マイクロソフトと出会って人生が変わりました: インディーゲーム開発者が、人気タイトルを生み出し続けるまでの道のり

Andrew Trotman
Head of News UK

※ 本ブログは “‘Microsoft changed my life’ How an indie developer went from rock bottom to making hit games” の抄訳です。

「マイクロソフトと出会って、私の人生は変わりました。これはまぎれもない事実です。彼らのサポートが無ければ、私は今ここにいなかったでしょう。」

ジェームズ・ストーンは常日頃からゲームを開発したいと考えていましたが、ある会議で ID@Xbox ヨーロッパのトップと出会い、「話を聞いてくれなければ絶対に部屋から出さない」と言いながらゲーム開発に対する熱意を彼に伝えたことで、夢が現実のものとなりました。

一念発起したジェームズの冒険は、彼を海外へと駆り立てました。彼は数々の犠牲を払いながらも先哲とあおぐ人たちから喝采を受け、世界最大級のゲームイベントで取り上げられるまでになりました。

「振り返ってみると、なんとも慌ただしい時間を過ごしてきました。一体どうやってここに辿り着いたのか、私にさえ分かりません」と、ソーシャルディスタンスに気を付けたブライトン駅のカフェでコーヒーを飲みながら言いました。彼は今、新作である「Xenosis: Alien Infection」の開発から離れ、少しばかりの休憩を取っています。

42 歳になるジェームズは、マイクロソフトが展開するインディーゲーム開発者への支援プログラムである ID@Xbox の参加者です。ID@Xbox に参加したことで、彼は Xbox One、および Xbox Live 上の Windows 10 PC でデジタルタイトルの個人発表を行ったり、iOS や Android アプリを Xbox Live に加えたり、情熱を注いできたゲーム開発の成功に必要なツールやサポートを受けられるようになりました。

Xbox からの支援は、ジェームズが開発を目指していた SF トップダウンシューターである「Xenosis」をリリースするのに必要不可欠でした。ID@Xbox に参加する前のリリースへの道のりは険しく、彼は 2016 年に安定した仕事を辞め、手元にあった資産も売り払い、中国蘇州市の小さなアパートへと妻を連れて引っ越しました。本人も妻も中国語を話せなかったこともあり、ジェームズは部屋に引きこもりがちになってしまいました。

「ゲーム開発に全てを注いでいたとき、ふと自分の犯した大きな間違いに気づいたのです。アートワーク、音楽、サウンドエフェクト、何から何までこの壮大なゲームを完成させるために必要な膨大な要素を、私一人で全て作成しなければならないことを、あの瞬間初めて実感したのです。」と一息ついたジェームズは語ります。「ゲームに関する全ての要素を、あまりにも大きくイメージしすぎていました。求めていたゲーム像にとらわれすぎていたのです。」

ジェームズ・ストーン (中央) は「Jump Gunners」と開発初期の「Xenosis」を複数の大規模なゲーミングイベントで展示してきました

ジェームズはゲーム開発の初心者であり、一つのゲームが出来上がるまでにかかる時間や費用について当時はあまり詳しくありませんでした。すぐに、貯金は底をついてしまいました。ビザの関係上中国で働けなかった彼は、借金を重ねながらタイトルの開発を続けていました。

2018 年に妻と別れたジェームズは、独りでイギリスへと戻りました。荷物はスーツケース 2 つとノートパソコン 1 台だけでした。住む場所もお金もなく、彼は文字通り「どん底」をさまよい続けていました。「戻ってからは、父のアパートの空いていたベッドルームを借り、そこで次に何をすればいいかを模索していました。仕事を見つけようともしていましたが、IT 業界で働くことにはうんざりしていました。私は誰かのゲームを作るのではなくて、私自身のゲームを作りたかったのです。」

この時点でブライトンで開催された Develop Conference からは 2 年の月日が経っており、ジェームズはヨーロッパの ID@Xbox プログラムを統括するアゴスティーノ・シモネッタも参加していたパネルディスカッションを、短時間ではありますが、観ていたことを思い出しました。

ID@Xbox が開発者に行っている様々な支援を知ったジェームズは、何が何でもアゴスティーノに想いを伝えなければと考えました。

「コンソール機に私のゲームが収録されることは、夢見ていた目標のひとつでした。その夢の実現に近づくためにも、アゴスティーノ氏と話す機会を逃してはならないと心に決めたのです。彼のセッションが終わった後、私は彼に近寄り握手を求めました。『是非見てもらいたいゲームが 2 作あります』と。そう伝えると、なんと一ヶ月ほどしてアゴスティーノ氏とカフェで話すことになったのです。」とジェームズは語ります。

