アンドリュー トロートマン (Andrew Trotman)
※ 本ブログは、“How technology powered a brother and sister’s record-setting row across the Atlantic” の抄訳です。
一隻のボートに 2 人の漕ぎ手。3000 マイル (約 4800km) の航海を 43 日で終える。
これは、アナ マクリーン (Anna McLean) さんと キャメロン マクリーン (Cameron McLean) さんが「世界で最も過酷なボートレース」として知られる大会に参加するにあたって、自らに課した課題です。アンティグアのゴール地点に到着した際、2 人はギネス世界記録を 2 つ樹立しました。ひとつは大海を漕いで渡った初の兄妹であること、そしてもうひとつは、大西洋をボートで横断した男女混合ペアの中で最速だったことです。
今年はじめに挑戦した 2 人の旅は、文字通りアップダウンの連続でした。真っ暗闇の中で約 12 メートルの波がやって来ることもあれば、サメに襲われそうになったり、病気、疲労、水ぶくれに悩まされたり、家族としての絆を引き裂くようなケンカをしたりといったこともありました。
2 人の関係 (とボート) をつないでいたのはテクノロジでした。大西洋の真ん中にいる 2 人は、まさに地球を周回する国際宇宙ステーションの宇宙飛行士のような状況です。コラボレーションツールの Microsoft Teams により、2 人はイギリスの家族や地上にいるチームと話すことができ、貴重なサポートや情報、そして励ましを得ることができたのです。
Teams は、ロックダウンで孤立した生活を余儀なくされたアナさんにとっても役立つツールとなっています。
海上では、アナさんはポータブルブロードバンドデバイスを使って携帯電話を衛星に接続し、Teams を利用していました。これにより、アナさんは大西洋上でもチャットや通話ができたほか、ビデオ配信までこなしていました。
「Microsoft Teams によって地上とコミュニケーションができました。危険や課題はさまざまですが、最大のリスクは兄との関係が壊れて家族がばらばらになってしまうことです。だからコミュニケーションが重要だったのです」と、25 歳のアナさんは語ります。「Teams のおかげで、本当に必要な時に両親と話すことができました。1 ヶ月半誰とも会いませんでしたが、電話の向こうからあの声が聞こえてくると、心が落ち着きました。Teams から聞こえてくる声はとても近くに感じましたから」
「情報には力があります。Teams から得る情報によって競争力が高まりました」
アナさんは続けて、「実家からのモチベーションが私たちに力を与えてくれました」と話します。「単に生き残るだけでなく、戦おうという気になりました。Teams から得た情報で、自分たちがいま大西洋のどのあたりにいるのか、あとどれくらい漕げばいいのか把握できましたし、ナビゲーションの役目も果たしてくれました」
また、パイロットを目指し訓練中のキャメロンさんは、「情報には力があります。Teams から得る情報によって競争力が高まりました」と述べています。
アナさんとキャメロンさんが参加したのは、毎年開催される Talisker Whisky Challenge という大会で、カナリア諸島からアンティグアまでの 3000 マイルをボートで漕いで渡るレースです。2 人の旅は、カナリア諸島のスタートラインに他の 35 チームと共に並ぶより何年も前に始まっていました。
アナさんより 7 歳年上のキャメロンさんは大学でボートを始め、妹のアナさんは土手の上からベーコンサンドイッチを食べながらその様子を見ていました。アナさんはいつも兄の後を追っていたので、大学進学後は彼女もボートを始めました。「本当にボートが大好きでした。いつも水の上にいたいと思いましたし、もっと上達したいと思っていました。ボートのおかげで私の心は完全にクリアになりました」とアナさんは話します。
2012 年のクリスマス、アナさんはロズ サベージ (Roz Savage) 著の Rowing the Atlantic (太平洋をボートで渡る) という本をプレゼントされました。「この本にはメモを書込んだり、線を引いたりしました。これは死ぬまでに成し遂げなくちゃと思ったのを覚えています」
