What’s Next for Quantum Computing: 量子コンピューティング分野におけるマイクロソフトの取り組み

日本マイクロソフト株式会社
コーポレートソリューション統括本部 クラウド事業開発本部 ビジネス デベロップメント マネージャー Azure Quantum Ambassador 金光 大樹

私たちが生きる現代社会は、大きな課題をいくつも抱えており、それら 1 つ 1 つを様々な手法やアイデアを使って立ち向かうことは重要です。テクノロジの普及と発展によってこれらの課題解決への選択肢が増えたものの、現在の古典ハードウェア (Classical Hardware) で解決策を見出そうとした場合、世界中のあらゆる機械の計算能力を使ったとしても、宇宙の寿命よりも長い時間がかかるだろう、と言われています。

そのため、量子コンピューティングの可能性に着目している Azure Quantum チームでは、「“Solving for a better future” = より良い未来のための解決策を生み出す量子マシンを構築する」ことをミッションとして掲げています。

Azure Quantum

このミッションを達成するための第一歩であるフェーズ 1 では、研究者や先進的な企業、教育者、ソリューション パートナーなどを含む様々なステークホルダーのエコシステム「Azure Quantum Network」の構築をキーポイントとして、より多くの人々に量子コンピューティング分野に興味を持っていただき、「Microsoft Learn」などのリソースを活用して直接触れてもらうことを促進しています。なお、Azure Quantum Network は申請が必要ですが、2 つの無償クレジットを提供しており、量子コンピューティングに携わる方はどなたでも参加いただくことができます。

さらに今年の 3 月には、20 年以上の研究を経て Azure Quantum チームは世界で初めてマヨラナ・ゼロモードのペアで挟まれた物質のトポロジカル相を誘発できるデバイスを設計し、量子コンピューティングの可能性の発展に大きく貢献しました。これらのトポロジカル量子ビットによる量子マシン構築の実現は、フェーズ 2 に当たります。

フェーズ 2 では、量子ワークロードのクラウド化を進めると共に、パートナー企業のエコシステム多様化を受けて進化を続け、より充実した Azure Quantum を作り上げます。

そして、フェーズ 3 では、ミッションでもある ”Solving for a better future” を実現すべく、スケーラブルな量子マシンを提供し、最適化ソリューションを活用して化学、材料科学における複雑な計算問題の解決、そしてさらには地球上で起こっている様々な難しい問題の解決に役立つように取り組んでいきます。

■ マイクロソフトの独自アプローチと Azure Quantum について

現在、量子コンピュータ分野の中で主流である Noisy Intermediate-Scale Quantum (NISQ) のハードウェアは、不安定で、量子の誤り訂正を行う事ができず、計算途中で発生するノイズの影響を受けてしまうことが弱点として挙げられます。なお、NISQ コンピュータでは、500 個程度の量子ビット (キュービット) を試験的に利用されると言われておりますが、研究には 100,000 個、物質科学や産業への応用には 1,000,000 個以上の量子ビットが必要になると言われています。

そこでマイクロソフトは、量子ビットのハードウェアから極低温制御システム、量子ソフトウェア、さらにフルスタックの大規模量子コンピューティングプラットフォームの構築までの開発に密接にコミットしています。

その一環として、マイクロソフトでは NISQ よりも安定性があり、ノイズの許容範囲が広いトポロジカル量子コンピューティングのスケールを大きく広げる可能性が期待されているマヨラナ粒子のデモンストレーションの成功を受け、これによって計算力をさらに高め、より多くの量子ビットをチップに搭載できるようになると見込んでいます。

マイクロソフトの独自アプローチと Azure Quantum について

さらに、マイクロソフトのクラウド技術を活用した Azure Quantum では、量子コンピューティングと最適化の両方を網羅する、マイクロソフトの量子エコシステム全体を包含しています。
最適化の領域では、Microsoft QIO (Quantum Inspired Optimization) や 1QBit、そして先日発表した東芝 SQBM+ から提供されているソルバーによって実現します。また、IonQQuantinuumRigettiPASQAL などのソリューションパートナー企業と連携し、量子ハードウェアへのアクセスをサポートしています。こうした取り組みを通して、Azure のエコシステムと連携し、既存システムとのシームレスな連携が可能になります。

量子コンピューティングと最適化

■ Azure Quantum の最適化ソリューション: QIO (Quantum Inspired Optimaization)

Azure Quantum の最適化ソリューションを使うことで、量子を用いて古典的なプログラミング言語で作成したプログラムを量子コンピュータのシミュレーションではなく、現在のハードウェア (CPU、GPU、FPGA など) で実行することができます。

Azure Quantum の最適化ソリューション

通常、量子を利用した最適化を図るには、まず問題を表現するコスト関数をバイナリー形式で作成する必要があります。このコスト関数をイジングまたは PUBO 式の 2 種類のバイナリー形式で表現することができますが、本ブログでは PUBO 式を利用して説明します。

PUBO 式では変数が 0 と 1 で表され、通常ランダムに初期化されます。ソルバーの仕事は、可能な限り低コストの解決法を見つけることを目的とし、最初に設定された 0 と 1 を修正することです。

