トム・キーン (Tom Keane)
ミッションエンジニアリング担当コーポレートバイスプレジデント
※本ブログは、米国時間 4 月 4 日に公開された “This ‘hands-on’ AI-based test project will help ensure astronaut gloves are safe in space” の抄訳を基に掲載しています。
国際宇宙ステーション (ISS) に滞在している宇宙飛行士は、宇宙を旅行しているわけではありません。彼らは仕事人であり、科学者であり、エンジニアです。安全が最優先される厳しい運用環境の中で、重要な科学ミッションを行っているのです。船外活動では装置を修理し、新しい機器を設置し、史上最大の宇宙船の改修も行います。地球上で働く人たちと同じように、宇宙飛行士のグローブも経年劣化し、破れたり切れたりして安全上懸念が出てくることもあります。
米国航空宇宙局 (NASA) で働く宇宙飛行士は、問題の発生を防ごうと、船外活動の最中やその後に宇宙用グローブの写真を撮影し、地球に送信して検査してもらいます。地球では NASA のアナリストがグローブの写真を見て、危険につながる損傷がないかを調べ、その結果を ISS の宇宙飛行士に送り返しています。
ISS は地球から約 250 マイルという低軌道距離であるため、この工程で作業をこなすことができますが、NASA が再び人類を月に送ったり、地球から 1 億 4000 万マイルも離れた火星に送り込んだりすることになると、状況は異なってきます。
<YouTube: NASA、HPE、マイクロソフトと共同で ISS 搭載の宇宙飛行士用機器の損傷を検出する AI テストを実施>
火星からだと、地球上の人に「こんにちは」と挨拶を届けるまで最大 20 分かかり、地球上の人が「こんにちは」と返すのにさらに 20 分かかります。つまり、宇宙飛行士のグローブの確認には最低 40 分かかるため、待ち時間が長すぎるのです。
この問題を解決しようと、マイクロソフトのチームは NASA の科学者および Hewlett Packard Enterprise (HPE) のエンジニアと共同で、人工知能 (AI) と HPE の Spaceborne Computer-2 を活用し、ISS でグローブの画像を直接スキャンし分析するシステムを開発しています。これにより、地球からの支援が限られている宇宙飛行士の自律性が高まる可能性があるのです。
重要な安全部品の欠陥を検知
宇宙飛行士のグローブは 5 層構造になっています。外層はゴム引きコーティングによって握力を高め、第一防御層としての役目を果たします。次にあるのはベクトラン®という耐切創素材の層です。残りの 3 層で宇宙服の圧力を維持し、華氏 180 度から華氏 235 度 (摂氏 82 度から摂氏 113 度) にまで高まる宇宙の極端な温度から保護します。
外層はかなり酷使しても耐久性がありますが、摩耗がベクトラン®層に達すると問題が発生することもあります。そうなると、基本的に宇宙飛行士の安全層となっている宇宙服への圧力ブラダーにも影響が出てきます。
親指と人差し指は物をつかむ時によく使うため、グローブはその 2 本の間が最ももろくなります。また、ISS の一部の領域も、20 年以上にわたって微小隕石などの危険にさらされており、こうした微小隕石の衝突によって手すりなどの構造部品に鋭利な角が多数形成されています。
月や火星ではさらに危険が高まります。風や水による自然侵食が発生しないため、岩石の粒子は地球上の小石や砂粒というよりも、ガラスの破片のようになっているためです。
ISS 搭載型グローブモニターの制作にあたり、NASA のチームでは、まず新品で損傷のないグローブと、船外活動や地上訓練で使い古されたグローブの収集を始めました。次に、損傷したグローブの写真を撮影して調べ、外側のゴム引きシリコン層がはがれかけているところや、重要なベクトラン®層に傷があるところなど、特定の種類の摩耗にタグを付けました。これには Azure Cognitive Services の Custom Vision が使われ、NASA のエンジニアはウェブブラウザでグローブの写真を開き、損傷の例をクリックしていきました。
このデータは Microsoft Azure のクラウドベース AI システムのトレーニングに使われ、その結果を NASA からの実際の損傷報告や画像と比較しました。その後 AI クラウドのコンピューティング能力を活用し、グローブの特定の場所が損傷する可能性を確率でスコア化しました。
船外活動後、宇宙飛行士はエアロックで宇宙服を脱ぎ、グローブの写真を撮影します。写真はすぐに ISS 内にある HPE の Spaceborne Computer-2 に送信され、グローブ分析モデルが宇宙空間で受けた損傷の兆候を素早く探し出します。損傷が見つかるとすぐにメッセージが地球に送信され、NASA のエンジニアによるさらなる検査が必要な領域が強調して表示されます。
Microsoft Azure Space のシニアソフトウェアエンジニアであるライアン・キャンベル (Ryan Campbell) は、「この実証では、ISS 上で AI やエッジ処理を実行し、リアルタイムでグローブが分析できることがわかりました」と話します。「処理中は文字通り宇宙飛行士の隣にいることになるので、画像を地上に送るより素早くテストが実行できます」
HPE が宇宙対応のコンピューティングハードウェアとソフトウェアを提供
NASA がこの AI テクノロジを直接ISS上でテストできるようになったのは、マイクロソフトと HPE のパートナーシップによるものです。NASA は、現在 ISS にて複数年のミッションを実行中の HPE Spaceborne Computer-2 を操作し、AI テクノロジをテストしています。
HPE Spaceborne Computer-2 は、宇宙の過酷な条件にも耐えられる堅牢なソリューションで設計されたエッジコンピューティングおよび AI 対応システムで、1 秒間に 2 兆回以上、つまり 2 テラフロップス以上の計算が実行できます。
現在、NASA、Microsoft、HPE が開発した損傷評価ツールは試験段階で、グローブの分析を行うものの、重要な安全性の決定には使われていません。それでもこの技術にはかなり将来性があると見られており、現在の目標はこのテストを継続し、長期にわたって信頼性を実証することです。
他の機能にも拡張可能なグローブプログラム
このグローブプログラムは ISS では新しいものですが、NASA ではこの技術を他の分野にも拡大し、ドッキングハッチなど他の重要な部品に損傷がないか調べることができるのではないかと考えています。また、Microsoft HoloLens 2 やその後継機により、宇宙飛行士がグローブの損傷をさっと見てスキャンできるようになったり、最終的に複雑な機械の修理補助が簡素化されたりする可能性もあります。
宇宙はイノベーションの強力な実験場です。人間や機器を限界まで追い込むことで、宇宙があらゆるエンジニアの創造力やスキルの限界を広げているのです。マイクロソフトのチームにとっては、NASA の宇宙飛行士のグローブをより安全に保つために AI の力を応用するというこの機会が、その最初のステップとなっています。
マイクロソフトのデータ&AI スペシャリストであるジェニファー・オット (Jennifer Ott) は、「NASA のミッションのひとつに、人類の利益に貢献する知識を探求し、発見し、拡大することがありますが、このプロジェクトはそのすべてに当てはまっています。そしてこれはまだ始まったばかりです」と述べています。「このようなプロジェクトを通じてクラウドコンピューティングの力を究極まで高めることで、次に安全に何ができるのか考えることができ、その準備もできます。将来的にはより長距離の有人宇宙飛行が期待される中、私たちはみんなでその限界をさらに押し広げているのです」
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