2017 年、アナさんはキャメロンさんにチームメートになってもらえないかと話を持ちかけます。当時キャメロンさんは、英仏海峡を泳いで渡ったばかりだったので、「キャメロンは水が大好きなはずだと思いました。その後 2 年かけて厳しい訓練体制に入り、さまざまなコースを経て準備を進めました」とアナさんは振り返ります。
それでもレースの過酷な条件にはどんな準備も十分とはいえませんでした。2 人は 1 日中、天候に関わらず 2 時間ごとに交代して漕いだり眠ったりしていました。食べ物は、フリーズドライのパスタや麺類に水を加えてデッキに出し、炎天下の太陽の下で温めて食べていました。ボートが動いているためお湯を沸かすのは非常に危険でしたし、怪我をすれば漕ぐ力に影響が出て、挑戦の大きな妨げになってしまうためです。
2 人の挑戦がどのくらい大変か表現するなら、この大海をボートで漕いで渡った人の数よりもエベレストに登頂した人のほうがはるかに多いのです。
アナさんとキャメロンさんは、誰からもサポートを得ることなく横断することを選択しました。つまり、食料 (2 人はそれぞれ 1 日 8000 カロリーを消費していました)、水 (1 日 500ml まで配給されます)、衣類、救急箱、非常用の発煙筒など、生き延びるために必要なものはすべて自分たちで運ぶ必要があったのです。リリーと名付けられた 24 フィート (約 7m) のボート上にあるのはすべて必需品ばかりで、それ以外は陸地に置いていかなくてはなりません。余分な重量によってボートの速度が落ちるためです。この方法を選択したということは、2 人がトラブルに巻き込まれても助けてくれる人が近くにいないということでもあります。
「このような状態でボートを漕いたのは、カナリア諸島を出て 3000 マイルの旅を始めた時が初めてでした」と、キャメロンさんは話します。「未知の領域の中で、荒波の中を進んでいました。最初の 4 時間で 3m のうねりがあり、命からがら持ちこたえました。波といえば、普通ビーチで海岸に向かってひと波やって来る様子を思い浮かべる人が多いと思いますが、海の真ん中では全く違います。まず最初のうねりがやって来て、次にまたうねりがやって来ますが、それぞれの大きさはいつも異なります。さらに 2 つのうねりを合わせたようなものがやって来て、どんどん大きくなるんです。それからランダムな波がやって来て、砕け散るような巨大な波が押し寄せます。つまり、あらゆる方向から波がやって来て、ジェットコースターに乗っている感覚です。陸地に到着するまでこの状態が続きます」
機械にも問題が発生しました。カナリア諸島を出発して間もなくボートの自動操舵機能が故障し、ボートを漕ぎながら足で操舵しなくてはならなかったのです。また送水ポンプも故障し、貴重な水分補給ができなくなる可能性も出てきました。幸い 2 人は、これらの故障を何とか修理することができました。
大西洋の過酷な状況下でもテクノロジが役立ちました。部品が壊れたり病気になったりした時は、Teams を介したサポートメッセージが必要だったのです。アナさんが船酔いして 3 日間動けなかった時も、家族は船酔いは治ると彼女を励ましました。「家族は旅の途中ずっと一緒にいてくれました」とアナさん。「だからこそ前に進むことができたのです」
家族からのサポートは揺るぎないものでした。2 人の父親であるアンドリュー マクリーン (Andrew McLean) さんは、サポートする気持ちを 2 人に伝えることが大切だったと語ります。
「Teams で話したりメッセージを送ったりできることはすばらしいと感じました」とアンドリューさんは話します。「アナもキャメロンも、こうして話せたからこそ前進できたと言っていますが、同時に私たちも前進できました。2 人のことが心配だったのですが、Teams のおかげで彼らの様子を知ることができ、2 人を支援できたのです。支援することで、私たちも安心できました」
