カーボンネガティブへの道: 1 年が経過した気候戦略の進捗状況

ブラッド スミス (Brad Smith) プレジデント

※ 本ブログは、米国時間 1 月 28 日に公開された “One year later: The path to carbon negative – a progress report on our climate ‘moonshot’” の抄訳を基に掲載しています。

1 年前、マイクロソフトは気候危機に注力した創業来最大の取り組みを開始しました。サティア ナデラ (Satya Nadella)、エイミー フッド (Amy Hood)、そして私が昨年 1 月に発表したのは、マイクロソフトが 2030 年までにカーボンネガティブ企業になるという決意です。つまり、2030 年までに当社は排出するよりも多くの炭素を環境から除去することになります。そして 2050 年までに、マイクロソフトが創業した 1975 年以来直接排出してきた炭素や、電気の使用によって排出した炭素のすべてを環境から除去することも表明しています。

「ムーンショット (壮大な計画)」と表現したその公約を打ち出して 1 年が過ぎようとしています。そこで今回、初期の進捗状況と教訓についてお伝えしたいと思います。また、重要な指標もいくつか発表します。

  • マイクロソフトが初年度に削減した炭素排出量は 6% で、約 73 万トンとなる見込みです。
  • マイクロソフトは、世界中のプロジェクト 26 件より 130 万トン分の炭素除去を購入しました。
  • マイクロソフトの年次持続可能性レポートのデータは、会計事務所 Deloitte による第三者機関審査を受け透明性を確保しています。また、来期より役員報酬の決定要素に持続可能性目標の達成状況を盛り込んで責任説明を果たします。

本日、マイクロソフトは現時点で最も包括的な持続可能性レポートを発表します。レポートには、カーボンネガティブに向けた取り組みだけでなく、ウォーターポジティブおよび廃棄物ゼロに向けた取り組みや、世界の生物多様性改善に向けデータを収集する「Planetary Computer (惑星コンピュータ)」の構築についても書かれています。このブログでは、昨年 1 月からの取り組みの中で特に重要な部分を紹介します。その中で最も重要なのは、取り組みを進める上で学んだ教訓に対する考えをお伝えすることなので、そちらについてもお話ししたいと思います。

炭素排出量の削減

まず、最初の 1 年は自然と今後 10 年の基盤づくりに多くの時間を費やすことになりましたが、同時にマイクロソフトの炭素排出量削減に向け、実際に測定可能な進化も遂げています。初年度は炭素排出量を 1160 万トンから 1090 万トンまで、6% 削減することができました[1]。マイクロソフトは 2030 年までに排出量を半分以上削減することを目指していますが、この削減量を 10 年連続で維持し改善すれば、その目標に到達することになり、目標を超える可能性も出てきます。

昨年の炭素量削減の背景には、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) によって世界的に活動が減少したことも多少影響しています。これは長く続くものではありませんし、進歩の背景としては明らかに他の要素がより重要です。中でも特に重要なのが、社内施設において化石燃料から再生可能エネルギーへの迅速なシフトが必要であることと、サプライヤー側でも炭素排出量を削減する必要がある点です。

調査したところ、取り組みを加速させ進化させるにあたって重要となる 2 つの基本的な変化が浮き彫りになりました。そのひとつは、社内の炭素税を「スコープ 3 での排出」にまで拡張したことです。つまり、マイクロソフトのサプライヤーや、当社の製品を利用するお客様にまで炭素税の枠を広げたのです。マイクロソフトはこれまで何年も、スコープ 1 とスコープ 2 での炭素排出に社内炭素税を適用してきました。これにより、マイクロソフトの各部門では、出張や電気の利用などで直接排出した炭素に対し、(1 トンあたり 15 ドルというレートで) 内部税を支払っていたのです。7 月 1 日の新会計年度開始時には、エイミー フッドが社内炭素税をスコープ 3 にまで広げると発表しました。まずは 1 トンあたり 5 ドルの低率から開始し、毎年増税する予定です。

これにより、すでに全社チームがサプライヤーとその製品から出る排出量に注目するようになりました。私が面白いと思ったのは、Microsoft Power BI を使って Audit Management System を構築したデバイス部門です。同部門はそのシステムによってパフォーマンスを追跡し、継続的にサプライチェーンを改善しようとしています。また Xbox 部門でも、デバイスが「スタンバイモード」時の電力を 15W から 2W 以下に削減する新機能を開発しました。

こうした改善点は、昨年マイクロソフトがサプライヤー行動規範を変更し、温室効果ガス排出量の開示を義務付けたことが長期的に重要であることを示しています。これによって透明性が高まり、サプライヤーと協力してより効果的に排出量を削減できるようになりました。現在ではこのデータを調達プロセスにしっかり組み込んでおり、購買判断時にも利用しています。

