 北九州市八幡東区東田エリアには、世界遺産「官営八幡製鐵所」や、「いのちのたび博物館」などの魅力的な観光施設があるのにもかかわらず、2017 年末の「スペースワールド」の閉園に加えて、昨年からコロナ禍の影響もあり、来訪者が減少傾向にあります。そうした中で、2020 年 12 月に観光庁が「これまでにない観光コンテンツやエリアマネジメントを創出・実現するデジタル技術の開発事業」の令和 3 年度の公募を開始したことから、株式会社ゼンリンデータコム、久留米工業大学、株式会社三菱総合研究所、株式会社 NTT ドコモ九州支社、北九州市にお声がけして、コンフォートデジタルツーリズム協議会の「どこでもテーマパーク」事業として応募し、2021 年 4 月に採択事業に選ばれました。

株式会社コンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長 林 秀美氏
株式会社コンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長 林 秀美氏

「どこでもテーマパーク」には、官営八幡製鐵所の歴史と現代の鉄づくりを知る VR 体験を組み合わせたガイディングツアー「鉄の道」と、「デジタル恐竜パーク」の 2 つのアトラクションがありますが、デジタル恐竜パークは、「いのちのたび博物館」でとくに人気のある恐竜が、リアルな姿で目の前に現れたら、参加者に楽しんでいただけるのではないかと考え企画しました。

[北九州市 佐藤氏] 北九州市は、国が進めるスーパーシティ構想に「北九州市・東田 Super City for SDGs 構想」として 2021 年 4 月に応募するなど、もともと東田エリアを、技術・人材・ノウハウなどの「地域資源」が蓄積された、実証事業に最適なフィールドと捉えています。また、2022 年春には新しい科学館の開設や、英語村などの学習施設を含むアウトレットモールの開業等が予定され、さらなる活性化が期待されるエリアであることから、観光コンテンツをデジタルアトラクション化する「どこでもテーマパーク」事業に参画しました。

北九州市 企画調整局 地方創生推進室 特区・先端技術担当係長 佐藤 孝徳氏
北九州市 企画調整局 地方創生推進室 特区・先端技術担当係長 佐藤 孝徳氏

■ 「デジタル恐竜パーク」のコンセプトと仕組み

[DSALT 西村氏] プロジェクトのコンセプトが「どこでもテーマパーク」ですので、テーマパークが新しいアトラクションを新設する際に必要な要素を想定して、「デジタル恐竜パーク」をエンターテインメントとして企画しました。恐竜は、いのちのたび博物館 大橋博士に協力いただいてリアルなフル 3D で復元し、体験中の BGM と効果音は全てオリジナル、恐竜の声はヒクイドリやワニの鳴き声を参考に音楽家に依頼して作っています。トリケラトプスでは、HoloLens 2 のジェスチャー操作を利用することで、手招きをすると近づいてくるようにするなど、インタラクティブ性も取り入れました。

「デジタル恐竜パーク」のコンセプトと仕組み

デジタル恐竜パークを実現する MR デバイスは、複数の製品を比較したのですが、高精細な CG と視野の広さのバランス、バッテリーの持ちなどから、HoloLens 2 でしか実現できないと考えました。Microsoft Azure のクラウド環境も含めたマイクロソフトの MR ソリューションは、開発環境としてとても優れていると思います。MR の世界は、これから広がっていくと思いますが、子どもたちや若い方に喜んでもらえるエンターテインメントのコンテンツ開発が進んでほしいと思っています。

株式会社ディーソルト プロデューサー 西村 良太氏
株式会社ディーソルト プロデューサー 西村 良太氏

[NAOMO 藤尾氏] MR も HoloLens を扱うのも初めてでしたので、最初から壁だらけでした。MR の概念を理解するところから始めて、マイクロソフト公式のデモやドキュメントを見ながら Unity で開発し、試しに動かしてを繰り返して習得しました。ディプロドクスは 30m 以上ある巨体を実物大で再現していますが、あの迫力を体感できるのは HoloLens 2 だけだと思います。