アナさんは次のように述べています。「私たちはひどい状態だったかもしれません。疲れ果て、睡眠不足になり、特に状況が悪い時は気分的にもひどく落ち込みました。そんな時に、同僚や友人、家族で構成される 70 人もの Teams のグループからメッセージが届くと、『こんなメッセージが来るのだから、私たちはやれる。応援してくれるみんなのためにもやらなくちゃ』と思えたんです」
ただ、家族や友人は何千マイルも離れた場所にいて、できることは限られています。ある日、キャメロンさんはボートを漕いでいる時に怪我をし、それが悪化してしまいました。膝の小さな傷から感染症にかかり、キャビンで寝たきりになって漕げる状態ではなくなってしまったのです。キャメロンさんが抗生物質を服用し、感染症から回復しようとしている間、アナさんは 36 時間休むことなくボートを漕がなくてはなりませんでした。
「アナには水筒に水を入れてもらいたかったし、食事をさせてもらいたかったし、感染症を体から追い出す手伝いをしてほしい、抗生物質をいつ飲んだらいいのか教えてほしいと思いました。僕はとにかくずっと眠ろうとしていたからです」とキャメロンさん。「オールを握ってアナを休ませたいと思いましたが、とにかく体が動かなかったんです」
「抗生物質が効き始め、体調が少し回復した時、2 人でお互いの考えを話し合いました。その時、このように周りに何もないような場所では、お互いが必要だと気づいたのです。そこで僕たちは再びチームになりました。あのチームワークがあったからこそレースに立ち向かって競争する気になり、ボートを早く漕ごうという気持ちになりました」
2 人の信条となったのは、「チームワークによって夢が実現する」ということです。2 人は 3 日ごとに、ボートの底に張り付くフジツボを掃除して抵抗を減らさなければなりませんでした。約 14 フィート (約 4.2m) ほどあると思われるサメを見ても (アナさんによると、「ヒレがこっちに向かってきて、一度水中に消えたものの、再びボートの反対側から出てきました」とのこと)、海に潜って手作業でボートを磨かなくてはならなかったのです。炎天下の太陽から逃れられる水の中は気持ち良いものでしたが、塩分によって肌は痛くなって水ぶくれができ、この作業のせいで貴重なエネルギーが奪われました。
2 人は病気や疲労に苦しんだり、オールが足に当たってあざになったりしましたが、驚くべきことにこうした苦難から回復した後により大きな挑戦を始めました。アナさんが「北の若者グループ」と呼んでいた 108 海里も先にいるチームを追い抜くことに目標を定めたのです。とはいえ、海上で他のボートに追いつき追い越すことは容易ではありません。レース場のように、次のコーナーやターンで時間を稼げるようなものではないのです。風や波のうねりは、あるボートにとってメリットとなることもあれば、別のボートの足を引っ張ることもあるのです。
とにかく純然たる覚悟と必死の努力が必要でした。というよりも、2 人にはそれしかできません。その時点ですでに、2 人は 2 時間ごとに交代して終日ボートを漕いでいたのですから。
「同僚や友達、家族で構成される 70 人もの Teams のグループからメッセージが届くと、応援してくれるみんなのためにも達成しなければと思えました。」
キャメロンさんは次のように話します。「アナは考え事をするためキャビンに入りました。15 分後に出てきて、『よし、わかった。できるだけ長く 2 人で一緒に漕げばあのチームに追いつける』と言うのです。それで、実際そうすることにしました」
水ぶくれも筋肉痛も睡眠不足も無視し、アナさんとキャメロンさんは新たなライバルに追いつこうと一緒に漕ぎ続けました。2 人の陸上クルーは Teams を使い、ライバルとの距離がどれくらいあるのか最新情報を伝え続けました。108 海里あった差は 100 海里に縮まり、80 海里、40 海里、10 海里と差は縮まっていきました。最終的にはライバルと横並びになり、追い抜いていったのです。
「最高のショーだ!」と、2 人は大声で祝福の歌を歌いました。「グレイテスト・ショーマン」の歌を歌いつつ、2 人は自分たちでテレビ番組を作ったりモノマネをしたりすることで気分を明るくし、レース中ずっと集中することができました。
