宇宙での「クラウドバースト」が火星をより近くにし、地球上の生活を向上
スザンナ レイ (Susanna Ray)
※本ブログは、米国時間 8 月 18 日に公開された “Cloud ‘data bursts’ from space move astronauts closer to Mars — and improve life on Earth” の抄訳を基に掲載しています。
ニール アームストロング (Neil Armstrong) とバズ オルドリン (Buzz Aldrin) が歴史的な月面歩行をしている間、単独で月を周回していたアポロ 11 号の司令船の窓からマイケル コリンズ (Michael Collins) が見たものは国境の無い青と白の惑星でした。彼は、政治家もこのように地球全体をひとつの世界として見て、互いに協力することを学べば、人類にはより良い未来が訪れると考えました。
しかし、今では有名になったこの言葉も、司令船と地上管制との接続帯域が非常に限られていたことから、彼が地球に戻ってくるまでは伝えられませんでした。
このような状況を変えるために、企業のソフトウェアエンジニアや研究者が新たなパートナーシップを結び、通信能力を強化することで、宇宙飛行士をさらに遠い宇宙へと送り出し、地球上の人々の生活を向上させるための実験を可能にしようとしています。これは、小さな電子レンジほどの大きさのスーパーコンピューターを宇宙からクラウドに接続するという新たなプラットフォームに基づく取り組みです。
「私は毎晩のニュースで宇宙を見て育ちました。新たなテクノロジを駆使した、新たな宇宙開発競争が再び始まったのです。」と、International Space Station U.S. National Laboratory のプログラムパートナーシップ担当副社長クリスティン クレッツ (Christine Kretz) 氏は言います。再利用可能な新型ロケットの登場により、宇宙開発はより低コストになり、より多くのプレイヤーが参入可能になったと彼女は言います。「新しい宇宙では、対立や分断は過去のものになりつつあります。」
クレッツ氏の組織は、NASA から、米国議会を通じて、国際宇宙ステーション (ISS) 内の米国国立研究所の管理を委託されています。彼女の仕事は、大学、新興企業、大手テクノロジ企業など、「地球を一周する浮遊研究所となったこの宇宙ステーションのために、テクノロジを最大限に活用してくれるグループ」を探し出すことです。
重力という要素を排除することで、内燃機関、空気浄化システム、癌治療などの研究に大きな変化がもたらされました。国際宇宙ステーションでは、人類が滞在した 21 年の間に、100 カ国以上から集まった 4,000 人以上の研究者による 3,000 件以上の実験が行われてきました。
さらに何百ものアイデアがある中、科学者が実験を行い、その結果にアクセスするためには、堅牢なインフラと接続性が必要です。これが、HPE (Hewlett Packard Enterprise) とマイクロソフトの新たなパートナーシップが、エッジコンピューティングと Azure クラウドによって目指す目標です。
これまで、宇宙ステーションから収集された研究データは、限定的な接続帯域の優先順位の拮抗により、少量ずつしか転送できませんでした。収集プロセスに必要な調整を加えたり、重力の影響を受けない場所で発生し得る予期せぬ事態に対応したりするためには、研究者がデータを手に入れた時ではすでに遅過ぎることがありました。
また、このような接続帯域の制約により、重要な判断を宇宙飛行士に伝えるのが遅くなります。情報が地上管制室に届き、分析されて、必要な洞察が返信されるのを宇宙飛行士が待たなければならないこともよくあります。
これは、地上 250 マイルの高さを周回する宇宙ステーションでもきわめて困難ですが、月への距離はその約 1,000 倍です。そして、火星は、最も遠い公転位置では、その 100 万倍の距離にあります。ゆえに、宇宙への進出を進めるためには、より強力なコンピューティングパワーを宇宙飛行士の手元に置き、情報共有の経路を改善することが必要になります。
