ジェイソン ザンダー (Jason Zander) マイクロソフト 戦略的ミッション&テクノロジ担当 エグゼクティブバイスプレジデント
※本ブログは、米国時間 6 月 21 日に公開された “Accelerating scientific discovery with Azure Quantum” の抄訳を基に掲載しています。
マイクロソフトは本日、科学的発見の加速を目指した Azure Quantum の新たな進化を発表します。
農業に大変革をもたらした鉄器時代から、コミュニケーションの方法が激変したシリコン時代に至るまで、新たな素材は常に社会の進歩の変曲点となってきました。量子分野における進歩は斬新なものとなるでしょう。例えば、輸送産業ではより効率的で強力なバッテリーを開発できますし、製薬の研究者が新薬を開発することも可能です。化学業界では、電子機器や塗料、繊維といった日常的に使用する製品向けに、より安全で持続可能な化合物を発見できるようになるでしょう。そして最も重要なのは、気候変動を覆し食糧不安に対応するといったような、社会で最も差し迫った課題を科学者が解決できるようになることです。
しかし、自然を理解することは容易ではありません。分子の最も複雑な量子状態を正確に計算するには、わずか 100 個の電子のエネルギー状態の数が、この世の中で目に見えている原子の数を超えることもあるのです。
今、新世代の AI によって、世界で最も先進的な AI モデルが、普遍的なユーザーインターフェースである自然言語だけでなく、自然界の基礎言語である化学とも融合しようとしており、それが科学的発見の新時代につながろうとしています。ただしこれは、量子スーパーコンピューティングという目前に迫ったより大きな変革への第一歩に過ぎません。
Azure Quantum により、革新的な人たちは世界最高の量子ハードウェアの実験を始めることができ、量子スーパーコンピューティングが現実のものとなった際により複雑な問題を解決するための準備ができます。科学者や企業がこれまで解決できなかった問題を解決し、成長と人類の進化を実現できる時が、刻々と迫っているのです。
本日は、このビジョンに向けた Azure Quantum の 3 つの進化をご紹介します。
1. Azure Quantum Elements
Azure Quantum Elements は、ハイパフォーマンスコンピューティング (HPC)、人工知能、量子コンピューティングにおける最新の飛躍的進歩を融合し、科学的発見を加速します。
Azure Quantum Elements により、科学者や製品開発者は次のようなことが可能になります。
- 研究開発のパイプラインを加速させ、革新的な製品をより迅速に市場に投入することで、インパクトを与えるまでの時間とコストが削減できます。プロジェクトの開始から解決までのスピードが 6 か月から 1 週間にまで短縮できたというお客様もいらっしゃいます。
- 新素材の探索領域を飛躍的に拡大させることができ、候補の数が数千だったのが、数千万にまで拡張できる可能性があります。
- 特定分野の化学シミュレーションを 50 万倍高速化します。つまり、1 年を 1 分へと圧縮させるような速度です。
- AI と HPC を活用して現在の量子化学の問題に取り組みつつ、既存の量子ハードウェアで実験を行い、将来的にはマイクロソフトの量子スーパーコンピュータに優先的にアクセスすることで、スケールアップした量子コンピューティングへの準備を整えることが可能です。
この包括的なシステムを活用することで、研究者は化学や材料科学の分野でこれまでにないような規模と速度、そして精度の高い進歩を遂げることが可能です。
規模: 科学者が製品の製造に必要となる複雑な反応を理解し、新たな候補を見つけ出し、プロセス全体を最適化できるようになります。例えば、科学者は現在 Azure Quantum Elements を活用し、5 万の素過程で構成される複雑な反応において、150 万の潜在的構造を探索できるようになっています。アーリーアダプターはすでにこの巨大な規模を活用し、多くの日用品に使用するより持続可能な代替品や、革新的なシナリオに向けた完全に新しい製品を探し出そうとしています。
速度: Azure Quantum Elements は、化学分野に特化したマイクロソフトの AI モデルを組み込んでシミュレーションを高速化します。このモデルは、何百万もの化学と素材のデータポイントによって当社がトレーニングしたもので、生成 AI にて他でも見られるようになった画期的技術と同じものをベースとしています。Copilotは人間の言葉を理解しますが、Azure Quantum Elements は自然界の言語である化学も理解します。
精度: 現在科学者は、独自の AI モデルや HPC の規模を活用し、これまでにない高い精度でシミュレーションを実行しています。Azure Quantum Elements は、古典的なコンピューティングと量子コンピューティングを統合し、より精度の高いシミュレーションを実現する入り口となるものです。将来的には、量子スーパーコンピュータによって 100 倍の精度で予測化学設計が可能になると科学者は考えています。
BASF、AkzoNobel、AspenTech、Johnson Matthey、SCGC、1910 Genetics といった業界の革新的企業は、すでに Azure Quantum Elements を採用して研究開発に変革をもたらしています。本日の発表により、他の企業もこうした革新的企業に追随できるようになりました。Azure Quantum Elements は、数週間以内にプライベートプレビューにて利用できるようになります。詳細についてはこちらからご登録いただければと思います。
2. Azure Quantum の Copilot
Azure Quantum の Copilot は、科学者が自然言語を使用して複雑な化学や材料科学の問題を推論できるよう支援します。