アナさんとキャメロンさんは、「北の若者グループ」より 1 日半早くアンティグアに到着、総合タイムの記録は 43 日 15 時間 22 分で、総合順位は 18 位となりました。優勝したのは、32 日で横断したイギリスの 4 人組男性チームでした。
イギリスに戻ったキャメロンさんは、みんな同じ質問をしてくるといいます。それは、なぜこんな挑戦をしたのかということです。
「まずは僕が冒険好きだからです」とキャメロンさんは答えます。「これは究極の挑戦ですし、ボートの世界の最高峰ですからね。体力も精神も技術も必要です。でも、本当の理由は、これまでなぜ他の兄妹が挑戦しなかったのか知りたかったのだと思います。今では、多様性のあるチームに絶対的な強さがあると気づきました。僕たちはお互いの強さを引き出し、共通点を見つけて速いボートを作り上げたんです」
2 人の母親であるスーザンさんは、これほどまで誇りに思ったことはないといいます。「みんな、よく子どもたちをあんな大海に行かせたわねと言いますが、私自身は行かせないことなんてできなかったと思っています」
大西洋をボートで横断し、ゴール地点で抱き合うアナさんとキャメロンさん
「人生は短いですから、その時その瞬間を大切にしなくてはなりません。2 人にはビジョンがあり、その目標に向かって大変な努力をしたのです。ゴールできたことは本当に誇らしく思います。2 人が共に目標を達成したのですから、私たち家族にとってはより特別なことです」
アナさんとキャメロンさんがイギリスに戻って 1 ヶ月も経たないうちに、英国政府は新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) のパンデミック対策として都市封鎖を実施しました。アナさんは今も在宅にて AlfaPeople に勤務しており、Teams でミーティングをしたり (1 日に 6 ヶ国の人と話すこともあるといいます) 同僚と日々連絡を取り合ったりしています。
AlfaPeople のマネージングディレクター、フィリップ ローリンソン (Philip Rawlinson) さんは、「アナさんに初めて会った時、彼女の情熱や献身さがあまりにも強くて刺激を受けました。だから、大西洋をボートで渡りたいという願望を持っていても驚きませんでしたね」と話します。「当然心配はしましたが、横断中に Teams を使うだろうということもわかっていました」
今では海の上で過ごした時間より、グロスターシャーの実家で孤立した生活を送っている時間の方が長くなったアナさんとキャメロンさんですが、アナさんは航海中に学んだ方法で前向きに過ごしています。
「キャメロンと海にいた時は、よく将来のことを考えたり、陸地に戻ったら何をしたいか考えたりしていました。計画することにエネルギーを注いでいたんです。それはロックダウン中も同じです。今は大西洋横断の旅について本を執筆していて、資金調達からゴール地点に至るまでのことや、リーダーシップについて学んだことを書いています。単に生き残るためにボートを漕ぐのではなく、戦うためにボートを漕ぐという考えについても書いていて、今のような状況下では世界中誰にでも当てはまると思います」
「大西洋横断に向けたトレーニング中、メンタルヘルスのコーチからいくつかアドバイスを受けました。彼女は、人の心は検索エンジンのようなものだと言うんです。ある言葉を入力すると、それに関連する他の言葉が出てくるので、ポジティブなことを考えるとよりポジティブになれると。だから今でも日々自分で検索バーに入力する内容を考えていますよ」
アナさんとキャメロンさんは、世界で最も過酷なボートレースを制覇し、ギネス世界記録を打ち立て、国連女性機関のために 3 万 2000 ポンド (約 443 万円) の資金を調達しました。そんな 2 人はロックダウン後に何をしたいと考えているのでしょうか。
「他の海も渡ってみたいわね」と言うアナさんに対し、キャメロンさんは椅子の上で落ち着かない様子を見せます。「今回の体験は間違いなく楽しかったし、アナはすばらしいチームメートだったよ」とキャメロンさん。「でも、僕はもういいかな」
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