すでに、HPE は NASA 向けに、宇宙ミッションの計画に必要な高負荷の計算のためのスーパーコンピューターを設計していました。そこで、同社は、スーパーコンピューターを構成する何百台ものハイパフォーマンスコンピューティングサーバーのうちの 1 台をロケットに搭載し、打ち上げ時の揺れや振動に耐えられるか、訓練を受けていない人が設置できるか、宇宙線がコンピューターの 1 と 0 を入れ替えたり、システムを誤作動させたりする可能性がある中でサーバーが正しく機能するかをテストしました。
テストは成功しました。
そして、2 月には、ISS に次のバージョンのスーパーコンピューター Spaceborne Computer-2 が送られました。ここでは、最初のバージョンで実証されたアプローチを元に、過酷な環境に耐えて、人工知能やデータ分析の処理を行えるよう設計された、より高度なシステムを搭載していると、HPE の主任研究員マーク フェルナンデス (Mark Fernandez) 氏は言います。
Spaceborne Computer-2 は、エッジコンピューティングと呼ばれる手法により、データの収集元、すなわち宇宙空間での分析作業を行うのに十分な性能があります。これは、あたかも、手が脳に情報を送り分析と反応を待ってから熱いストーブから手を引いていたのが、指先の温度を分析してすぐに熱から手を引くことができる能力を突然に身につけたようなものです。
宇宙ステーションには何百もの計器があり、その中には、常にデータを収集しているものもあれば、頻繁に画像を転送しなければならないものもあります。送信するデータ量を削減することで、より多くの科学的実験が可能になります。
それでも、より長時間を要する計算はデータを地球に送る必要があります。
たとえば、長期の宇宙ミッションに参加する宇宙飛行士の健康管理に関する実験があります。長期間の宇宙滞在による人体への影響は完全には解明されていないため、経時的変化を頻繁に確認できるテクノロジはきわめて重要です。
この実験では、宇宙船内で通常よりも多い放射線を浴びるリスクがある宇宙飛行士が、自分の健康状態を常に把握できるかをテストします。火星などの惑星へのミッションでは治療のための帰還には 7 カ月を要するため、このリスクはさらに高くなります。実験に参加した宇宙飛行士は、異常が無いかの分析のために自分のゲノムデータを転送します。その後、ゲノムデータは米国国立衛生研究所のデータベースと比較され、新たな変異があるかが調査されます。変異が良性のものであればミッションを続行できますが、癌につながる可能性が高いものであれば、地球に帰還してすぐに治療を受ける必要が生じることになります。これは、世界中の僻地でも注目されている遠隔医療の究極形とも言えます。
しかし、約 60 億文字から成るヒトゲノムの分析には 約 200 ギガバイトの生データが必要です。地球にデータを転送するために Spaceborne Computer-2 に割り当てられている通信は週あたり 2 時間分しか無く、最大速度も毎秒 250 キロバイトに過ぎません。これは、週あたり 2 ギガバイトにも満たず、Netflix の映画をダウンロードするにも足りない量です。つまり、たった 1 つのゲノムデータを送信するだけでも 2 年を要することになります。
「これはあたかも 1990 年代のダイアルアップモデムの時代に戻ったようなものです」とマイクロソフト Azure Space 部門の主任ソフトウェアエンジニアリングマネージャー、デビッド ワインスタイン (David Weinstein) は述べます。Azure Space は、昨年、すでに宇宙分野に参入している企業をサポートするために設立され、さらに、クラウドを他社の衛星プラットフォームと統合することで新規参加者を誘致しています。
ワインスタインのチームは、現在多くの企業が行っている、自社のコンピューターシステム内の計算容量が足りなくなった時に、一時的にクラウドに「バースト」させる方法を応用し、同じパターンで宇宙からクラウドにバーストさせるというアイデアを考案しました。実験中に、宇宙ステーション上のコンピューターの空き容量がなくなると、自動的に Azure コンピューターの巨大なネットワークに接続し、宇宙と地球をつないでクラウド上で問題を解決します。
