トヨタコネクティッドと日本マイクロソフト、汎用技術とオープンイノベーションで住みやすい社会の実現へ

トヨタコネクティッド株式会社と日本マイクロソフト株式会社が、AI と IoT、そしてコネクティッドカーを組み合わせたプロジェクトを進めています。両社が目指すのは、すべての人に IT を活用してもらう世界。もちろん、小さな子どもからお年寄りまで、スマートフォンを持っていない・使いこなせない人にも IT の恩恵を受けてもらうことを想定しています。そのため両社では、オープンイノベーションによって汎用デバイスを活用し、安価にソリューションを構築、社会に貢献できるようなサービスを「スマホレス」で実現しようと取り組んでいます。

始まりは 2011 年の東日本大震災

今回のプロジェクトのルーツは、2011 年の東日本大震災時に両社が協力して取り組んだ「通れた道マップ」にあります。これは、震災後に通行実績のある道路の情報を集計し、被災地の避難や救援、物流などをサポートする地図サービス。その後同サービスは発展を続け、現在もトヨタ企業サイトにて公開中です。

2011 年当時、トヨタ自動車の主査を務めていたトヨタコネクティッド専務取締役の藤原靖久氏は、この大規模な災害に対し何かできることはないかと考え、社内外でアイデアと技術者を募りました。そこでいち早く手を挙げたのが日本マイクロソフトだったのです。

「マイクロソフトの内田氏、二宮氏に協力してもらい、不眠不休の 2 日間を経て完成したのが『通れた道マップ』でした。この取り組みがトヨタのコネクティッド技術初の社会貢献となりました」と、藤原氏は当時を振り返ります。

トヨタコネクティッド株式会社 専務取締役 藤原靖久氏
トヨタコネクティッド株式会社 専務取締役 藤原靖久氏
『通れた道マップ』イメージ。通行実績を把握することが出来る
『通れた道マップ』イメージ。通行実績を把握することが出来る

そのチームが再結成し、更に新たなメンバー (日本マイクロソフトの半田、藤巻) が加わり、あらためて社会課題に対応できるサービスを目指して手を取り合うことになったのが今回のプロジェクトです。

汎用的でローコストなソリューションを目指す

現在日本では、少子高齢化や過疎化が進んでおり、安心・安全に移動できる利便性の高い効率的なサービスが求められていると同時に、社会やビジネスの持続可能性が問われるようになっています。また、新型コロナウィルスの蔓延により、さまざまな人の行動様式や移動形態も大きく変わりました。また、自動車業界ではコネクティッド、電動化、自動運転などの台頭で大変革期を迎えており、車の利用形態もカーシェアリング、ライドシェアリング、サブスクリプションなど多様化が進み、車の販売からサービスの提供へとビジネスがシフトしつつあります。(藤原氏)

こうした中、トヨタコネクティッドは「人、クルマ、社会をつないで豊かなモビリティ社会の創造」というビジョンを掲げ、トヨタ自動車のジャストインタイムの理念を含んだ社会課題解決のため実用的なモビリティサービスプラットフォームの開発に取り組むとともに、デジタルとリアルを融合させた異業種連携と新たな移動体験の創出に取り組んでいます。また、マイクロソフトでは、「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」というビジョンの下、AI、IoT、デバイス管理の最新技術とセキュリティを担保したモビリティサービスプラットフォームを実現し、クラウドを活用した継続的な技術のアップデートでモビリティサービスの進化をサポートしています。この 2 社が協力し、社会課題を解決するプラットフォームの提供を目指します。(藤巻)

トヨタコネクティッドと日本マイクロソフトのディスカッション風景
トヨタコネクティッドと日本マイクロソフトのディスカッション風景 (左手から、日本マイクロソフト 半田、藤巻、二宮、トヨタコネクティッド 藤原専務)

そのコンセプトは、誰でも実装できる後付け可能で簡単な汎用的かつローコストなソリューション。トヨタコネクティッドでは、トヨタの自動運転モビリティサービス「Autono-MaaS」(「Autonomous Vehicle (自動運転車)」と「MaaS (Mobility-as-a-Service: モビリティサービス)」を融合させた造語) につながるサービスやアプリケーションを開発しています。その技術力と、マイクロソフトの持つさまざまなテクノロジを組み合わせ、新たなソリューションを構築しようと取り組んでいます。(藤原氏)

トヨタコネクティッドでは以前から、ドライブレコーダーやサードパーティデバイスを活用し、車内でのスマホ操作や片手運転などの危険行為をエッジ側で判定するデバイスについて試験研究していました。同社が独自に取り組んでいたこの案件をマイクロソフトに相談したところ、Raspberry Pi と Windows をベースに Azure IoT Edge /エッジソリューションが構築できることが判明、汎用テクノロジを活用したローコストなソリューションが実現しました。(藤原氏)

