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マイクロソフトの Majorana 1 チップが量子コンピューティングの新たな道を切り拓く

マイクロソフトの Majorana 1 チップが量子コンピューティングの新たな道を切り拓く

キャサリン ボーガー (Catherine Bolgar)

※本ブログは、米国時間 2月 19 日に公開された “Microsoft’s Majorana 1 chip carves new path for quantum computing – Source” の抄訳を基に掲載しています。

マイクロソフトは本日、新たなトポロジカル コア アーキテクチャを搭載した世界初の量子チップ「Majorana 1」を発表しました。この技術により、数十年かかるような産業規模の重要な問題を、数年以内に解決することができる量子コンピューターの実現が期待されています。

このチップは、世界初のトポコンダクター (トポロジカル超伝導体) を活用しています。これは、マヨラナ粒子を観測、制御し、量子コンピューターの基盤となる量子ビット (キュービット) をより高い信頼性でスケーラブルに生成できる画期的な材料です。

今日のスマートフォンやコンピューター、電子機器が半導体の発明によって可能になったのと同様に、トポコンダクターとトポコンダクターを活用した新しいチップは、100 万キュービット規模の量子システムを開発する道を拓き、最も複雑な産業や社会の課題に対応できる可能性を持っているとマイクロソフトは語ります。

マイクロソフトのテクニカル フェローであるチェタン ナヤック (Chetan Nayak) は「私たちは一歩引いて考えました。“量子時代のトランジスタを発明しよう。どのような特性が必要か?” こうした問いから開発が始まったのです」と語ります。「そして、私たちはここに到達できたのは、新しい材料スタックにおける特定の組み合わせ、品質、そして重要な細部こそが、新たな種類のキュービットを生成し、最終的には全く新しいアーキテクチャを可能にしたからです。」

Majorana 1 ジョン ブレッチャー (John Brecher) が撮影
Majorana 1 ジョン ブレッチャー (John Brecher) が撮影

マイクロソフトによると、この新たな Majorana 1 プロセッサに採用されたアーキテクチャは、手のひらサイズに収まるチップに 100 万キュービットを搭載できる明確な道筋を示しています。これは、量子コンピューターが現実世界に大きな変革をもたらすために越えなければならない基準です。その変革とは例えば、マイクロプラスチックを無害な副産物に分解したり、建設、製造、医療分野における自己修復材料を発明したりすることなどです。世界中の今あるすべてのコンピューターを同時に稼働させたとしても、100 万キュービットの量子コンピューターの計算能力には及びません。

ナヤックは「量子コンピューターの分野で何をするにしても、100 万キュービットへの道筋が必要です。もしそうでなければ、重要な問題解決のスケール化前に壁にぶつかることになります。今回、私たちはその 100 万キュービットへの道筋を実現化させたのです。」と述べています。

トポコンダクター (トポロジカル超伝導体) は、固体、液体、気体のいずれでもない、新たな物質状態であるトポロジカル状態を生み出すことができる特別な種類の材料です。この特性を利用することで、現在の代替手段では必要となるトレードオフを回避し、高速かつ小型でデジタル制御が可能な、より安定したキュービットを生成することができます。2025 年 2 月 19 日に Nature 誌に掲載された新しい論文では、マイクロソフトの研究者がトポロジカルキュービットの特異な量子特性を生成し、それを正確に測定することに成功した方法が示されています。これは、実用的な量子コンピューティングに向けた重要なステップです。

マイクロソフト テクニカルフェロー チェタン ナヤック (Chetan Nayak)。 ジョン ブレッチャー (John Brecher) 撮影。
マイクロソフト テクニカルフェロー チェタン ナヤック (Chetan Nayak)。ジョン ブレッチャー (John Brecher) 撮影。

このブレークスルーは、インジウムヒ素とアルミニウムで構成された全く新しい材料スタックの開発が必要でした。この材料の大部分はマイクロソフトが原子レベルで設計、製造したものです。その目的は、マヨナラ粒子と呼ばれる新たな量子粒子を生み出し、その特性を活用することで、量子コンピューティングの次なるステージへ到達することでした。