Azure Quantum の Copilot により、科学者は現在使用しているツールと統合されたクラウドスーパーコンピューティングや高度な AI、量子などの構造上で複雑なタスクがこなせます。根本的な計算やシミュレーションが生成できますし、データを調べて視覚化し、複雑な概念に対する答えを導き出すよう支援することも可能です。他のマイクロソフト製品の Copilot が、ソフトウェア開発や生産性、検索の分野に変革をもたらしているように、当社では Azure Quantum の Copilot で科学的発見を変革し、速度を加速させたいと考えています。その科学的発見は、より安全で持続可能な製品を開発することや、創薬を加速させること、さらには地球上で最も差し迫った課題を解決することなど、さまざまなことが考えられるでしょう。
また Copilot は、量子コンピュータに関する学習や、現在の量子コンピュータ用のコード作成にも役立ちます。Copilot には、組み込み型コードエディタや量子シミュレータ、シームレスなコードコンパイル機能が用意されており、完全に統合されたブラウザベースの体験を無料で試すことが可能です。Copilot は、複雑なものをより使いやすく、誰もが量子、化学、材料科学を探求できるようにしつつ、それぞれの革新的分野をより近づけようとする設計になっています。Copilot についてはこちらをご確認ください。
3. 量子スーパーコンピュータに向けたマイクロソフトのロードマップ
組織が量子スーパーコンピュータで新しい化学物質や材料を正確に設計できるようになれば、世界はこれまでにないほど広がります。この業界は、20 世紀の古典的なスーパーコンピュータと同じような道をたどることになるでしょう。真空管やトランジスタ、そして集積回路など、基礎技術の進歩によってスケールとインパクトが大きくなっていくのです。
業界として進化する中で、量子ハードウェアは以下に挙げる量子コンピューティング実装レベルの 3 段階のいずれかに分類されることになります。
- レベル 1 – 基礎: ノイズの多い物理量子ビット上で実行される量子システム。これには、現在の NISQ (Noisy Intermediate Scale Quantum: ノイズが混じった中規模の量子コンピュータ) も含まれます。
- レベル 2 – レジリエント: 信頼性の高い論理量子ビット上で稼働する量子システム。
- レベル 3 – 大規模: 最も強力なスーパーコンピュータでも対応できないような影響力のある問題が解決できる量子スーパーコンピュータ。
レベル 3 に到達するには、基礎物理学におけるブレークスルーが求められます。マイクロソフトはこのブレークスルーを達成し、本日米国物理学会の学術誌にて査読付きデータを発表しています。
これにより、マイクロソフトは量子スーパーコンピュータに向けた最初のマイルストーンを達成したことになります。これでマイクロソフトは、マヨラナ準粒子を作成し、制御できるようになったのです。この成果により、ハードウェアで保護された新しい量子ビットの開発は大きく前進しました。この量子ビットを使えば、信頼性の高い論理量子ビットを開発してレベル 2 に到達し、レベル 3 へと進むことができます。
量子スーパーコンピュータは、古典的なコンピュータでは対処できない問題を解決し、世界が直面する最も複雑な問題を解決する規模にまで拡張できるようになります。その実現に向けては、性能と信頼性の両方が求められます。お客様は、マシンからネットワークのオーバーヘッドに至るまで、量子システムがどの程度実際の問題を解決できる能力を備えているのか把握する必要があるでしょう。つまりスーパーコンピュータの測定は、物理量子ビットや論理量子ビットを数えることではないのです。
スーパーコンピュータの性能を把握するにあたり、業界では新たな測定法が求められています。そこでマイクロソフトは、信頼性の高い 1 秒あたりの量子演算 (rQOPS: reliable Quantum Operations Per Second) という指標を用意しました。これは、1 秒間に実行できる信頼性の高い量子操作の回数を測定するものです。この指標では、単に量子ビットの性能だけでなく、システム全体の性能が考慮されるため、アルゴリズムが正しく実行されることの証となります。
この業界では未だ NISQ 時代からの移行が進んでおらず、現在の量子コンピュータはすべてレベル 1 で、rQOPS はゼロの状態です。最初の量子スーパーコンピュータには少なくとも 100 万 rQOPS が必要で、影響力のある化学や材料科学の問題を解決するには 10 億 rQOPS 以上の規模が求められるでしょう。
共同で科学的発見に向けた加速を
革新的なテクノロジの出現には、計画を立てて緩和する必要のあるリスクが必ず伴います。マイクロソフトの AI の原則は当社の指針となっており、その基本的な考えは量子分野にも当てはまります。Azure Quantum Elements のような新サービスを開発し、初の量子スーパーコンピュータを設計するにあたっては、プロセス全体を通してフィードバックを取り入れた厳密な措置を追加して適用していきます。
また、マイクロソフトでは現在、量子の安全な未来に向けた準備も進めています。当社のあらゆるサービスの安全性を確保するため包括的な計画を立てており、お客様や業界と連携してこの重要な移行をサポートしています。
目の前に広がる機会の大きさは計り知れないものとなっています。科学者や企業は、日用品の構成要素に革命を起こし、イノベーションと経済成長の新時代へと導いてくれるでしょう。力を合わせることで、化学と材料化学の今後 250 年を 25 年へと短縮できるのです。
本日太平洋時間午前 8 時より、サティア ナデラ (Satya Nadella) と私が科学的発見の加速に関するバーチャルブリーフィングを開催します。ブリーフィングの様子は後ほどオンデマンドでもご覧いただけます。Azure Quantum Elements のプライベートプレビューや、Azure Quantum の Copilot について、また量子スーパーコンピュータへのロードマップについても詳しくお話する予定です。
—
本ページのすべての内容は、作成日時点でのものであり、予告なく変更される場合があります。正式な社内承認や各社との契約締結が必要な場合は、それまでは確定されるものではありません。また、様々な事由・背景により、一部または全部が変更、キャンセル、実現困難となる場合があります。予めご了承下さい。