AI を活用した科学的発見で、あらゆる科学者の能力向上へ

AI を活用した科学的発見で、あらゆる科学者の能力向上へ

Azure Quantum Elements プログラムについて議論する ユニリーバ とマイクロソフトのリーダーたち

マイクロソフト 戦略的ミッション&テクノロジ担当 エグゼクティブ バイス プレジデント
ジェイソン ザンダー (Jason Zander)

※本ブログは、米国時間 6 月 18 日に公開された “Empowering every scientist with AI-augmented scientific discovery” の抄訳を基に掲載しています。

マイクロソフトのビジョンは、AI における最近の飛躍的進歩によって科学者が自らの創造力を最大限引き出し、急を要する課題に取り組めるようにすることです。このビジョンを実現するには、生成 AI のフルパワーと、量子コンピューティングと古典的なコンピューティングとのハイブリッド コンピューティングを組み合わせ、科学的手法におけるすべての段階を強化しなくてはなりません。知識研究を拡大したり、より良い仮説を構築したり、実験と分析を加速したりするには、科学に特化したクラウド プラットフォームが必要なのです。マイクロソフトが化学および材料科学に特化した Azure Quantum Elements を構築したのもそのためです。

本日マイクロソフトは、Generative Chemistry および Accelerated DFT を発表します。これにより、研究者は同プラットフォームの力をフル活用できるようになります。こうした画期的な機能により、科学者は今後 250 年にもおよぶ化学への取り組みを、次の 25 年間へと圧縮できるようになります。

マイクロソフトは、Generative Chemistry によって科学的探求の領域を広げたいと考えています。研究者は、何億もの化合物でトレーニングされた最新の AI モデルを使用して、特定の産業用途に適した新しい分子を生成したり探索したりできるようになります。そして、最も有望な候補を研究室でより効率的に合成するためのワークフローで提案された手順を、何年もかけることなく数日で評価できるようになります。

Accelerated DFT では、分子の量子力学的性質を、他の密度汎関数理論 (DFT) コードより桁違いに高速なスピードでシミュレーションします。これにより研究者は、化学的発見パイプラインを迅速化し拡張することが可能です。

これで、高度な AI とデジタル ツールが、さまざまな業界の科学者や学生、そして研究室にて、これまで以上に利用しやすいものとなり、科学的発見の新しいパラダイムに近づきます。以下は、研究者がこうした画期的機能を活用して新しい分子を設計し、消費財や医薬品業界、製造業、エネルギー業界など、あらゆる分野の変革を実現し、それが結果的に最も差し迫った社会的課題の一部に対処することになるという当社のビジョンです。

マイクロソフトは現在このビジョンに向けて取り組んでいます。Azure Quantum Elements のプライベート プレビューの一環として、科学者や開発者には現在 Accelerated DFT を検証する機会が提供されており、今後数週間で Generative Chemistry にアクセスできるようになります。

すでにマイクロソフトは、1 日 34 億人以上に製品を提供する消費財分野の世界的リーダーである ユニリーバ (Unilever) と協力することで、このビジョンを実践しています。ユニリーバは、マイクロソフトのスーパーコンピューティングと AI サービスの力を活用し、デジタル R&D の変革と製品イノベーションを促進しています。

科学的手法のあらゆる段階に AI を組み込む

気候変動の逆転や再生可能エネルギー源の開拓といった世界規模の挑戦から、より持続可能な生活やより健康的で安全な製品の使用といった個人的な目標まで、私たちは皆、より良い世界を作るために自らの役割を果たしたいと考えています。こうした目標の多くは時間が重要で、世界中で 800 万人以上の科学者 (※1) が革新的なソリューションを開発し、進歩を遂げようと取り組んでいます。マイクロソフトでは、最先端のデジタル ツールによって、すべての研究者や研究室の総合的な創意工夫を最大限活用できるよう支援することを目指しています。

生成 AI が、Copilot などのコラボレーション ツールによって創造性の新たな波を起こし、生産性を向上させたように、マイクロソフトは現在 AI と自然言語処理機能を科学分野に取り入れようとしています。つまり、マイクロソフトの目標は、AI の推論能力を科学的手法のあらゆる段階に組み込むことです。そのためには、仮説から結果までの科学的プロセスを加速化する次世代 AI モデルの力が必要です。まず知識調査と仮説の生成から始まり、何百万もの潜在的な分子候補ソリューションを生成して点と点を結び、デジタル実験で候補を絞り込み、結果を分析します。このすべての工程は数日で完了します。PNNL とのコラボレーションでは、このアプローチが現実世界でどのような結果をもたらすかも明らかにしています。そのコラボレーションとは、3,200 万以上の候補をスクリーニングし、より優れたバッテリーとなる可能性を秘めた新材料を発見して合成するというものでした。まさに科学的発見の新時代における可能性の具体例といえるものです。

自然言語ツールによって強化されたこの新しいパラダイムでは、AI を科学アシスタントとしてあらゆる段階で活用することで、自律的な推論ループを構築するのに役立つことでしょう。画期的な発見を実現するこうした機能を民主化することで、イノベーションへのアプローチ方法が再定義されることになります。

