(当ブログは、2019 年 2 月 13 日に米国で公開された記事の抄訳をベースにしています)
スザンナ レイ (Susanna Ray)
Feb 13, 2019
マイクロソフトの若いソフトウェアエンジニアがこのほど米国に移住しました。彼女は、実家にいる両親とできるだけ密接に連絡を取ろうと思い、毎週 Skype で電話をしていました。
しかし、彼女の両親がいるインドのインターネット接続環境はあまりよくありません。生まれた時から聴覚に障碍のあるスウェタ マチャナバジャラ (Swetha Machanavajhala) は、状態の悪いビデオ上の両親の唇を読むのに苦労していました。そのため、彼女は両親の顔により集中できるように、いつも後ろの照明を消してもらっていました。
「なぜ、私たちの代わりにこういったことができる技術が開発されないのだろうかと、ずっと考えていました」と、マチャナバジャラは話します。「だからこそ、私が開発することにしました」
背景をぼかす機能は、プライバシーの面においても役に立つことがわかりました。 テレビ電話会議中の散らかったオフィスや、仕事の面接においてカフェにいる他の好奇心旺盛な客の姿を隠すことができます。そのため、マチャナバジャラのイノベーションは Microsoft Teams と Skype に統合されることになり、彼女はマイクロソフト社内で注目を浴びるようになりました。また、彼女の存在は、マイクロソフトのインクルージョンへの取り組みという観点からも重視されるようになりました。前職では、耳が聞こえないことで仕事に完全に貢献できなかったという理由で職を失った彼女にとって、これは嬉しい体験でした。
マイクロソフトの社員は、サティア ナデラが 最高経営責任者に任命されて以来の 5 年間で、このようなイノベーションの紆余曲折が起こることは珍しくなくなったと述べています。つまり、A を目指していたのが、最終的にはより幅広い B にたどり着くといったようなことがよく起こっているのです。
ナデラは、社員がよりクリエイティブになるように直接後押しをして励ましています。その一例が、マイクロソフトの年次ハッカソンです。マチャナバジャラをはじめとするさまざまな社員が、このイベントが復活のきっかけとなり、年間を通じてイノベーションを起こす力になったと述べており、日常業務に全く関係のないことでも上司にアイデアを支援してもらうようになったとしています。
マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院のマイケル A. クスマノ (Michael A. Cusumano) 教授は、「マイクロソフトの文化は変わりました」と、最近 The New York Times 誌に語りました。クスマノ教授は 20 年前、マイクロソフトに関する本を執筆した人物です。「同社は、楽しく仕事ができる会社に戻ったのです」
マイクロソフトに 13 年間勤務している製品ライセンス担当マーケティングマネージャーのクリス カウフマン (Chris Kauffman) は、ナデラがコラボレーションを促進していることが彼女にとっての転機になったと語ります。彼女はサイロが壊されていくことに気づいたのです。また、カウフマンは、人工知能 (AI) の到来により、彼女のようなビジネスパーソンがエンジニアや IT スペシャリストの領域に入り込めるようになったことにも気づきました。彼女はチームと共にこれらの進化を活用したうえで、チャットボットやバーチャルな同僚を作成し、世界中からの数千に及ぶライセンス関連の質問に答え、加速する Azure クラウドコンピューティングサービスの更新のペースに対応しています。
「最初にハッカソンに行ったのは3年前で、その時あらためてマイクロソフトが大好きになりました」と、カウフマンは語ります。「話したい人とは誰とでも話していいのだと気づいたのです。仕事の内容や役職にとらわれることもありません。チャットボットに関する私の体験は、テクノロジが民主化され、誰にでも使えるようになった良い例だと言えるでしょう」
こうして新たに開放的になったことで、マイクロソフト全般にわたり、お客様向けの製品や社内で利用するものなどに新製品が急増し、細やかな改善も増えました。この復活は、製品の向上として現れているのはもちろん、数週間後に開催されるマイクロソフトリサーチの年次展示会となる社内イベント TechFest でも明らかだと、社員は口をそろえます。
ナデラは、マイクロソフトの40年間の歴史の中でたった 3 人目の最高経営責任者です。2014 年 2 月の CEO 就任時初日、社員に向けて送った最初のメールでイノベーションに対する意図をはっきり示していました。企業ミッションもすぐに明確にし、「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」としています。2017 年に出版されたナデラの書籍「Hit Refresh (ヒット リフレッシュ) マイクロソフト再興とテクノロジの未来」では、その目標を達成するにあたって、「共感」が重要だと強調しています。