環境持続可能性レポートにもあるように、マイクロソフトはこの分野に取り組む中で学び続けていることがひとつあります。それは、基準のハードルを上げるべきだということです。昨年 1 月に述べたように、炭素の数値については真面目に考える必要があります。現在炭素の計算に用いられている方法は曖昧で、かなり自由度が高くなっています。財務諸表に示された進捗状況が、現実の世界でも本当に進捗していると確認できるような明確なルールが必要です。

もうひとつ、進捗状況の中で目立たないものの欠かせないポイントがあります。サプライチェーンの脱炭素化に向けては、契約が重要な役割を果たします。現在のサプライヤー契約には炭素価格が含まれていませんが、これは入れるべき項目です。受け身で購入していてはだめなのです。

1 年間の経験で、ほぼすべての進歩において基盤となるものが明らかになりました。それは、正確な基準と、実際の経済的インセンティブ、そして技術ベースによる効果的な測定、この 3 つの組み合わせです。マイクロソフトでは、この強力な組み合わせによって世界中の進歩を加速させることができると考えています。

環境からの炭素除去

この 1 年でマイクロソフトが実施した最も劇的な行動は、環境から炭素を除去する取り組みです。本日マイクロソフトは、これまでに世界中の 26 のプロジェクトで 15 社のサプライヤーから 130 万トン分の炭素除去を購入したことを発表します。

これは非常に大きな進歩であるとともに、ささやかな一歩でもあります。一方で、これは企業が購入した年間炭素排出量としては最大のものだと考えています。これによって世界が必要とする新しいダイナミックな経済市場が生まれます。しかし、マイクロソフトが 2030 年までに達成すべき目標を考えると、これはほんの初期段階に過ぎません。ムーンショットということで月面着陸に例え、2030 年までに月に行くことが目標だとすると、これは地球の軌道に宇宙飛行士を送り込んだ段階に過ぎないのです。正しい方向に進んではいるものの、先は長いということです。

マイクロソフトは、100 万トンの炭素除去という目標の下、7 月に公表した提案依頼書 (RFP) に基づいてこうした購入を実施しました。反響は非常に大きく、40 ヶ国以上にわたる 79 人の応募者から 189 件のプロジェクトが提案され、中には今年 5500 万トンの炭素を削減するという提案もありました。

マイクロソフトは、第三者の技術・科学専門機関である Carbon Direct および Winrock International と協力し、この提案をすべて審査しました。それぞれの除去提案の耐久性やリスクを明確に把握できるよう努めたのです。具体的には、炭素の除去期間や、プロジェクトを実施しない場合の炭素除去量、炭素を除去し別の場所に移す際の漏出リスクなどを調べました。

このプロセスにより、現在のニーズを満たし、未来の技術に賭けた炭素除去ポートフォリオが作成できました。さらに重要なのは、世界中で共有し、継続的に学ぶことによって得られるさまざまな強みと弱みを評価できたことです。

まず強みについてお話ししましょう。過去 1 年で効果が出た重要な原則から始めます。これには、炭素削減と炭素除去を組み合わせる取り組みも含まれます。この 2 つを組み合わせれば、炭素除去の取り組みがあるため炭素削減の取り組みを回避するといった言い訳はできません。マイクロソフトでは、自社の排出量を削減するとともに、炭素除去にも取り組んできました。

加えて言うと、炭素回避のためにお金をかけるのではなく、炭素除去のためにお金をかけるべきです。この 2 つの違いは何でしょうか。次のように考えてみてください。炭素回避では、自分の代わりに炭素を排出しないようお金を支払い、炭素除去では、自分の代わりに炭素を除去してもらおうとお金を支払うのです。もちろん、炭素危機では追加の炭素を排出する新たな施策を取らないようにしなくてはならないこともあります。しかし、お金を払って炭素を排出しないようにしてもらうということは、文字通り何もしないことに対してお金を払っていることになります。何もしないで気候危機が解決されることはありません。何か行動を起こさなければならず、しかも大きな何かをする必要があるのです。

次に、この取り組みの弱点についてですが、こちらも大きなものとなります。長文のレポート内にもあるように、現在のところ真の炭素除去エコシステムは存在せず、世界は前例のない規模と時間軸で、新たな市場をほぼゼロの状態から構築しなくてはなりません。これは非常に困難なことで、一貫性や官民連携、そして多額の投資が同時に必要となります。

マイクロソフトでは、当社の RFP が、当社そのものを超える大きな何かに貢献してくれるのではないかと考えています。初期の感覚としては、世界はすでにこの新たな市場を構築する準備ができており、構築したいと切望しています。そこでマイクロソフトは、189 件の炭素除去の提案を機密情報以外すべて公開しています。また、他社でも炭素除去への取り組みが加速できるよう、うまくいったこととうまくいかなかったことについての教訓も共有しています。詳細については、マイクロソフトの炭素除去に関するホワイトペーパー (carbon removal white paper) をぜひご覧ください。

初期の取り組みには 2 点目の大きな弱点もあります。現在の市場状況と炭素除去の急務性を鑑み、マイクロソフトが購入している炭素除去ソリューションはほぼすべて短期的な自然ベースのものとなっている点です。中期的なものが混じっているソリューションや、長期的な技術ソリューションに大きく賭けたようなものは、ほんのわずかしかありません。

