ボトムアップで始めた小さな活動が全社的な取り組みに――Power Platform で市民開発を推進するトヨタ自動車

日本を代表する自動車メーカーのトヨタ自動車株式会社が、デジタル化に本腰を入れています。
デジタル戦略の牽引のための会社直轄組織を設置、各本部/カンパニー/センターに推進役や支援部隊を配置、OA 系/ビジネス系のインフラ強化、各種啓蒙活動や人材育成など、マネジメント層を含む全ての階層、職場を巻き込んで、様々な施策や活動に取り組んでいます。
これは、他社と比較して行う表面的なデジタル化ではなく、自社のあるべき姿を深く考え、会社の文化や全ての従業員の意識までも変えていこうという変革です。

その一環として同社が注力するのが市民開発です。市民開発とは、IT 部門に依存することなく、ローコードやノーコードのソリューションを活用して業務部門が自ら業務のデジタル化を実現すること。市民開発を推進することで、IT 部門では予算のつきにくい小規模の案件でも、必要に応じて現場の担当者が自ら課題解決につながるサービスを開発できるようになります。
また、同社では自分たちが現場で業務改善をやりきる達成感や、IT リテラシーの底上げといった副次的な効果も期待しているとのことです。

その市民開発に向けた活動を、社内での正式な活動になる以前から地道に続けていた人がいます。現在同社のデジタル変革推進室に所属する永田賢二氏がその人です。

■諦めの心境から突然の目覚めへ

今から 3 年前の 2019 年、永田氏は R&D 部門の管理部署にて、老朽化したレガシーシステムの OS 更新や不具合対応などを担当していました。当時すでに IT システムのサーバレス化やクラウド活用が注目されていましたが、思うように社内活用できない状態に対して、「自社のデジタル化に関しては諦めの心境でした」と、永田氏はうつむき加減で語ります。

写真: トヨタ自動車 デジタル変革推進室 永田賢二氏
写真: トヨタ自動車 デジタル変革推進室 永田賢二氏

2020 年 1 月、永田氏は業務改善のヒントを求め、藁にもすがるような気持ちで、大阪で開催されていたイベント「Microsoft Ignite」に参加することにしました。「そこで Microsoft Power Platform のことを知り、衝撃を受けました」と、永田氏は当時の興奮を振り返ります。

「Power Platform によってアプリケーションの開発が劇的に効率化できると感じました。サーバも必要ないため、サーバの維持や運用で疲弊することもありません。また、クラウドサービスなので、アプリケーションのミドルウェアの管理なども改善できるはずです。機能も豊富で、エンドユーザーが自らアプリを開発することも可能だと感じ、『これは使える!』と直感しました」(永田氏)

日帰り出張の予定でイベントに参加した永田氏は、そのまま自費で延泊することに。その夜、アイディアをノート数ページにまとめ、これからやるべきことを書き出しました。「社内で技術コミュニティ立ち上げ、自らエバンジェリストとして活動しよう。情報システム部門やマイクロソフトと連携して活動を進めよう」――こう決意したのです。その時ノートに記したメモが活動のベースとなり、当時思い描いた通りの道が開かれることになりました。

写真: 永田氏が一晩かけてまとめたノートのメモ
写真: 永田氏が一晩かけてまとめたノートのメモ

■波が来ると信じて準備

出張から戻った永田氏は、この技術の「波」が必ずやって来ると信じ、密かに準備を進めました。まずは Microsoft Teams で社内技術コミュニティを立ち上げ、業務時間外には YouTube で自ら学習、社外の技術コミュニティが主催する勉強会にも参加しました。また、あまり人前に出るのは得意ではない永田氏でしたが、社内の技術系有志団体を前に Power Platform を紹介したほか、同僚や上司をはじめさまざまな人に「いやがられながらも Power Platform の良さをアピールしてまわりました」と苦笑いします。