同書のメッセージは次の通りです: 共感は理解やコラボレーションにつながります。それがイノベーションを促進し、時に面倒な道のりを進みながらも役立つ製品にたどり着くまでの後押しをしてくれます。
「私の個人的な哲学と情熱は、新しいアイデアと他人への共感の高まりを結びつけることにあります」と、ナデラは同書にて述べています。また、「リーダーとして目的意識を持ち、自らの行動にプライドを持つ ―― これが私のやり方です。そこに、嫉妬心や闘争心は必要ありません」ともしています。
このナデラの言葉を、レネ ブランデル (Rene Brandel) は直接体験しました。
ブランデルは 2 年前にマイクロソフトに入社し、プラハの Skype チームに配属されました。そこで驚いたのは、社員が四半期ごとに数日間休みを取り、その間に新しいアイデアや過去に支持されていなかったコンセプトに取り組むよう推奨されていたことです。
こうしたハッカソンで、あるプロジェクトが急速に注目を集めました。その後間もなくブランデルは仲間と共に、Skype と Visual Studio を組み合わせ、開発者の面接用に一体化されたサービスを立ち上げました。それが Skype Interviews です。Skype Interviews は、採用担当者が面接中にワンクリックでコーディングのスキルを確認できるもので、別のプログラムをダウンロードしたり機材をいじったりする煩わしさもありません。次にブランデルのチームはスケジュール調整ツールも開発。これは面接ツール以上に人気となり、今では指導教育プログラムやコンサルティングサービスで使われているほか、メールで何度もやり取りしながらスケジュール調整するといった面倒なことをしなくても簡単にミーティングを設定する方法を模索しているスモールビジネスなどの企業で採用されています。
ブランデルは、ハッカソンから出荷までわずか 1 カ月という短期間で製品を迅速に立ち上げたことについて、ナデラがコラボレーションを強調していたことが直接影響していると語っています。ナデラはプロジェクトの解説を見た際、ブランデルのチームとその支援ができるチームとを結びつけようとメールを送り、道を切り開いたのです。その後、両チームは連絡を取り、数時間で課題を解決しました。
ブランデルは、「今はチーム内でも競争してやろうという気持ちより、共感を分かち合い、お互いに他の人を成功させようという気持ちが高まっています」と話します。「サティアと直接話したことはありませんが、彼は学びの文化や、他人の視点を理解するためお互いを尊重して問いかけるという文化を育んでいます。共感を重要視することにより、イノベーションの必要に迫られ人々のニーズや要望に対応するものを生み出さなくてはならない状況に陥った時、才能が発揮できるのです」
「成功とは、常に自分よりも何かを気にし、ユニークなスキルセットを持つ同様の人々を引き付け、コラボレーションをおこすことができる情熱的な人々の手にかかっています」
皆の力をより引き出そうという信念は、障碍を持つ人のための革新的な AI ソリューションを数多く生み出すことにもつながりました。Seeing AI、Soundscape、Immersive Reader、Eye Control、Skype、および PowerPoint 向けライブキャプションなどはその一例です。こうしたプロジェクトへの取り組みは、人々がより多くのことを達成できるよう支援したいという考えに基づいたものであるとともに、マイクロソフトの事業目標の達成にも役立っているのです。
マイクロソフトの Seeing AI 研究プロジェクトリーダーで、ロンドンでソフトウェアエンジニアとして働くサーキブ シャイク (Saqib Shaikh) は、「障碍を持った人々は究極のアーリーアダプターで、テクノロジの最先端にいるのです」と、話します。「彼らはテクノロジによって得るものが非常に多いため、早期段階からさまざまな技術を試したいと考えています。技術がまだ成熟していなくても、それが成熟した技術となり、一般的に使われるよう支援してくれるのです」
シャイクは 2014 年まで、「普通の開発者でいたかったから」という理由で、自分が盲目であることを職場でできるだけ隠そうとしてきました。しかし、新 CEO の存在や、ナデラが企業文化の変化を説いていたことで、「ざわめき」を感じ取ったといいます。これがきっかけで、シャイクは自分の障碍を強みと捉えるようになり、学生時代から抱いていた夢を実験してみることにしたのです。その実験とは、彼の代わりに目となり、周りで何が起こっているのかを教えてくれるメガネのことを指します。それが、同僚との協力の元で開発したスマートフォンアプリ、 Seeing AI につながりました。Seeing AI は、メニューや文書を読んだり貨幣を識別したりするほか、顔の表情や感情なども含めて人を認識できるなど、さまざまなことが可能です。
2017 年にアプリが登場した際、目が見えない人々のコミュニティからチーム宛にメッセージが山のように届きました。ほかにも、アプリをさまざまな方法で利用し、ありがたく感じている目の見える人や学習障碍を持つ人などからもメッセージが届いています。
