ネットワーク機械学習によりワークプレイスのイノベーションを測定し、組織科学を推進する

キャロリン ブラクタオン (Carolyn Buractaon) シニアプログラムマネージャー
アンバー ホーク (Amber Hoak) ソフトウェアデベロップメントエンジニア
デビッド ティツワース (David Tittsworth) ソフトウェアエンジニア
ネハ パリク シャー (Neha Parikh Shah) Viva Insights ソリューションデザインディレクター
ジョナサン ラーソン (Jonathan Larson) プリンシパルデータアーキテクト

※本ブログは、米国時間 3 月 24 日に公開された “Advancing organizational science using network machine learning to measure innovation in the workplace” の抄訳を基に掲載しています。

目次

  1. ネットワーク機械学習による COVID-19 流行期におけるコラボレーションの測定
  2. 米国とニュージーランドにおけるワークプレイスサイロ化の比較
  3. 将来に向けたイノベーション思考の育成とチーム間のコラボレーションの推進

image01世界的な COVID-19 の流行によりイノベーションは損なわれたのでしょうか? 様々な指標からは克服すべき課題があることがわかりますが、それと同時に、マイクロソフトが組織として獲得した経験を活用する機会もこの一年間生まれています。ネットワーク機械学習によりコラボレーションの状況を測定することにより、課題にリアルタイムで対応するための有効な診断が可能になりました。ワークプレイスにおける人間関係の構築が課題になっています。多くの人々が在宅勤務による、柔軟なスケジュールに基づく新たな働き方に移行することで、多くの点で職場における人と人とのやり取りが影響を受けているという証拠があります。

今年度の Work Trend Index は、世界中のインフォメーションワーカーが新しい働き方に向けて大きくシフトし始めていることを示しています。本レポートによれば、調査対象になった世界のインフォメーションワーカーの 70 パーセント以上が、柔軟なリモートワークという選択肢が継続することを望んでいます。それと同時に、65 パーセント以上がチームと対面でやり取りする時間を増やしたいと述べています。ここでは、コミュニケーションとコラボレーションの新たなテクノロジを活用して、モティベーションやメンタルヘルスに関する個人のニーズに応え、規模の大小を問わず今日のワークプレイスに対応できるアイデアを考案していくことが重要です。

昨年の COVID-19 の影響によって世界が変わり、従業員のネットワークも縮小しました。新たなコラボレーションに適合する中で、仕事のより広いネットワークを再構築する方法を見付けることが重要になっています。チームのイノベーションには、組織全体の斬新な情報に頻繁にアクセスし、定期的に新たなコラボレーションを生み出すことが求められます。ワーカーの創造性を育むためには、多様なアイデアや視点に触れることが必要です。要するに、社会的なつながりと支援ネットワークが生産性向上と仕事への適合力の両面にとって重要ということです。このトピックに対応するビジネスリーダーに向けた重要な情報が Harvard Business Review の記事で紹介されています。

Microsoft Research は、データのつながりから洞察を得るためにネットワーク機械学習を開発しています。Work Trend Index では、Microsoft 365 のグローバルな利用状況のパターンを理解するためにこの手法を活用しています。マイクロソフトにおける Graph AI の取り組みにより、データのつながりを Microsoft Digital Crimes Unit による詐欺行為の検知Microsoft Bing におけるサーチなどの多様な研究分野に応用するツールや手法の開発が可能になりました。Johns Hopkins University と共同開発されたオープンソースの Python グラスポロジック (graspologic) パッケージは、マイクロソフトの研究成果に基づいた、パーティショニング、視覚レイアウト、ネットワークエンベッディングを提供します。最近になり、ネットワーク機械学習を Microsoft 365 と Microsoft Viva に基づく新ソリューションに適用するという成果を達成しました。また、マイクソフトは、Graph AI の理論研究と組織科学の応用研究を推進するために、Johns Hopkins University Department of Applied Mathematics and Statistics や Michael G. Foster School of Business at the University of Washington といった研究機関との共同研究体制を確立しました。

AI を使用して、従業員、チーム、組織の間のつながりを理解することで、昨年にワークプレイスがどのように変化したか、特にインフォメーションワーカーのグループ内、および、複数グループを横断するやり取りがどのような影響を受けたかを深く理解することができました。ネットワークパーティショニング、組織ネットワークのビジュアルマッピング、グラフメトリクスの活用により、Microsoft 365 におけるコミュニケーションの動向に関する洞察を得ることができました。