マイクロソフトの目標は、初期の調査から仮説の構築、そして実験や分析に至るまで、科学的手法のあらゆる段階に AI を取り入れることです。
マイクロソフトの目標は、初期の調査から仮説の構築、そして実験や分析に至るまで、科学的手法のあらゆる段階に AI を取り入れることです。

Azure Quantum Elements の新機能を発表

Generative Chemistry は、新しい分子の発見や設計を任務とする科学者に新たな創造性の波をもたらします。これにより、石油やガス会社がエンジンの寿命を延ばすような強力な燃料添加剤を発見したり、接着剤会社が不要な残留物を除去しつつも接着力を強化する新化学物質を開発したりと、さまざまな業界で画期的な成長が実現するでしょう。

このような発見のプロセスは、広く混雑した暗い倉庫の中で、小型の懐中電灯ひとつだけ持って小さな箱を探すようなものです。一度に光を当てられるのは狭い範囲だけで、倉庫の他の部分は真っ暗で何もわかりません。生成 AI は、新しい方向を指し示す非常にスマートな光をもたらしてくれ、これまでには思いもよらなかった、また見ることもできなかった場所を可視化してくれるのです。

研究者は Generative Chemistry に対し、分解の早い分子やリサイクルの容易な分子など、望ましい特性を持つ分子を尋ねることができます。また、目指す用途についての情報を提供し、関連する分子特性の決定をシステムが支援することも可能です。さらにいくつかステップを踏むと、そのパラメータと一致する候補を受け取ることができ、さらなる研究が可能です。

しかし、単に候補リストを生成するだけでは、AI による発見プロセスの変革には十分ではありません。化学分野の計算ツールに欠かせない条件は、科学者が実世界で役立つ新しくて合成可能な分子を発見できるよう支援できることです。だからこそ筆者は、Generative Chemistry へのアプローチが現実のものとなり、特定の用途に向け調整された有益な特性を持つ、これまでに見たことのない分子を提案し、妥当な数のステップで合成できるようになったことをうれしく思っているのです。

Generative Chemistry は、研究者が実験室で分子候補を合成する「レシピ」を開発する際に検討すべき潜在的なステップを提供します。この重要なコンポーネントへのサポートは、当社の AutoRXN ソフトウェアの機能に基づいて開発されたもので、化学反応を逆の順番から探索することで、ターゲットとなる分子を作成する際の合成経路を評価します。

科学者が希望する分子の特性を指定すると、何千もの分子候補が提示されます。その候補は、AI による推論とそれに続く HPC シミュレーションによって絞り込まれ、最終的に実験室での合成やさらなる実験的探求に最も適したいくつかの分子のみが選ばれます。
科学者が希望する分子の特性を指定すると、何千もの分子候補が提示されます。その候補は、AI による推論とそれに続く HPC シミュレーションによって絞り込まれ、最終的に実験室での合成やさらなる実験的探求に最も適したいくつかの分子のみが選ばれます。

この機能は、科学的発見にとってまさに画期的なものです。企業や研究グループは、ほんの数日で新しい分子を開発する効率的で費用対効果の高い革新的な方法を探すことができ、広範なデータベース検索や実験室での試行錯誤を繰り返すプロセスを圧縮できます。このエンドツーエンドのワークフローにより、科学者は製造や医療などの領域で次の大躍進へとつながる可能性のある、まったく新しい化合物を手に入れることができるのです。

またマイクロソフトは、科学者により簡素でより強力な量子化学ソリューションを提供する Accelerated DFT も発表します。過去数十年にわたり、DFT はさまざまな分子シミュレーションで非常によく使用されてきた手法で、研究者が原子や分子、ナノ粒子、さらには表面や界面の電子構造をシミュレーションし研究するのに役立ってきました。

分子システムは交通システムに例えることができます。交通システムで、さまざまな方向にさまざまな速度で移動する車が電子を表します。交通ヘリコプターからは、それぞれの車の速度や行き先がわからなくても、交通の流れ全体を観察することが可能です。DFT は、分子システムに対する「ヘリコプターからの視点」を提供するもので、より高い高度から電子の「密度」をマッピングして、個々の電子を追跡する複雑な作業を簡素化します。

このような DFT シミュレーションは最適化や実行が複雑になりがちで、スーパーコンピュータ規模のリソースが必要となることもよくあります。そこで、マイクロソフト リサーチが開発したイノベーションに基づく当社のマネージド DFT サービスでは、研究者が他の DFT コードよりも大幅に高速な計算を実行できるようにし、広く使用されているオープンソース DFT コードの PySCF より平均 20 倍の速度向上を実現しています。

Accelerated DFTは、AspenTech、DTU Energy University of Denmark、ユニリーバなど、多くの組織ですでに使われており、より広範な化学や材料科学のワークフローとシームレスに統合して治療法や環境の持続可能性、さらにはその先のイノベーションを促進すべく道を切り開いています。