目が不自由な先生は、Seeing AI に生徒を覚えさせ、ドアの方向にスマートフォンを向けて立て、生徒が入ってきた時に Seeing AI でその生徒の名前を呼ぶといった使い方をしています。あるシステム管理者は、目が見えますが、コンピュータの裏にあるシリアル番号を読むためにアプリを使っています。これにより、机の下に潜り込むこともなくなりました。プエルトリコの盲目の男性は、ハリケーン後のナビゲーション用にこのアプリを使いました。Seeing AI が目の前のスペースを道だと認識したら、そこにはハリケーンの残骸がないと把握できるためです。このアプリに使われた技術は、マイクロソフトの他の AI プロジェクトの向上にも活用されています。
シャイクは、「障碍はイノベーションを推進する力となります。慈善行為ではありません」と話します。「次に何が出てくるのか、注目する価値のある分野なのです」
マイクロソフトリサーチの製品ストラテジストであるアモス ミラー (Amos Miller) も、Soundscape アプリで似たような経験をしました。Soundscape は、 3D サウンドを用いて地図を提供するアプリです。ミラーは、視力を失った人々が町を歩く際、このアプリを使って文字ではなく音声の合図により、邪魔なく道案内をすることで、周りによりとけ込めるように制作しました。しかし、2018 年 5 月にテネシー州で目が見える高校生たちが音声ゴミ拾い競技のためにこのアプリを利用した際、このアプリで読解力に問題がある人や注意力欠如障碍を持つ人、心的外傷後ストレス障碍や不安を抱える人などを支援するアイデアが高校生から寄せられ、ミラーは驚きました。
イノベーションは、個人的な体験から生まれることがよくあります。職場で多様性が求められるのも、本社の中から飛び出すことが重要なのもそのためです。
ミラーは遺伝的な病気により、コンピュータサイエンスの学位を取得する頃には視力を失いました。Soundscape に関しては、開発者とエンジニアのチームに対し、コンピュータ画面の前ではなく現場で設計するよう念を押したといいます。これにより、開発者やエンジニアもお客様をより深く理解し、ニーズに合った製品の開発につながりました。ハンズフリーで操作できるアプリを構築したのも、こうした取り組みによるものです。 アプリがハンズフリーのため、ユーザーは傘をたたんだり犬のハーネスを引いたりすることができるのです。
「思考や創造力に多様性を持たせることは、未来のテクノロジを設計するにあたり欠かせないことです」と語るのは、Azure IoT のソフトウェアエンジニア、ジル ベンダー (Jill Bender) です。ベンダーは、ハッカソンプロジェクトで仕事内容を評価するツールの制作に取り組み、一部の人にしか人気のない言語を排除しようと考えました。マイクロソフトの Dynamics 365 for Talent 製品チームでは、この取り組みを採用活動向けの製品に組み込む方法がないか検討していました。
現場から離れる時間を見つけて自分の情熱を追求し、それを役立つツールへと変えるのはそう簡単なことではありません。イノベーションへの道はたいてい曲がりくねっているものです。ただ、マイクロソフト社員の多くは現在、イノベーションのプロセスを円滑化する取り組みに励まされていると語ります。
シャイクは、「今では人に力を与え、新たなアイデアが思いつくようにしようとする良い文化があります。これが最初のステップですが、皆そこから次に進む方法を模索し、自らの戦いに立ち向かっています」と語ります。シェイクの上司は、最終的に Seeing AI となる製品のプレゼンテーションに彼が取り組めるよう、Bing と Cortana の機能開発を担当していた彼に 2 カ月の休暇を与えました。「常にバラ色の世界が広がっているわけではありません。それがイノベーションの現実です。ただ、仕事を変えて関心のあるプロジェクトに取り組む方法を見つけることは以前より簡単になりました」
イノベーションには予期せぬ紆余曲折がつきものですが、柔軟で不確実さや変化を気にしないリーダーや、すぐに金銭的な利益を求めないリーダーの下では、イノベーションが花開くのです。
「イノベーションの課程は直線ではありません」と、ミラーは語ります。「イノベーションに対して、『始めろと言った時にそこから始めろ』などと命令することはできません。また、体系化しすぎることで、イノベーションを殺してしまうこともあるのです」
ハリッシュ クルカルニ (Harish Kulkarni) がマイクロソフトリサーチの NeXT Enable チームに加わった際の明確な職務内容は、ユーザーの目線を追跡して制御できる車椅子の制作でした。これは、元 NFL 選手のスティーブ グリーソン (Steve Gleason) 氏からマイクロソフトに与えられた課題でした。グリーソン氏は、筋萎縮性側索硬化症、つまり ALS による麻痺に冒されていたのです。このプロジェクトを通じて、目線を追跡するアプリが誕生しました。この病気に冒されると、最終的には話すことができなくなりますが、アプリによって ALS 患者は家族とよりコミュニケーションができるようになりました。
