トヨタ自動車田原工場: Power Platform による市民開発で現場作業の大幅な効率化を実現

愛知県田原市に拠点を置くトヨタ自動車の田原工場は、1979 年に稼働を開始したトヨタの国内最大規模の工場です。ランドクルーザープラドや LEXUS などの生産を手掛ける同工場の敷地は海に面しており、車両をそのまま船で海外輸出できる点が特徴。また、風が強い地域の特性を活かして風力発電設備も導入し、二酸化炭素排出量の削減にも取り組んでいます。

その田原工場では、現在市民開発が活発に行われています。2021 年 3 月、トヨタ自動車の代表取締役社長である豊田章男氏が「デジタルについて、この 3 年間で世界のトップ企業と肩を並べるレベルまで一気にもっていきたい」というメッセージを発信したことをきっかけに、さまざまな拠点や部門でデジタル化を推進するようになりました。田原工場もその流れに乗り、Microsoft Power Platform を中心としたローコード・ノーコードによる市民開発に取り組むようになったのです。

トヨタ自動車田原工場:Power Platformによる市民開発で現場作業の大幅な効率化を実現

■トヨタの改善文化に最適だった市民開発

日々生産活動の改善に取り組んでいる田原工場では、デジタルトランスフォーメーション (DX) という言葉が世間一般に知れ渡る以前からデジタルツールを現場に積極的に取り入れてきました。それが、市民開発によって DX が加速度的に進むようになったといいます。「現場の担当者が自分で使うアプリを自ら開発し、それを見た周りの人が自分もやってみたいと考えるようになり、開発者が拡大している状態です。市民開発により、自ら DX に関わっているという感覚が芽生え、DX を自分ごととして捉えるようになりました」と、トヨタ自動車の吉田保正氏は話します。

これまでは、システムを現場に導入する場合、本社の情報システム部門に依頼するのが通常の流れでした。現場の実務を知らないシステム部門に背景を説明し、要件を定義した上で、長期間かけてシステムが出来上がるのを待っていたのです。それが市民開発では、現場を知る担当者が自分の課題を解決するアプリを、他人に頼ることなく開発しています。「ひとつアプリを作っただけで、業務が確実に変わっていることを実感できます。うまくいくと次々とアプリを開発したくなるため、現場では 1 ヶ月に 3 つのアプリが誕生するほどになりました」(小金澤孝之氏)

この状況は、トヨタが常に改善に挑んでいる文化であることも影響しているといいます。「ひとつの改善が終われば次の改善に着手する文化が根づいているので、デジタルアプリの開発も同じように進んでいるのだと思います。『この業務を楽にするには、このようなアプリがあればいい』というアイデアが、次々と湧いてくるんです」と庭山貴靖氏は述べ、市民開発がトヨタの文化にフィットしていたと語ります。

「トヨタの文化は継続的に業務を改善する文化です。外部に業務委託してシステムを開発してもらうと、システムが納品された時点で改善は終わります。新たに機能を追加するとなると、また予算を取るところから始めなくてはなりません。それが、市民開発だと継続的に機能を追加できるため、現場で改善が続けられるのです」(小金澤氏)

トヨタの改善文化に最適だった市民開発

■コミュニティ活動を中心に普及を推進

市民開発のツールとして Power Platform を選択したのは、トヨタ自動車 デジタル変革推進室の永田賢二氏が主導するコミュニティ活動の影響が大きかったといいます。永田氏は、2020 年初頭に初めて Power Platform を目にし、アプリの開発が大きく変わると確信。そこで、2021 年には自らコミュニティを立ち上げ、Microsoft Teams をコミュニケーションの基盤として活用、Power Platform の普及に努めました。現在ではコミュニティの1週間でのアクティブユーザーが約 5300 人にのぼるといいます。

「新しいことにはなかなか踏み出せない人も多いので、コミュニティが質問の受け口にもなりました。日本マイクロソフトにも協力してもらい、実際に現場で使うアプリを開発する本格的なワークショップやコンテストも実施。勉強会も頻繁に開催しています」と、永田氏はコミュニティ活動について話します。

実際にアプリを開発した市民開発者側でも、現場で Power Platform の普及に取り組みました。部品貸出用のアプリを開発した吉田氏は、「アプリを開発する前は、メモで貸し出しする部品を管理していましたが、内製アプリを様々な人に試してもらい、Power Apps でこのようなことができることを知ってもらったのです」といいます。「これで興味を持つ人が増えました。別の部署でこのアプリを見た人が、自分でも開発してみたいと言うこともありましたから」(吉田氏)