株式会社NAOMO 代表取締役 藤尾 任且氏
株式会社 NAOMO 代表取締役 藤尾 任且氏

一方で、ネックになったのは、もともと HoloLens は屋内利用を想定しているために、昼間の屋外ではほとんど何も見えなくなってしまう点です。そのため今回は、東田エリアの日の入り時間を考慮して、体験時間を 17:30~20:30 にさせていただきました。一方で、周りが暗すぎると、HoloLens が空間を把握できなくなるため、会場には照明も入れています。また、公園が広くオブジェクトが少ないために、そもそも空間把握しづらい状況にありましたので、HoloLens が空間を把握しやすいように、目印となる看板も数か所に立てています。

HoloLens が空間を把握しやすいように、目印となる看板も数か所に立てています。

とにかく今回は、体験される方が「トラブルで恐竜が見られなかった」とがっかりされないように、バックアップの仕組みを複数用意しています。Azure Spatial Anchors では、昼間と夜間の両方でアンカーをとっていますし、HoloLens 2 がアンカーをロストしたり、ズレたりしても、恐竜が登場する仕組みも入れています。自動運転モビリティでは、NTT ドコモの 5G と IoT 高精度 GNSS 位置情報サービスを使用しており、誤差数センチの非常に高い精度を実現しているのですが、それでも万一、モビリティがうまく動作しない場合でも恐竜を見られるように、参加者が歩いても体験できるようにしています。

■ 恐竜復元 3D の監修と今後の可能性・課題

[いのちのたび博物館 大橋博士] 最初にお話を伺った際には、MR で CG のリアルな恐竜が再現できたら面白そうだなという印象を持った一方で、最近は恐竜図鑑が専門家も監修に入った学術的にも妥当でリアルな内容のものが多いことや、テレビ・映画に登場する恐竜の CG のクオリティが高いことから、よっぽどしっかりとしたものを作らないと、恐竜が大好きな子どもたちや詳しい大人に満足してもらえない、だいぶハードルが高くなるのではと感じました。ただ最終的には、技術的に面白いものを使って、可能性を拡げられるのであればと考えて、協力させていただくことにしました。

北九州市立自然史・歴史博物館 自然史課 ユニバーサルミュージアム推進担当係長 博士(理学)・学芸員 大橋 智之氏
北九州市立自然史・歴史博物館 自然史課 ユニバーサルミュージアム推進担当係長 博士 (理学)・学芸員 大橋 智之氏

恐竜復元 3D の制作は、今年 6 月に始まったのですが、いのちのたび博物館にある恐竜の骨格展示を計測していただいて、できあがった CG を何度も確認して 11 月末にほぼ完成しました。恐竜の形やウロコなどの見た目だけでなく、音や動きまで、学術的にこだわって作成しています。映画やアニメで聞くような恐竜の「鳴き声」は根拠が不明なことが多いので NG、他の動物でもあるような「うなり声」は OK としたり、今のゾウやサイなどの大型動物を参考に恐竜を動かしたり、ウロコの色や質感も灰色の象などを参考にしたりしています。鳴き声や動きなどの演出で迫力を出したい気持ちもわかりますが、やはり博物館として監修させていただくからには、骨があって筋肉が伸びたり縮んだりすることで生まれる動きのように、学術的な視点が大事になりますので、細かな点までこだわったのですが、正確に反映していただけたと思います。

恐竜

恐竜

完成した恐竜の 3D を見たところ、普段は骨格展示を見慣れていて、肉やウロコが付いた状態の恐竜を様々な角度から見る機会が少ないために、骨格を見て想像していたのよりも筋肉質に見えたり、膨らんでいる面に気が付いたり、新たな発見や驚きがありました。図鑑や映像は 2D ですが、デジタル恐竜パークは 3D で再現していますので、生き物としての塊感、動き、意外とこんな風に動けたんだ、肉が付くとこういう雰囲気の生き物になるんだというのを実感できます。恐竜に関してはまだ解明されていないことも多く、専門家によって意見が異なる場合もありますので、今回の恐竜復元 3D が必ずしも正解というわけではありませんが、何かおかしいと疑問を持つきっかけになったり、博物館の骨格と見比べて、ここに肉が付くとこういう形になるのかと興味を持ったりする、新しい楽しみ方や学びの機会を提供できると感じています。