クルカルニは、彼のチームが ALS と共存するさまざまな人々とより多くの時間を過ごすようになる中、テクノロジが対応していなかった「山積みの問題」に気づくようになったといいます。運動障碍や言語障碍のある人々が最終的に求めていたのは、Windows を他の人たちと同じように使いたいということでした。文書を作成し、家計簿をつけ、ゲームを楽しみ、音楽を制作し、家族と Skype で話すといったようなことです。しかし、クルカルニのチームは、こうしたニーズに応えるアプリをすべて作成できるほど大きくありませんでした。しかも、 目線を追跡するハードウェアを開発している企業は、それぞれ独自のソフトウェアを抱えていたため、事態はより複雑でした。
「サティア ナデラは、常に学び、他者の観点を理解しようとするために、尊重し合い、互いに質問するという文化を促しています。個々人が必要、あるいは望んでいるものを革新し、創り出す必要があるという切迫した状況では、共感という概念を重視することが大切となります」
クルカルニは、マイクロソフトにおける18年間のうち、大半をオペレーティングシステムの担当として務めてきました。そのため、ハードウェアの統合について理解しており、支援が得られる適切な人物も知っていました。また、クルカルニはナデラがアクセシビリティや「草の根的なイノベーション」の新たな価値を「前向きにすっきりと」強調していたことを利用し、さまざまな関係者を集めたのです。
クルカルニと、Windows Text Input 開発チームリーダーのエリック バッジャー (Eric Badger) は、この機能を Windows 担当のリーダー陣に紹介しようと、共同でプロトタイプの制作に取り組みました。マイクロソフト社内のチームにおける密接なコラボレーションを見たハードウェアメーカーは、製品を標準化することに同意しました。クルカルニによるこの「小さなサイドプロジェクト」は、昨年 Eye Control という全く新しい機能として Windows に追加され、Windows 上のすべてのソフトウェアで稼働するようになりました。
これは、単に障碍を持つ人々が家族やビジネスパートナーと日々コミュニケーションできるようにすることを目指したものではありません。 情報にアクセスする必要がある人や、手を使わずに電子的に情報につながる必要がある人々すべてを支援するものなのです。その中には、料理中に肘の上までパン生地だらけになりながら、オンラインでレシピを確認しなくてはならない状況の人も含まれます。そのため、さまざまなチームの研究者が、こうした機能で読解力に問題のある人の課題を克服したり、生産性を高めたりするような方法を模索しているのです。
「このようなお互いのアイデアの交換は、今ではより頻繁に起こるようになりました。重要なのは、この状況を実際に支持する文化を育てることです」と、マイクロソフトで 17 年間勤務し、現在 Enable チームでユーザーエクスペリエンスを担当するアン パラディーゾ (Ann Paradiso) は話します。「今、変化が起きています。最も制限された状況に対処するための設計に取り組む問題解決の量が、より幅広い人々に役立つさまざまなイノベーションへと実際につながっていることを、リーダー陣が気づくようになったのです」
「困難で不可能に思える課題に立ち向かうには、創造力や豊富なリソース、根性、そしてやり遂げる決意が必要です」と、パラディーゾは語ります。「成功するかどうかは、自分以上に大きな何かを大事にする情熱を持ち、同じ考えと独自のスキルを持った協力者をやる気にさせ惹きつけることができるかどうかにかかっています」
パラディーゾと彼女のチームはこれまで、失敗に終わったプロトタイプも数多く作成してきました。また、障碍を持った人の自宅のクローゼットが、役に立たなかったさまざまなデバイスでいっぱいになっている場面も見てきました。それでも、異なるグループで協力し、大きなインパクトにつながった経験はどれも無駄ではなかったとパラディーゾは話します。失敗は決して無駄になることはなく、そこから学ぶことがあるとパラディーゾは言います。そして、プロジェクトは別の状況で他の課題を解決するために活用されていくとしています。
クルカルニは、「Eye Control は、ハッカソンの車いすプロジェクトから誕生した偶然の産物です。ただ、これによって他にもさまざまなことができるようになりました」と語っています。
–
トップの画像:マイクロソフトのソフトウェアエンジニアであるスウェタ マチャナバジャラが Microsoft Teams の背景をぼかす機能をワシントン州レドモンドにあるマイクロソフトのキャンパスで披露。スコット エクルンド (Scott Eklund)/Red Box Pictures から提供された写真
—
本ページのすべての内容は、作成日時点でのものであり、予告なく変更される場合があります。正式な社内承認や各社との契約締結が必要な場合は、それまでは確定されるものではありません。また、様々な事由・背景により、一部または全部が変更、キャンセル、実現困難となる場合があります。予めご了承下さい。