発表の詳細は、「Azure Quantum Elements に、Generative Chemistry と Accelerated DFT という 2 つの強力な新機能が登場 (Introducing two powerful new capabilities in Azure Quantum Elements: Generative Chemistry and Accelerated DFT)」という技術ブログをご覧ください。

ユニリーバと共に新たな科学的発見のパラダイムを開拓

ユニリーバは、消費財業界の最前線に立ち、Dove、TRESemmé、Omo、Degree、Hellmann’s、Ben & Jerry’s といった日々 34 億人が使用する家庭用ブランドの強力なポートフォリオを展開しています。クリーニング商品、美容商品、ケア商品のいずれにおいても、最高の消費者体験を確固たるものとし、日常生活を向上させるには、最新の科学的ブレークスルーが必要です。

過去 2 年半にわたってユニリーバはマイクロソフトと協力し、製品イノベーションを推進する新しいデジタル機能を特定すべく取り組みを進めてきました。ユニリーバは Microsoft Azure の支援の下、同社の物理研究所のデジタル版である革新的な DataLab を通じ、デジタル ビジョンを実現しようとしています。肌のマイクロバイオームの秘密を解き明かすことから、数十億ドル規模のビジネスで排出される二酸化炭素量を削減することまで、ユニリーバは最先端科学によって現代世界における消費財企業のあり方を再定義しているのです。

ユニリーバは、Copilot と Azure Quantum Elements の高度なシミュレーション機能により、自然言語を使用して科学情報を照会し、実験室で行う数十回の実験にかかる時間で数千回の計算シミュレーションを実行できるようになりました。ユニリーバの科学者は、こうしたシミュレーションで収集したデータを使用して、何万もの材料をかなりの速度でスクリーニングしたり、複雑な化学反応の調査を可能にしたりするモデルの微調整ができます。

例えば研究開発チームでは、より多くの髪質で毛髪繊維の自然な結合を回復させる新しい分子の検索範囲を拡大し、それを Dove や TRESemmé といったブランドにおけるパーソナライズされたヘアケアの基準の再定義につなげることも可能です。さらに、大規模シミュレーションを発見段階の最前線に置くことで、ユニリーバは主要な持続可能性重点分野におけるソリューションの提供をより加速させることができます。

「デジタル ツールは、前例のない科学的発見の時代を切り開きつつあります。高度なコンピューティング パワーと AI を使用することで、数十年にわたる研究室での作業を数日に短縮し、これまで想像もできなかったレベルの知見が得られるようになります。この技術的飛躍と、当社独自の膨大なデータリポジトリ、そしてパーソナルケアと家庭用ケアでの 1 世紀にわたる専門知識を組み合わせることで、当社の科学者は次世代の消費財開発で業界をリードできるのです」
— Global Head of R&D Digital and Partnerships at Unilever
アルベルト プラド (Alberto Prado) 氏

Azure Quantum Elements における量子機能の拡張

前例のないイノベーションの入口に立つ中で、マイクロソフトは科学的発見の新時代を切り開く最先端のソリューションを開拓し続けています。マイクロソフトは、スケーラブルな量子コンピューティングの実現と、ハードウェアレベルの安定性を備えたトポロジカル キュービットのエンジニアリング過程でさらなるブレークスルーを達成できるよう、引き続き注力していきます。

今年に入り、当社は Quantinuum と協力して記録上最も信頼性の高い論理量子ビットを実証し、量子コンピューティングの最先端技術をさらに前進させました。また最近では、従来のスーパーコンピュータと AI、そしてマイクロソフトの量子ビット仮想化システムと Quantinuum の H1 ハードウェアによって作られた論理量子ビットを組み合わせ、化学触媒をシミュレーションしました。この組み合わせは、新世代のハイブリッドコンピューティング アプリケーションによって実現する科学的ブレークスルーを解き放つ鍵を握っています。

マイクロソフトは今後数か月以内に、当社のソフトウェアと Quantinuum のハードウェアを利用した高度な論理量子ビット機能を、Azure Quantum Elements のプライベートプレビューとして提供する予定です。論理量子ビットの機能が拡張され、より信頼性の高い結果が得られるようになると、シミュレーションの精度が高まり、科学的な優位性から商業的な優位性へとつながり、最終的には世界で最も差し迫った問題もいくつか解決できるようになるでしょう。

科学的発見を共に加速するにあたって

マイクロソフトは、イノベーション、エンパワーメント、そして信頼を常に重視しつつ、責任を持ってこうしたテクノロジを推進することに尽力しています。だからこそ当社は、責任あるコンピューティングの実践マイクロソフトの AI の原則に取り組んでおり、増大する AI と量子の力に対して安全対策が十分考慮されるよう努めているのです。

本日の発表の詳細につきましては、以下をご覧ください。

出典

※1.「統計とリソース | 2021 年科学レポート (Statistics and resources | 2021 Science Report)」より、2018 年までに 885 万 4 千人のフルタイム相当 (FTE) の研究者が該当します。

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