そうしてジェームズがアゴスティーノに見せたのが、マルチプレイヤーの横スクロールバトルを楽しめる「Jump Gunners」の初期版と「Xenosis」でした。アゴスティーノはそれらを一目見て気に入り、彼がジェームズの ID@Xbox プログラムへの参加を後押ししたことで、開発キットを利用することができるようになりました。

「私のゲームをアゴスティーノ氏に見せたとき、それらはまだプロトタイプに毛が生えたような状態のものでした。それでも、彼は私のゲームを一目見て、信じてくれました」とジェームズは続けました。「マイクロソフトは、まだ開発初期の私のゲームを見て、私のゲームのみならず、私自身のことも信じてくれたのです。」

「ジェームズはゲームに対して人並外れた情熱を持っていました。彼のような人物こそが、ID@Xbox の求めている人材なのです。ゲームを作って、それを世界に送り出したいと思っている彼のような人のために、この支援プログラムはあるのです」とアゴスティーノはジェームズとの出会いを振り返りながら話します。

「『Jump Gunners』と『Xenosis』はこれまで大規模なゲームイベントで展示を行ってきており、それぞれのイベントで大きな反響を生み出しました。彼のゲームを遊びたいというゲーマーが列を成し、プレイした人たちはストーリー、グラフィック、そしてゲームとしての体験を高く評価してくれたのです。彼らがジェームズの作品にのめり込んでいっているのがはっきりわかりました。」

「ジェームズの未来図はとても明るいものだと信じています。ID@Xbox は、ゲームタイトルに対して複数のプラットフォーム上で個人発表をするためのツールを開発者に提供することで、真に作りたいと思ったゲームを作る力を彼に与え続けています。」

「彼が踏み出す次のステップが楽しみでなりません。」

ジェームズとアゴスティーノの出会いをきっかけに、2017 年には世界最大のゲーム開発者の集まりである Game Developers Conference (GDC) に「Jump Gunners」の出展が実現し、その後まもなく同ゲームは Xbox One での販売が開始されました。

2019 年、ジェームズは GDC 2019、EGX Rezzed、そして EGX 2019 といった展示会に「Xenosis」を伴って参加し、これまでで最も慌しい一年を過ごしました。UK Games Fund から資金援助を受けるタイトルの一つに選ばれたのもこの年です。

ジェームズの未来は明るいと信じています。彼が次に何を生み出すのか、私は楽しみでなりません。

こうしたイベントに頻繁に顔を出すようになったジェームズは着実に知名度を上げ、彼と彼のスタジオをより多くの人たちに知ってもらう機会も得るようになりました。彼とその作品はパブリッシャーの興味を引き、同時に Unity Technologies から夢のような仕事につながり、現在は EMEA の Developer Relations Manager として働いています。

これらは全て、ID@Xbox に参加したことで、始まったのです。

ID@Xbox を通して販売されるゲームタイトルは、素晴らしい作品を 100 タイトル以上収録している月額課金サービスである Xbox Game Pass への公開も行うことができます。

「ID@Xbox プラットフォームを通すことで、開発者は Xbox ストアや Windows ストアに個人としてタイトルを公開することができます」、とジェームズは語ります。「これらのストアではキュレーションが行われており、ストアに自分の作品が登場するということは、品質が保証されているということになります。これは、自分にとっても、業界にとっても大きなメリットを生み出してくれます。『あなたは Xbox からタイトルを発表されているのですね』、といった形で様々な人たちから声をかけてもらえ、強力な信用を得られることが、ID@Xbox でタイトルを発表するときの大きな価値といえます。ID@Xbox に参加することで、短時間で信用が得られ、メディアが話をしたいと近づいてきてくれて、パブリッシャーが私のゲームに興味を持ってくれるようになりました。その後、GDC で出展を行ったのですが、著名なパブリッシャーと同じプラットフォームで自分の作品を発表できることが、どれほど大きな影響を与えるかを、その時初めて実感しました。これだけの多大なサポートと強力な広告効果には、お金では買えない価値があります。」

「マイクロソフトは、業界で成功するための可能性の扉を開けてくれました。マイクロソフトには伝えきれない感謝を感じています。ですから、私もこの可能性を次につないでいくために、今は他のゲーム開発者たちを支援する側に立っているのです。」

ジェームズの ID@Xbox への参加と貢献は、「雪だるま式」に彼の影響力を高めていきました。大規模なイベントでもフィーチャーされた彼のゲーム開発への熱意は、「Xenosis」を完成まで導きたいと考えた 4 人の同志たちの心に火をともし、そんな彼らはチームとなって開発を続けています。ニュージーランド在住のライターアメリカ在住の作曲家、そしてロシアとポルトガルに住んでいるアーティストと連携しているジェームズはブライトンで今日も『Xenosis』の開発に情熱を注ぎ続けています。

ニュージーランド在住のライターアメリカ在住の作曲家、そしてロシアとポルトガルに住んでいるアーティストと連携しているジェームズはブライトンで今日も『Xenosis』の開発に情熱を注ぎ続けています。