■市民開発でさまざまな効果が

田原工場ではすでに市民開発による成果がさまざまな現場で見られるようになりました。例えば、保全担当者の作業場所と作業内容を記録する保全作業管理アプリでは、「これまで詰所のボードに記録していた作業場所やその内容を、すべてアプリで入力できるようにしました。アプリで記録が終われば、詰所に戻ることなく次の現場に向かえます。また、作業時間が長いと、安全に作業ができているか、サポートが必要かどうかも監督者が確認できます」と、庭山氏は説明します。

このアプリにより、移動や記入の時間などを含め、作業1件につき 9 分の時間が短縮できたと試算しています。アプリを活用している第 2 鋳造課では、毎月平均 635 件の保全作業が発生していることから、月間で削減できる時間は約 95 時間。エンジン製造部内の5課でこのアプリを展開することで、月間削減時間は合計約 475 時間にも達するといいます。

また、現場の安全性や危険に関する気づきを事前に察知し改善する「ヒヤリハット」提案の管理も、紙での運用からアプリへと移行しました。「紙に書かれたものを転記してまとめ、蓄積したものを分析するといった一連の作業はかなり大変ですが、Power BI によって集計が自動化され、作業が大幅に簡素化できました。また、期間を指定して分析し、どの部分でヒヤリハット事案が起きやすいか、それに対するケアが十分にできているかも把握しやすくなりました。誰がどのような危険を感じ、それがどのような提案につながっているのかという知見も収集でき、メンバーの安全に対する意識も向上しています」と、内藤隆弘氏は語ります。

実務を一番熟知しているメンバーが自前でアプリを作るため、本当に必要なアプリを作ることができる――これが市民開発の強みです。実際に開発を担当した高橋弘幸氏、大田一輝氏、小倉萌希氏も、「自分で考えたアプリの開発を自ら進め、それを使ってもらうと現場からの喜びの声がリアルタイムに自分に届きます。また、開発後も現場から要望が直接上がってくるため、それに対応してさらにアプリをレベルアップすることが可能です」と、アプリ開発で感じた充実感や達成感について声を揃えます。

吉田氏は、「個々の職場固有の事務作業をデジタル化しようという発想もなかったのですが、市民開発の推進によってそれができるようになりました」と、自職場に適したシステムを使えるようになった喜びを語ります。

また、小金澤氏は「これまでのシステム開発では、ちょっとした改善に何年もかかることがありました。それが普通だと思っていたのが、市民開発でこのような体験をすると、これまでの各所との調整、要件定義などの時間が無駄に感じてしまいますね」。現場の担当者が思いのままに開発し、フィードバックをその場で受け、すぐに作り直してあっという間に改善できる、それが市民開発では実現できているのです。

市民開発でさまざまな効果が

■開発の自由を維持し、さらなる発展へ

これからも田原工場での市民開発は続きます。吉田氏は、「生産設備 IoT を”市民開発感覚”で進めて Power Platform とつなげたいですね」と、今後の現場でのシステム開発にも前向きです。

市民開発に取り組む人材も増やしていきたい考えです。そのため、何から始めていいのかさえわからないという初心者をサポートする「ゆる勉」という活動も始めるなどして、市民開発に興味のあるメンバーへの支援活動に取り組んでいます。

ただし、開発アプリが増えすぎると混乱する可能性もあると、永田氏は懸念しています。「その点のガバナンスをどうするかは、市民開発者側と情報システム部門で協力し、自治的なルールを考えたいと思っています。せっかく手に入れた自由なので大切にしたいですね」

開発の自由を維持し、さらなる発展へ

(後列左から)
高橋弘幸 氏 田原工場エンジン製造部 技術員室 エキスパート
大田一輝 氏 田原工場エンジン製造部 第 2 鋳造課 エキスパート
内藤隆弘 氏 田原工場エンジン製造部 第 2 鋳造課 副課長
庭山貴靖 氏 田原工場エンジン製造部 第 2 鋳造課 チームリーダー

(前列左から)
吉田保正 氏 田原工場エンジン製造部 技術員室 グループ長
小金澤孝之 氏 田原工場エンジン製造部 第 2 鋳造課 課長
永田賢二 氏 デジタル変革推進室 デジタル TPS 推進グループ 主任

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