Spaceborne Computer-2 は、エンジニアが書いたコードに従って、宇宙ステーション上のデータを精査します。追加の調査が必要な事象や異常 (ゲノム実験の場合は、突然変異など) を発見した場合には、何十億バイトものデータ全体を送信するのではなく、必要なデータだけを地球上の Azure に転送することができます。そこから、世界の様々な場所にいる科学者が、165,000 マイルの光ファイバーケーブルで結ばれた世界 65 リージョンの Azure データセンターで並行稼働する数百万台のコンピューターにアクセスし、分析や意思決定のアルゴリズムを実行できます。
フェルナンデスは、ある研究者から「宇宙ステーションからデータを入手するのに何カ月もかかる」という不満を聞いたことを覚えています。彼が協力を申し出たところ、Spaceborne Computer はデータを 6 分で処理し、2 万分の 1 のサイズに圧縮したファイルをダウンロードしてくれました。
「月単位から分単位にできました。これにより斬新なアイデアが生まれます。」とフェルナンデスは述べます。
米国議会は国際宇宙ステーションの予算を 2024 年までしか認めていないため、スピードはさらに重要になっています。
「残された時間の中で、できる限りのことをしなければなりません」とクレッツ氏は言います。
これまでに HPE は 4 件の初期実験を完了しており、その中には “hello world” メッセージの送信に成功したマイクロソフトのクラウドへのデータ転送も含まれています。加えて、4 件の実験が進行中であり、29 件の実験が待ち状態になっているとフェルナンデスは言います。実験の中には、ゲノム実験や宇宙飛行士の超音波や X 線検査の送信など、医療に関わるものもあります。他にも、長期ミッションのために船内で栽培された作物を分析して、奇妙な形をしたジャガイモが、重力が無いために変形しているだけなのか (これは、生物学の分野ではかつて無かった要素です)、それとも、病気に感染していて処分する必要があるのかを判断するなど、ライフサイエンスの分野のものもあります。また、宇宙旅行や衛星間通信をテーマにした実験もあります。
ブロードバンドインターネット、ガソリンスタンドでのクレジットカード支払いを可能にする時刻情報やナビゲーションを提供する衛星の GPS 信号など、宇宙における活動や探査が地球上の日常生活に大きな影響を与えています。また、小型化と高性能化が進みつつも、軽量化と完全な自己完結性が求められる宇宙ステーションの制約は、エンジニアや開発者に設計条件の見直しを迫っています。
米国国防総省の宇宙政策担当副次官を経て、昨年マイクロソフトに入社し、Azure Space の責任者になったスティーブ キタイ (Steve Kitay) は、「地上で様々な用途に使える応用科学のブレークスルーにつながるイノベーションが推進されています。また、SpaceX などの企業が、新しいロケット (その一部は再利用可能です) を導入し、打ち上げコストを大幅に削減したことで、その影響はさらに大きくなっています」と述べています。
「今、宇宙は大きな変革期を迎えています。過去においては、宇宙システムの構築と打ち上げには膨大なコストがかかるため、国家や政府が支配的でした。しかし現在では、宇宙の商業化が急速に進んでおり、より多くの人々に新たなチャンスが広がっています」とキタイは述べます。
Azure Space シニアソフトウェアエンジニアのグレン ムーサ (Glenn Musa) は、「コードを公開してプログラマーが自由に開発・カスタマイズできるオープンソース・ソフトウェアの活用により、宇宙ステーションで実行可能なプログラムの構築が容易になった」と述べています。そして、Spaceborne Computer-2 は Azure への接続機能を備え、地上のコンピューターと同じ既製ツールや言語を使用しているため、開発者は「特別な宇宙工学者やロケット科学者でなくても、高校生レベルのコンピューターサイエンススキルで ISS 向けのアプリを構築できるようになった」と言います。
現在、宇宙開発に携わっている人々は「前世紀の宇宙開発競争には遅すぎ、私たちのロケットで宇宙に飛び出すには早すぎた時に生まれています」とムーサは言います。「しかし、宇宙にある機器と地球上のコンピューターを接続できれば、大きな実験場ができ、私たちは宇宙での実験や未来の新テクノロジの開発に参加できるようになります。」
「かつては不可能なことでしたが、今や可能性は無限です。」
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