「チーム全員が、空いた時間を使ってこのプロジェクトに情熱を注いでいます」とジェームズは言います。「私自身も約 2 年間、『Xenosis』に費やして来ました。人々に興味を持ってもらえるところまで作品を磨き上げられたことに大きな喜びを感じています。今では、5 人で力を合わせて『Xenosis』を完成させようとしています。1 人で開発していた頃とはクオリティも完成度も、全てが段違いです。」

「Jump Gunners」の発売後のポジティブな評価を得た後も、ジェームズは「Xenosis」の開発の手を緩めることはなく、作品を更に磨きあげ続けました。

「Xenosis」は古典的なトップダウンシューターである「Alien Breed」シリーズにインスパイアされており、プレイヤーは 50 年前に破壊されたと思われていたスターシップ・カーパシアンを発見して乗り込む、スペースサルベージを生業とするハンターとして冒険します。カーパシアンに搭載されているデータコアに格納されている人工知能は闇市場では破格の値が付くため、主人公はこれを回収しに乗り込みますが、直後から船に居るのは自分 1 人だけではないことに気づき始めます。

不思議なことに、「Alien Breed」のデザイナーの 1 人が「Xenosis」の出展されていたイベントに参加していたようで、プレイ後に大喜びで作品を高く評価してくれました。また、「X-COM」や「System Shock」を開発した先哲たちからも喝采を浴びました。

「本当に驚きの連続です。私は特別でも何でも無いはずなのです」とジェームズはこれまでの軌跡を振り返りながら語ります。「もちろん、良いアイデアは持っていると信じていますし、それなりのプログラミング技術も持ち合わせています。しかし、こんなことになるとは!」

「考えれば考えるほど思考を処理しきれなくなる自信があるので、これまでの道のりについてはあまり深く考えないようにしています。1 人で抱えるには大きすぎて、重すぎるものだと感じています。ゲームを作ることが私の趣味であって、作るなら楽しく作りたいのです。全てが上手くいって成功すれば最高ですが、同時にこの考えが足かせにならないように、『Xenosis』に強い興味を持ってくれた大手パブリッシャーのことはあんまり考えないようにしています。考え続けると、色々な意味でとても恐ろしくなってしまいますから。」

コンソール機に自身のゲームが登場することは、夢見ていた目標のひとつでした。その夢の実現に近づくためにも、アゴスティーノ氏と話す機会を逃してはならないと心に決めたのです。セッションが終わった後、私は彼に近寄り握手を求めました。『是非見てもらいたいゲームが 2 作あるのです』と。

恐れることはあっても、ジェームズは今ではいい意味で「恐れ」と良い関係を築いています。プログラミングという未知の世界であれ、初めてのゲーム開発であれ、アフリカの辺境に住まう部族の写真をカメラに収めるためであれ、彼は自分のコンフォートゾーンから飛び出すチャンスが来るたびに、喜んでそのチャンスを掴んできました。初めて作った「Crazy Cars」というモバイルタイトルは 5 万ダウンロードを記録し、アフリカの辺境で過ごした時間は、ナショナルジオグラフィックの優秀なフォトグラファーへのノミネートを含めて、複数の賞を獲得してきました。

「恐れをコントロールすることには小さいころから慣れてきました。私がとても小さい頃に (人気チャートにも載ったことのある R&J Stone の女性ボーカルだった) 母が亡くなり、父は癒しを求めて音楽に傾倒し続けました。2010 年、私が 30 歳に近い年齢だった頃、父はとある場所でちょっとした演奏を行っていたのですが、彼の演奏を聴いて心を揺さぶられた人がいたのです。その人はアフリカの部族たちと共に活動していて、彼らの音楽が伝統の継承を行うためのものであることを教えてくれました。私はすぐさま数台のカメラとともにその人とアフリカに飛び、一ヶ月をかけてアフリカの辺境を旅しました。」

「アフリカでの旅を通して、結果的に数々の国際的な賞を獲得した私はカンボジアや東南アジアにも足を運び、ナショナルジオグラフィックの優秀なフォトグラファーとして、4 年連続で最終選考まで残ることができました。いずれも安心できる環境、すなわちコンフォートゾーンから一歩踏み出すことから成し得た功績です。何かをしようと思ったときに必要以上に恐がることはないのです。」

「Xenosis」の完成後も、ジェームズは色々な企画があることを教えてくれました。次に作りたい 2 作品があると聞きましたが、今伝えられることはありますか?

「ありません! ただ、次回作は素晴らしいコンセプトをもとにしています。『Xenosis』の発売後にまたお伝えします」と、ジェームズはにやりと笑いました。

ジェームズが初めて作ったゲームは『Crazy Cars』という名の無料ゲームで、ダウンロード実績は 5 万回とのこと

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