2020 年 6 月、ようやく永田氏の待っていた波が訪れます。ノーコード・ローコードツールに関する新聞記事を見た当時のカンパニープレジデントが、トヨタ社内でも活用できないかと問いかけたのです。そこで永田氏は、「もちろん活用できます。ノウハウもあります」と自ら手を挙げました。市民開発活動が本格化した瞬間でした。

当初は社内における Power Platform の認知度が低かったため、スキル習得や仲間集めも単独で進めていた永田氏。ノウハウがないまま立ち上げた社内技術コミュニティを試行錯誤しながら運用し、地道な活動を続けていると少しずつ人が集まるようになってきたといいます。

「さまざまな職場で多様な役職を持つ人たちがコミュニティに参加し、議論が活発化していきました。すると自然と参加者が増え、情報システム部門の協力体制も充実していきました。こうして利用環境が改善されるとさらに参加者が増え、マイクロソフトの協力も得ることができました。するとさらに参加者も増えるといったように、好循環が続いていったのです。今では情報システム部門の役員も市民開発者の重要性を認識し、活動を支持してもらえています。」(永田氏)

トップダウンではなく、永田氏個人がボトムアップで進めたこの活動により、社内コミュニティの規模は約 5000 人にまで拡大。Power Apps、Power Automate、Power BI といった各ツールの全社活用で、社内 DX 推進の大きな役割を担うようになっています。

こうしたツールの全社展開を推進した DX プラットフォーム部の湯浅智仁氏は、「おそらく従来のやり方であれば、このようなツールを展開する際にはまず情報システム部門で機能や仕様を調査した上、サポート方針を検討し、石橋を叩くようにすべてを精査してから展開していたと思います。しかし、変化の速い時代にあわせ、先進 IT 企業に負けないレベルのスピード感を持って取り組むことが重要だと考えました」と話します。

写真: トヨタ自動車 DX プラットフォーム部 湯浅智仁氏
写真: トヨタ自動車 DX プラットフォーム部 湯浅智仁氏

「そこで、有益なものは早め早めにユーザー展開し、細かな課題等は後追いで対応しようということになりました。情報システム部門のトップの方針としてもスピード感をもって進めるようにと伝えられたため、従来とやり方を変えてまずは展開することになったんです」(湯浅氏)

こうして同社では、デジタル化に向けスピードを重視、永田氏の草の根運動の効果もあって Power Platform の有用性が浸透したこともあり、さまざまなアプリケーションを約半年から 1 年近くも前倒しでリリースすることになりました。

■Power Platform で遊休設備マッチングアプリが誕生

デジタル化を進めるにあたり、トヨタ自動車ではアプリ開発や自動化、データの可視化を実現するツールが必要でした。Power Platform は、それらをすべて実現する機能が備わった統合ツールです。中でも永田氏は、Power Platform の魅力について、「とにかくすぐに使えるところに惹かれました。学習の敷居も低く、プログラミングの経験がない人でもアプリが作れる点が魅力でした」と語ります。

その Power Platform の利点を活かし、実際にアプリ開発に取り組んだのが、デジタル変革推進室の森友紀氏です。

写真: トヨタ自動車 デジタル変革推進室 森友紀氏
写真: トヨタ自動車 デジタル変革推進室 森友紀氏

以前ユニット部品調達部に所属していた森氏は、「工場に部品を作る設備が大量に余っていることが気になっていました。」と話します。「遊休設備の多さに驚き、『もったいない!』という気持ちでいっぱいでした。しかし、その情報は個々の担当者持ちになっておりオープンにされていない。その情報を共有するコミュニケーションプラットフォームがないことに課題を感じていました」と森氏。同氏は、そのモヤモヤした気持ちを数年間抱えたままデジタル変革推進室に異動してきたのです。

異動から数ヶ月後、森氏は日本マイクロソフトが 2021 年 11 月から約 1 ヶ月という期間で Power Platform のワークショップを開催することを知り、その機会を利用して遊休設備が有効活用できるアプリを作ろうと思い立ちました。