人物認識や AI 浸水検知などのソリューション展開へ

両社はこのテクノロジを活用し、社会課題解決のためのプラットフォームを展開しようとしています。例えば、無人販売や人物認識、AI 浸水検知、工場内輸送、社用車の企業間シェアリングなどです。特にこの 1 年で、AI 浸水検知と人物認識のソリューションが形になるところまで進化しました。

AI 浸水検知ソリューションでは、ドライブレコーダーなどのセンサーから入手した画像の道路状況から浸水レベルを AI がリアルタイムに分析します。すでにトヨタコネクティッド様が独自で取り組んでいた研究ですが、今回 Raspberry Pi とインテルの外付け USB アクセラレータ (インテル®ニューラル・コンピュート・スティック 2) および Windows マシン上で複数の AI 判定を Azure Video Analyzer でパイプライン化し、リアルタイムでの動画のエッジ AI 解析を実現しました。(半田)

日本マイクロソフト株式会社 IoT クラウドソリューションアーキテクト 半田恭大
日本マイクロソフト株式会社 IoT クラウドソリューションアーキテクト 半田恭大

人物認識ソリューションは、高齢者施設や送迎バスなどで人物を認識し、高齢者の運動記録や送迎記録などを自動化します。データのデジタル化だけでなく、業務効率の改善や安全の強化にもつながるソリューションです。

「高齢者のデイサービスで課題を聞いたところ、日報の管理が困難だという意見がありました。施設では補助金のエビデンス用に、誰がどの運動機器をどれくらいの時間利用したか記録する必要があり、それを手作業で管理するのが大変だというのです」と藤原氏は話します。「人物認識ソリューションを用意すれば、その課題は解決できます。また、このソリューションを応用し、送迎車のドライバーを認証したり、人数を数えたりといったことも可能です」(藤原氏)

このほかにも、今後は次世代のモビリティに、無人の自動販売機能を搭載、無人販売ソリューションとして展開することも検討しています。「自動車免許を返納し、買い物に行けなくて困っている高齢者もいると聞きます。そのような人のいる地域に、無人販売できる車をリースし、日替わりでさまざまなものを販売できるようにすることを想定しています。車内には無人で動く POS レジを用意し、スマホがなくても顔認証で決済できるような仕組みを構築したいですね」と藤原氏は話します。

「それぞれの課題に対し、個別のハードウェアを垂直で用意することは避けたいと考えています。効率が悪いですから。そこでマイクロソフトと相談したところ、技術を 1 本化できることがわかりました」と藤原氏。また、高い料金を支払えば、今回構築したようなエッジも存在するかもしれませんが、「コストがあまりにも高いとお客様に提供できないので、今回は持続可能なソリューションを目指し、汎用性とローコストであることを意識しました」としています。「無人販売用の POS レジも、市販のものは高価ですが、Windows コンピュータと Azure IoT Edge でカスタマイズすれば比較的安価に実現できるのです」(藤原氏)

マイクロソフトがソフトウェアプラットフォーム、トヨタコネクティッドがハードの選定と AI のオペレーションを担当

今回のプロジェクトでは、マイクロソフトが IoT デバイスのソフトウェアを担当、トヨタコネクティッドがハードウェアの選定を担当し、GPS トラッカーのプラットフォームと IoT デバイスの融合もトヨタコネクティッドが手掛けました。

トヨタコネクティッド 技術本部 アジャイル開発室 アジャイル開発 2 グループ GM の奥山浩司氏は、「こうしたデバイスを車に搭載するには、通信・電源確保・粉塵対策・熱対策の 4 点が重要です。また、一度現場に設置するとメンテナンスも大変なので、リモートメンテナンスも重要な要素です」と話します。

トヨタコネクティッド株式会社 奥山浩司氏
トヨタコネクティッド株式会社 奥山浩司氏

「まず、通信と電源は MECHATRAX 社の 4GPi slee-Pi を採用しました。屋外での稼働実績があることと、車載向けに必要な機能が搭載されていたことが採用のポイントです。
車両のバッテリーは限られたエネルギー源ですので、イグニッション ON/OFF と連動して OS を起動/シャットダウンを行う必要があります。またアイドリングストップ機構が付いている車両では短時間に ON/OFF を繰り替えしますので、起動ディスクが破損しないように気を配りました。」と奥山氏は説明します。

粉塵と熱対策は密閉型ケースと電動ファンを配置しています。RaspberryPi の CPU とインテル®ニューラル・コンピュート・スティック 2 の発する熱をどのように逃がすか、試行錯誤の繰り返しでした。

リモートメンテナンスはソラコム社の SIM を採用し、SORACOM Napter による SSH 接続が非常に便利です。SSH 接続には OS が起動している必要があります。それを実現しているのは 4GPi の SMS と連動した OS 起動の仕組みです。

AI/IoT エッジデバイス

AI/IoT エッジデバイス外観 (上・左) と内部構成部品 (右)。様々なソリューションを組み合わせ IoT デバイスとソフトウェアの融合を実現
GPS トラッカーから収集された情報はリアルタイムにダッシュボードで確認可能
GPS トラッカーから収集された情報はリアルタイムにダッシュボードで確認可能