こ取り組みを月面着陸で例えると、このロケットは私たちを月に連れて行ってくれるものではないということになります。現在利用可能なソリューションよりも大幅に強力な技術ベースのソリューションを世界で発明する必要があるのです。そこでマイクロソフトは昨年、10 億ドルの気候イノベーション基金 (Climate Innovation Fund) を立ち上げ、現在直接空気捕捉をはじめとする新たなテクノロジに投資しています。慈善活動や官民組織を問わず、世界はあらゆる分野からより多くの投資を必要としています。この分野への投資が拡大していることは励みになりますし、欧州連合 (EU) や米国、その他政府の公的なリーダーシップにも勇気づけられてはいますが、今後もさらに多くの取り組みが必要となるでしょう。

透明性と説明責任の推進

当然のことながら、世界的に注目が高まっているのは、透明性と説明責任を果たす機関を置くことで全員に圧力をかける必要があるという点です。この方向性の良い例が EU の包括的なグリーンディールです。この方向に進むにあたり、本日マイクロソフトは 2 つの施策を発表します。

1 点目は、マイクロソフトの持続可能性レポートにて炭素、水、廃棄物、生態系のデータを公開し、透明性を高めることです。同レポートは、独立した第三者機関が審査したものですが、今後のレポートは Deloitte が審査することを発表します。

2 点目は、次期 7 月の会計年度より、役員報酬を決める要素の中に持続可能性目標の達成度が含まれるようになる点です。2016 年より役員報酬の一部を環境、社会、ガバナンスの指標と連動させるようにしており、多様性を高める取り組みから始めてきましたが、今回の施策はこれに続くものとなります。現在から 7 月までに、マイクロソフト取締役会の報酬委員会がこの変更を査定し、検討、承認します。これは、CEO のサティア ナデラをはじめとする当社のシニアリーダーシップチームの報酬にも適用されます。

今後について

先のことを考えると、この課題の困難さと高まる進化の可能性で胸がいっぱいになります。昨年は世界中の多くの企業が持続可能性に向けた新たな取り組みを開始しました。ネットゼロに向けた取り組みで目覚ましい発展を遂げた企業も多く、Starbucks、Maersk、Cemex、Unilever、Amazon、Apple、Google、Stripe などもその一部です。

投資家や株主がこうした変化を求めたり、要求したりするケースも増えています。BlackRock の CEO であるラリー フィンク (Larry Fink) 氏は、「気候リスクが投資リスクであることはわかっています。と同時に、気候変動によって歴史的な投資の機会が生まれているとも考えています」と述べています。つまり、世界では資本主義の力を無視して民間企業に投資し、気候危機に対応しようとしているのです。このことからも、昨年の企業の発表は一過性の波ではなく、未来の波を反映したものである可能性が高いといえます。

炭素に関する地政学的状況も改善しています。パリ気候協定を離脱しなかったマイクロソフトとしては、米国政府が再度協定に参加したことを心強く思います。EU と米国間での大西洋を横断した新しい強力なパートナーシップの可能性も高まっています。EU 本部のブリュッセルと米国首都ワシントン D.C. では、炭素排出量の削減のみならず、環境の公平性や、炭素がネットゼロとなる未来への公正な移行の必要性がますます注目されるようになっており、マイクロソフトもこの原則を自社の活動に取り入れています。

より緊密な大西洋間での協力がほんの始まりにしか過ぎないことは明白です。持続可能性という課題には、他のどんな課題よりも一貫した幅広い多国間での協力が求められますが、さまざまなことで分断されている世界でも、各国政府がまとまって取り組めることが出て来るだろうという希望の光も見えてきました。

最後に、この 1 年間での取り組みで、炭素危機に関しては知識こそが究極の力であることも学びました。私たちには皆、学び続けるべきことが数多くあります。今後 30 年で、半世紀前に人類を月へと送った技術に匹敵するような飛躍的技術進歩が必要となるでしょう。これには新たな投資と協力が必要です。

進化への道には対話も必要です。マイクロソフトも、異なる分野や場所から人を集めたことで数多くのことを学んできました。個人的には、マイクロソフト最大の応援者であり最も思慮深い批評家でもあるビル ゲイツ (Bill Gates) からも多くを学びました。ビルは 2 月に「How to Avoid a Climate Disaster (気候災害を避ける方法)」という著書を出版します。これによって世界での対話はより広がるでしょう。この 1 年はビルから学んだだけでなく、ビルの原稿からも教訓を得ました。

本は単にページに書かれた文字ではないことを、みなさんも感じたことがあると思います。本は対話のプラットフォームです。そして何よりも、この対話は世界が必要としているものなのです。

[1] マイクロソフトの会計年度における炭素の計算方法と、今回の暦年での最新版に違いがあるため、年次レポートに書かれた検証済みの数字はブログで算出したものとは若干異なります。

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