Azure Quantum が提供する最適化ソリューションのプロバイダの 1 つである Microsoft QIO には、さまざまなソルバーが用意されています。それぞれ異なるタイプのアルゴリズムを使用しますが、同じ入力形式が適用できます。

最適化のプロセスは主にシミュレーテッド アニーリング (simulated annealing) と量子アニーリング (quantum annealing) の 2 種類が挙げられます。

Azure Quantum の最適化ソリューション

上図から見えるように、シミュレーテッド アニーリングでは、1 つの解決法から次のものへ熱ジャンプを使って探索します。そのため、コストバリアのピーク値が高くなればなるほど探索が難しくなります。

一方、量子アニーリングでは、「量子 トンネリング」と呼ばれる量子効果を利用し、直線的に探索します。これにより、コストバリアのピーク値が高くなったとしても、シミュレーテッド アニーリングよりも処理キャパシティが高くなります。ただし、量子アニーリングはコストバリアのピーク値の範囲が狭い場合の関数のみに適していると言われています。

コスト関数とアルゴリズムの作成にあたってはいずれも専門的な知識や感覚的なニュアンスが必要になり、初心者には難易度が高いため、より多くの人々に量子コンピューティングを体験してもらうにはデータの変換を代理で担う、ミドルウェア提供サービスの開発の重要性が高まります。

■ Azure Quantum 使用事例: NASA-JPL

NASA の Jet Propulsion Laboratory (JPL) では、宇宙ミッションからの DSN アンテナ使用要求のスケジュールの制約条件が多く、多大な計算資源を必要とします。

そこで、Azure Quantum チームは、太陽系およびその外部を探査する宇宙船と効率的に通信する方法を探るためのソリューションを開発しました。

その結果、プロジェクト開始前までは 2 時間以上を要していたスケジュール作成が、16 分までに短縮され、さらにカスタムソリューションを用いた場合では約 2 分にまで短縮することができました。

今後の大きな発展に伴い、私たちの生活のあらゆる面に変化をもたらすことであろう量子コンピューティング技術は、将来的に自動車や宇宙航空、政府の都市計画や災害対策、ヘルスケア、金融業界、製造、エネルギー分野などへの応用が期待されています。マイクロソフトは量子コンピューティングの時代のニーズに応えるべく、引き続き取り組みを進めていきます。

■ Azure Quantum Network と Microsoft for Startups Founders Hub との連携

前述にも触れた Azure Quantum Network と並行してスタートアップ企業への支援プログラムとして Microsoft for Startups Founders Hub プログラムにもご参加いただくことが可能です。現在は主に Jij と QunaSys が参加しており、ソフトウェア開発やシミュレーション用の古典コンピューティングを無償で提供し、環境、技術および事業の支援を行っています。

Azure Quantum 使用事例

Microsoft for Startups Founders Hub プログラムに参加した企業は Azure を最大 4 年間で $150,000 無償で利用できます。また、Azure Quantum を勉強したい方に向けた無償のラーニング コンテンツも提供しています。マイクロソフト製品についての対話式学習などを提供する無料のオンライン トレーニング プラットフォームである Microsoft Learn も、その 1 つです。

■ Jij および QunaSys の取り組み

株式会社 Jij (ジェイアイジェイ) は、2018 年末に科学技術振興機構の基礎科学を社会実装に結びつけるためのプロジェクト「START」の成果として設立され、2020 年よりマイクロソフトの量子スタートアップネットワークである「Microsoft Quantum Network Startups」に参加しています。量子技術を用いた物理最適化のコンサルティングサービスや、量子技術を用いた最適化計算を円滑に行うためのクラウドサービスである JijZept (ジェイアイジェイゼプト) の提供を行っています。

JijZept では、量子イジングマシンを使うためのミドルウェア機能を提供しており、専門家ではない開発者でも新しい計算機技術を使うことができます。特に JijZept のプロセスの 1 つである Python クライアントでは、複雑な量子の数式を見覚えのある開発言語や、簡単に使えるハードウェア、またはアルゴリズムに変換することが可能です。

株式会社 QuanSys (キュナシス) は、2018 年初めに設立され、同じく 2020 年よりマイクロソフトの量子スタートアップネットワークである「Microsoft Quantum Network Startups」に参加しています。量子コンピューティングのアルゴリズムの研究開発から、実用レベルのエンジニアリングまで、一貫して取り組まれており、彼らが提供している量子化学計算クラウド Qamuy™ (カムイ) は、豊富な量子化学計算ライブラリを備え、量子化学計算のインプットを量子回路に翻訳し、シミュレータや実機上での計算をシームレスに行うことができます。直近では、Azure Quantum を使った以下の事例についても公開しました。

Microsoft Customer Story-ENEOS leads the way to sustainable hydrogen fuel by validating computing algorithms using Azure Quantum

本事例は、分子の振動数解析を行うために開発した量子アルゴリズムを、Quantinuum 量子コンピュータの実機上で実証したものです。振動数解析は、化学物質解析における重要な手法の一つであり、特にエネルギー分野では、石油精製や水素製造プロセスにおける触媒反応解析などにおいて、振動数解析が重要な位置づけを占めています。一方で、振動数解析は古典コンピュータでは難しく、産業応用が進んでいないという課題がありました。量子コンピュータのパワフルな計算能力によって、その応用開拓が進むことが期待されています。

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