デバイスから収集したデータは、Azure IoT Hub にアップロードされ、Azure SQL に一時保管。そこから GPS トラッカーのプラットフォームとデータを連携します。

GPS トラッカーのプラットフォームは「通れた道マップ」で培った技術を最大限活用し、Azure と Bing Maps を採用しています。

GPS トラッカーのプラットフォーム概念図
GPS トラッカーのプラットフォーム概念図

GPS トラッカーは Meitrack 社の T366L TC68L を採用し、ファームウェアをカスタマイズすることにより、トヨタ車はもちろん、様々なメーカーの CAN データ収集に対応しています。カーシェアや社用車管理をターゲットとして、収集できるデータはガソリン残量、充電量、走行距離といった必要最低限のものに絞りこんでコスト削減しています。

位置情報を扱う上で重要なのはセキュリティです。安価な GPS トラッカーは暗号化通信に対応していません。SORACOM Beam を利用して通信を暗号化しています。
GPS トラッカーからソラコムのネットワークを経て Azure に直接データ送っていますので、維持コストの低減だけでなく、漏洩リスクも安心です。

このように Azure と様々な製品、サービスを組み合わせてプラットフォームが成り立っています。

AI/IoT エッジデバイスとクラウドアーキテクチャ
AI/IoT エッジデバイスとクラウドアーキテクチャ

ビジュアライゼーションとデータ分析を担当したトヨタコネクティッド 技術本部 アジャイル開発室 アジャイル開発 2 グループの皆川里桜氏は、Power BI を使ってデータの見える化を実現しました。「GPS トラッカーのプラットフォームでは、一旦 Azure SQL に保管されたデータを統計処理した後、長期保存用に Cosmos DB へ JSON 形式で格納しています。Azure 上でデータを扱う場合はこの組み合わせが今のところ最適と考えています」と皆川氏は説明します。

トヨタコネクティッド株式会社 皆川里桜氏
トヨタコネクティッド株式会社 皆川里桜氏

「実際に Power BI を使ってみると、非常にシンプルでインターフェースもわかりやすく、誰でも簡単にダッシュボードが作成できると感じました。標準のコントロールでは対応できない場合もマーケットプレースを探してカスタムビジュアルを使うこともできます。
テーブルの結合や前処理も Power Query が自動的に連携し、ストレスなく使えます。もちろん Cosmos DB にもネイティブ対応しているため、スムーズにデータを取り込むことができました」と語る皆川氏は、次は Azure Automated ML を使ったデータ分析にも挑戦したいと述べています。

GPS トラッカーから収集されたデータを Power BI で可視化・ダッシュボード化している
GPS トラッカーから収集されたデータを Power BI で可視化・ダッシュボード化している
GPSトラッカーから収集されたデータをPower BIで可視化・ダッシュボード化している
GPS トラッカーから収集されたデータを Power BI で可視化・ダッシュボード化している

オープンイノベーションのさらなる拡大に向けて

日本マイクロソフトの二宮氏は、「今回の取り組みで、お客様と本格的に向き合うことができました」と述べています。
「トヨタコネクティッド様と共同で、当社の技術を活用して世の中に役立つソリューションを作り上げていくことはすばらしい取り組みだと感じます。これが今後にもつながるひとつのモデルケースになればと思います」(藤巻)

2011 年当時のマイクロソフトさんは「Windows 使ってください。」「我々はコンサルなので、ここまでです」という動きでした。実際のお客さんの現場に持っていくには、SIer さんに改めてお願いしたり、Windows 以外で稼働している仕組みは自分たちで考える必要がありました。

協力してくださる SIer さんへの配慮があり、そうせざるを得なかったと理解していますが、正直なところ、物足りなさを感じていました。

11 年の時を経て、今回はどうでしょう。「ラズベリーパイで Linux やります。」「オープンソースを使っていきましょう。」「お客さんの現場に持っていくには何が足りませんか?」物凄い変化ですよね。

もちろん、今回の提案内容をお客様に採用頂いて、本格的に導入することになれば、自社にて開発もしくは、SIer さんにお願いすることになるのですが、「実証実験まで完了しています」と「技術移転や評価からお願いします」では、開発スピードやコストに違いが出てくるのは当然ですよね。(奥山氏)

今後も両社では、今回のプロジェクトで活用したベース技術を応用し、さまざまなソリューションを展開していきたい考えです。「アイデア次第でどのような使い方もできます。汎用性のある技術なので、小学生でも Raspberry Pi さえ用意すればソリューションが作れるのではないでしょうか。ハッカソンなどでアイデアを募りたいですね」と藤原氏は述べ、この取り組みでオープンイノベーションを加速させたいとしています。

今回のプロジェクトメンバー。会社を超えたチームとして活動
今回のプロジェクトメンバー。会社を超えたチームとして活動

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