「即席で 5 人編成のチームを作りました。全員 Power Platform の初心者でしたが、コードを書いたことのない私たちでも、PowerPoint の資料を作成するような感覚でアプリを完成させることができました。かかった期間は 2 週間と短期間で、こんなに簡単にアプリが作れることに感動しました」と森氏は振り返ります。

こうして完成したのが、遊休設備マッチングアプリ「とまっち。」です。これには「遊休設備を捨てる前にちょっとまって (とまっち)」という意味が込められており、部署内に転用できそうな設備を検索し出品する機能や、出品中の設備情報をまとめておくマイページ機能、アプリ内に登録されている設備の状況が把握できる見える化ボードなどが備わっています。ワークショップでは、コンペティション形式で複数のチームがアプリ開発に取り組み、森氏のチームは見事優勝を勝ち取ることができました。

写真: 森氏のチームが開発した「とまっち。」
写真: 森氏のチームが開発した「とまっち。」

とまっち。の開発に取り組んだ森氏は、長年感じていた課題の解決につながるアプリが開発できたという喜びを実感するとともに、これまでのトヨタでの仕事の進め方とは異なるチャレンジができたことに充実感を感じています。

「アジャイル開発のようにまずは動くものを作り、ユーザーからフィードバックをもらいつつどんどんブラッシュアップするという、スピード感を持った仕事の進め方ができました。また、このアプリを作ったことで、自分の中で思い悩んでいた課題が共感を呼び、同じ思いを持った人がどんどん集まりコミュニティが形成されました。設備の有効活用ができるといった定量的な利点に加え、コミュニケーションが活性化されるという定性的な目標も達成できています」と森氏は語ります。「今回の取り組みは大きな学びとなり、自信にもつながりました。このような機会を与えてもらったことや、マイクロソフトからの指導には本当に感謝しています」

■市民開発のさらなる推進へ

情報システム部の湯浅氏は、今後も Power Platform の活用は広がっていくと見ています。「トヨタは従来からカイゼン意識の高い企業。Power Platform により、カイゼン意識とデジタル化がうまく結びつき、業務効率化が大幅に進みました。今後も情報システム部では市民開発者をサポートしていく考えです」と湯浅氏は話します。

「これまでは、ユーザーが情報システム部門に開発してもらいたいものをリクエストするスタイルでしたが、これからはユーザーが市民開発者となり、自らのカイゼンマインドで作りたいシステムやアプリを作っていくことになるでしょう。そのためにも、当部門でサポートして市民開発者の質と量を高めていきたいと思います」(湯浅氏)

永田氏の率いるコミュニティでは、現在も日々 Microsoft Teams や社内 SNS の Yammer にて情報を発信し、議論を展開しています。「最近では何か困ったことがあると、Teams や Yammer でコミュニティメンバーに質問しています。すると、会ったことのない人からも的確な回答を得られるんです。集合知のすばらしさを実感しますね」と永田氏は語ります。

「トヨタには、『幸せの量産』という企業ミッションがあります。その一環として、私自身もこのコミュニティに『オモシロドリヴン』という哲学を設けています。つまり、まずは自分が楽しく幸せになれることをやる。それを周りの人たちにも体験してもらい、その人にも楽しく幸せになってもらうのです。昔の私のように、付加価値の無い作業で疲弊し、あきらめの気持ちになっている人がいたら、自分の仕事を自分のチカラでよりよくしていけることを知ってほしい。Power Platform はそれを実現するポテンシャルをもったツールです。これからも全員が主役となれる DX 推進をオモシロくやっていきたいと思っています。」(永田氏)

写真: 市民開発に対する思いを語る 3 人。右手前から、永田氏、湯浅氏、森氏
写真: 市民開発に対する思いを語る 3 人。右手前から、永田氏、湯浅氏、森氏

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