ネットワーク機械学習による COVID-19 流行期におけるコラボレーションの測定

経営陣は、プライバシーを保護されたデータ分析により、従業員のコミュニケーションとコラボレーションに対する変化するニーズを理解したいと考えています。Microsoft 365 は、従業員のコラボレーションのパターンに対する視点を提供してくれます。この調査では、Microsoft Teams と Outlook の電子メールと会議におけるやり取りを分析しました。ここで使用されたデータは集約データであり、個人や組織を識別できるデータ (たとえば、企業名) が削除されています。マイクロソフトは、プライバシーを重要な課題と捉えています。このアプローチについての追加情報はリンク先をご参照ください

世界の大部分が COVID-19 に対応して在宅勤務に移行したことで、Teams 会議数は急増し、電子メールの量もある程度増大しました (図 1 参照)。新たな年を迎えた後もこの傾向は続いています。ここでは、インフォメーションワーカーやワークプレイスにとって、昨年が典型的な年ではなかったことを念頭におくべきです。リモートワークを選択しない人々、作業環境に問題があった人々、子育てなどの個人的な仕事とのバランスを取らなければならなかった人々が数多く存在しました。

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図 1 : 本調査の期間における電子メールと Teams 会議の総数。2020 年 3 月から 2020 年 7 月への 5 カ月間はリモートワークへの移行時期なので、調整期間とみなします。

コミュニケーショングラフにおいて、組織の構成要素間の関連を理解するために、コラボレーションのパターンに基づいてワークグループの識別を行いました。これらのワークグループは、公式な組織図と重なることもよくありますが、実際に仕事を行う上での非公式なつながりも表現されています。

グラスポロジックにより実装された Leiden 階層的クラスタリングを使用し、コミュニケーションのパターンに基づいてワークグループを自動的に識別しました。最近開発された、ネットワーク内のクラスター発見手法である Leiden クラスタリングが、大規模なデータ処理における速度、および、以前の手法と比較した性能向上を理由として採用されました。過去のビジュアリゼーションに関する研究の教訓を活かし、組織を表現するネットワークマップを構築しました。

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図2: 本図は、マイクロソフトのイメージです (各ノードが従業員に相当)。各ノードは最も頻繁にコミュニケーションが行われる他のノードの近隣に配置されています。ここでは、個人識別情報を削除した米国内従業員の一部のデータを使用しました。ネットワーク機械学習により識別されたワークグループが色で示されています。

レイアウトはグラスポロジックにより自動的に生成されました。一般化された node2vec エンベッディング、UMAP による 2 次元空間への縮小、オクルージョン除去アルゴリズムが適用されています。色付けは、ネットワーク機械学習により算出され、社内の中で特にコミュニケーションの多いワークグループを表現したものです。ワークグループの識別とレイアウトの生成が完了すると、従業員のプライバシーを守りつつ、経営陣に有効な指針を提供できるよう、ワークグループおよび組織レベルでの分析が行われました。

image03用語解説: ワークグループのサイロ化: ワークグループのサイロ化 (siloing) は、モジュラリティとも呼ばれ、ネットワークの分断化のスコアによる、ネットワークのつながりの強さの指標です。図に示すように、モジュラリティのスコアが高いということは、ノードのグループ間の分断が強いことを魅します。

2019 年 4 月から 2020 年 4 月にかけて、ワークグループのサイロ化 (縦割り化) の評価値であるモジュラリティが世界中で上昇しました。多くの人々がリモートワークに移行する中で、なじみのある人とだけやり取りし、ワークグループの境界を越えてやり取りする機会が減少したためです。モジュラリティの前年比増大は統計的に有意なものです。全体的な変化はわずかですが、個々のワークグループ、そして、組織全体には無視できない影響があります。

モジュラリティをサイロ化の指標として使用すると、世界中で在宅勤務令が発令された時期に、複数の組織でモジュラリティが大幅に増大していることがわかります。現在、ビジネスリーダーが、この変化にどのように対応するか理解できるよう支援するための研究を継続中です。

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図 3: 2019 年から 2020 年におけるモジュラリティの平均値。赤線および青線の周囲の影の領域は標準誤差。2020 年 3 月にモジュラリティが上昇し、その後、2019 年を上回る状態が続いていることに注目してください。

米国とニュージーランドにおけるワークプレイスサイロ化の比較

ワークグループのサイロ化の動向は 2021 年も続いています。社会活動の再開がモジュラリティに与える影響を理解するために、米国とニュージーランドの比較を行いました。米国のインフォメーションワーカーのほとんどが、まだ通常勤務には戻っていない一方で、ニュージーランドは制限を何回か緩和しています。米国におけるモジュラリティは高いままですが、ニュージーランドでは 10 月におけるアラートレベル 1 への移行により、モジュラリティが段階的に減少しています (図 4 参照)。ロックダウンが緩和されれば、チームのつながりが増す傾向が見られます。この傾向は他の国でも見られます。しかし、ニュージーランドのモジュラリティも、パンデミック発生前の状態には戻っていないことには注意が必要です。