恐竜

一方で、今回は実証事業だからこそ実現できた面もあります。博物館の多くは公立ですので、誰もが等しく体験できるサービスを提供する必要があります。今回デジタル恐竜パークを体験できるのは数百名ですが、いのちのたび博物館には、コロナ前は年間 50 万人が来訪されていましたので、同じように楽しめるものを、多くの方に安価に見ていただく必要があります。すべてのお客様に体験いただきたいのに、40 分待ちだったり、高価になったりするのは、サービスとしては難しいため、技術的なブレイクスルーが早く来てほしいと思います。

恐竜

■ 「デジタル恐竜パーク」の今後の展望

[北九州市 佐藤氏] うしろの道路を車が走っていたり、建物が見えたり、日常の公園の夜景の中に、恐竜が出てくる、そうしたこれまでに無い大変良いものができあがったと思っています。できるだけ多くの方に体験いただいて、その結果をフィードバックして、より良いコンテンツに育てていけるよう、市としても引き続き支援していきたいと考えています。

[CSI 林氏] 観光庁の採択事業である「どこでもテーマパーク」は、今回実施して終わりでは無く、本事業で開発された技術や構築された地域観光モデルを継続的に活用・展開し、地域の観光需要の創出を目指すことが求められますので、事業化の展開準備を進めています。今回のような自動運転モビリティに MR を組み合わせたアトラクションもあれば、MR 単独でのアトラクションの形もあるでしょうし、どこか 1 か所に常設して体験いただくだけでなく、他の地域に持っていって展開する、まさに「どこでもテーマパーク」のパッケージ化もあるでしょう。恐竜は世界中にファンが多く、今後何年たっても人気のあるコンテンツだと思いますので、関心のある企業・自治体に協力いただきながら国内外に展開していきたいと考えています。

恐竜

そのためには課題もあります。まずは、さらに楽しんでいただけるコンテンツに高めていく必要があります。今回は採択事業ということで時間や予算の制限もあって、恐竜が登場するまででしたが、何らかのストーリー性を持たせることで、より多くの方に楽しんでいただくことができるかもしれません。また、マネタイジングは常に課題となります。「デジタル恐竜パークが、いくらだったら体験したいですか?」と体験された方に伺ったところ、500 円という声が多かったのですが、500 円では採算が取れないため、MR に加えて、何らかの別の楽しみを提供する必要があります。たとえば博物館の見学と MR アトラクションをセットにしてご提供するなどです。どういった形であっても、できればこの東田エリアで第 1 号を実施することで、博物館も含めた魅力的な施設・コンテンツや、市・地元企業・NPO とも連携して、このエリアの活性化に貢献していきたいと考えています。

■ デジタル恐竜パーク

いのちのたび博物館の展示テーマの 1 つである恐竜が目の前に現れる、3D ホログラムの恐竜世界にトリップできる新感覚アトラクションです。

・開催期間: 2021 年 12 月 18 日 (土)~24 日 (金)、2022 年 1 月 3 日 (月)~9 日 (日) *応募受付は終了しています
・開催時間: 17 時 30 分~20 時 30 分 (所要時間: 15 分)
・開催場所: 北九州市八幡東区東田 東田大通り公園
・出現恐竜: ステゴサウルス、ディプロドクス、トリケラトプス、プテラノドン、ティラノサウルス

恐竜

■ デジタル恐竜パークで活用されたマイクロソフトの MR ソリューション:

  • HoloLens 2: 体験者が HoloLens 2 を装着することで、現実の公園の中に 3D ホログラムの様々な恐竜が登場し、立体的な音響とともにリアルスケールの恐竜を視聴できます。
  • Azure Spatial Anchors: スタート地点と恐竜の出現ポイントに HoloLens 2 でアンカーを設置し、公園内の位置情報を含む 3D 空間データを Microsoft Azure 上に置いて連携させることで、自動運転モビリティの正確な現在位置を特定しています。アンカーの半径 1.5m に入ると恐竜のイベントが開始されるため、自動運転モビリティでコースを進むことで、様々な恐竜のイベントを体験できます。

参考:
マイクロソフトの Mixed Reality ソリューションが「どこでもテーマパーク」の「デジタル恐竜パーク」で採用

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