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図 4: 2020 年におけるワークグループのサイロ化の米国とニュージーランドの比較。2021 年に入って米国もニュージーランドもワークプレイスのサイロ化のレベルが高い状態が続いています。図中、ニュージーランドでは COVID-19 に対応した中央政府の施策に相当する日付が記載されていますが、米国は地域別のアプローチが採られているため、日付は記載されていません。

image06用語解説: ワークグループスタビリティ: ワークグループスタビリティは、ワークグループの構成の月ごとの変化を表す指標です。具体的には、調整されたランド指標を使用して 2 つのデータクラスターの類似性を比較します。ここで、クラスターとは機械学習により求められた、従業員のワークグループであり、画像では色分けで示されています。ワークグループのスタビリティが高いとは、コミュニケーションのパターンがより安定しており、前月と比較した類似性が高いことを意味します。

ワークグループのスタビリティとは、長期にわたるワークグループのメンバー構成の変化の指標ですが、この指標は、使用されるコミュニケーションのタイプにより異なります。よりフォーマルなコミュニケーション手段である電子メールでは、COVID-19 の流行が始まった直後からスタビリティの減少が始まりました。調整期間においても、スタビリティは 2019 年を下回りました。この調整期間後には、電子メールのスタビリティは 2019 年のレベルに戻りました。より、インフォーマルなコミュニケーション手段である Teams 会議におけるワークグループスタビリティは調整期間中に急増し、その傾向は 2021 年も続いています。

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図 5: 電子メールと Teams 会議におけるワークグループスタビリティの長期的変化。Teams 会議におけるスタビリティは、上昇期間が終わった後も上昇し続けています。

組織の社員の多くが在宅勤務に移行し始めた時期である昨年 3 月には、Microsoft Teams の利用が大幅に増大しました。ここでのワークグループスタビリティの上昇は、おそらく、通常の職場での会議が Teams に移行したことによるものでしょう。Teams は、一時的なやり取りのためのツールというよりは、同僚と日々連絡を行うための不可欠なツールになったと言えます。

Work Trend Index の話題に戻って考えると、既存のつながりの強化という点では好ましい傾向が見られます。たとえば、調査対象者の 39 パーセントが「仕事での充実感が増した」と回答しています。同僚が互いの家族やペットと初めてバーチャルで会うことなどできずなが深まったという兆候が見られます。その他の研究成果については、Work Trend Index をご参照ください。

将来に向けたイノベーション思考の育成とチーム間のコラボレーションの推進

完全な復帰、あるいは、ハイブリッド形態かどうかは別として、通常勤務形態への復帰が予測される中、組織とその従業員には、対面のコミュニケーションを活用するためのコミュニティの構築が求められています。Harvard Business Review 誌のインタビューにおいて、マイクロソフトのシニア主任研究員ナンシー ベイム (Nancy Baym) は、非公式な従業員のつながりの場を作ることを推奨し、次のように述べています。「従業員にとっても、組織にとっても、このようなタイプのやり取りは活気あるワークプレイスに不可欠です。特にチーム外部の人々と、自発的で一度限りの会話を触発することで、知識の拡大と思考の活性化をもたらします。」

Microsoft Researchers と共同研究パートナーは、さらなる調査を行い、これらの研究成果を活用して、ワークプレイスの変化に対応できる新たなソリューションを構築することにコミットしています。これにより、企業や個人の目標達成のあり方も変わっていくでしょう。コラボレーション、生産性向上、コミュニケーションツールの最適化に関する新たな研究成果については、New Future of Work のプロジェクトページをご参照ください。

イノベーションの現状という最初の質問に戻って考えると、新しいアイデアは、多くの場合、斬新な情報へのアクセスに依存します。在宅勤務令が開始されてから、Teams 会議と電子メールの両方でワークグループのサイロ化が進みました。ワークグループのサイロ化は、効率性と生産性を向上する可能性がある一方で、イノベーションをもたらす新しいアイデアの発見を損なうという代償を伴う可能性もあります。また、これは、チーム間のコミュニケーションがかつてほど強くなくなったことを意味しているかもしれません。3 月から Teams 会議のスタビリティは一定でしたが、電子メールはそうではありませんでした。ワークプレイスの日々のやり取りがオンラインにシフトしたことにより、Teams 会議のスタビリティは上昇しました。これらの指標については調査を継続していきます。

昨年に起きた主に内向きの変化は、イノベーションにつながる新しいアイデアの発見を困難にします。過去において、従業員のつながりは、ウォータークーラーの側や廊下での対話によりもたらされていました。私たちが、COVID-19 から緩やかに回復し、ハイブリッドなワークスタイルの新たな世界に向かう中で、組織はつながりを強化し、ワークグループのイノベーションを推進するための機会を意識的に作り出していかなければなりません。

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