Majorana 1 に搭載された世界初のトポロジカルコアは、設計段階から高い信頼性を備えており、ハードウェアレベルで誤り耐性を組み込むことで、より安定した動作を実現しています。

商業的に重要なアプリケーションでは、100 万キュービット上での数兆回の演算が求められます。しかし、従来のアナログ制御に依存しない新たな手法が必要でした。マイクロソフトのチームが開発した新しい測定手法により、キュービットをデジタル制御できるようになり、量子コンピューティングの仕組みが再定義され、大幅に簡素化されました。

今回の進歩は、マイクロソフトが数十年前にトポロジカルキュービットの開発を選択した決断の正しさを裏付けるものであり、ハイリスク、ハイリターンの科学的および工学的挑戦が、今まさに成果を上げつつあるということを示しています。現在マイクロソフトは、8 つのトポロジカルキュービットを 1 つのチップに実装し、100 万キュービット規模へのスケーラビリティに備えてます。

マイクロソフト テクニカルフェロー マティアス トロイヤー (Matthias Troyer) 。ジョン ブレッチャー (John Brecher)撮影。
マイクロソフト テクニカルフェロー マティアス トロイヤー (Matthias Troyer)。ジョン ブレッチャー (John Brecher) 撮影。

マイクロソフトのテクニカルフェローであるマティアス トロイヤー (Matthias Troyer) は、「当初から、単なるソート リーダーシップではなく、商業的なインパクトをもたらす量子コンピューターを作りたいと考えていました。新しいキュービットが必要であることは分かっていましたし、規模を大きくしなければならないことも理解していました。」と述べています。

このマイクロソフトのアプローチに米国国防高等研究計画局 (DARPA) が注目しました。同局は、米国の国家安全保障にとって重要な先進技術に投資する連邦機関であり、革新的な量子コンピューティング技術が従来の予想よりも早く商業的に有用な量子システムを構築できるかどうかを評価するための厳格なプログラムにマイクロソフトを参加させました。

現在、マイクロソフトは、DARPA の「Utility-Scale Quantum Computing (US2QC)」プログラムの最終フェーズに進むよう招待された 2 社のうちの 1 社となっています。このプログラムは、DARPA の「量子ベンチマーキング イニシアチブ 」の一環として実施されており、業界初の実用規模の誤り耐性量子コンピューター、もしくは計算能力がそのコストを上回る量子コンピューターの実現を目指しています。

「ただ答えを出す」

マイクロソフトは独自の量子ハードウェアを開発するだけでなく、Quantinuum や  Atom Computing と提携し、現在のキュービットにおける科学的および工学的なブレークスルーを達成しています。昨年には、業界初の信頼性の高い量子コンピューターを発表しました。

このようなマシンは、量子コンピューティングのスキル開発や、ハイブリッドアプリケーションの構築、新たな発見の促進において重要な機会を提供します。特に、AI と信頼性の高い多くのキュービットを備えた量子システムが組み合わされることで、その可能性はさらに広がります。現在 Azure Quantum は、Azure 上の先進的な AI、ハイ パフォーマンス コンピューティング (HPC)、量子プラットフォームを活用した統合型のソリューション スイートを提供し、お客様が Azure 上で、科学的な発見を促進できる環境を整えています。

しかし、量子コンピューティングにおける次のステージに到達するためには、100 万キュービット以上の規模の量子アーキテクチャと、それによって数兆回もの高速かつ信頼性の高い運用が可能なシステムが必要です。今回の発表により、このステージが「数十年後」ではなく「数年以内」に実現可能であることが示された、とマイクロソフトは述べています。

量子コンピューターは、量子力学を用いて自然界がどのように動いているのか、例えば、化学反応、分子間相互作用、酵素のエネルギーといった現象がどう起こっているのかを、数学的に極めて正確に把握することができます。100 万キュービット級の量子コンピューターがあれば、今日使用されている従来のコンピューターでは正確に計算できない化学、材料科学、その他の産業分野の問題を解決できる可能性があります。

具体的な応用例:

  • 腐食やひび割れがなぜ発生するのかという化学的な難問を解決する一助になり、橋や航空機部品のひび割れ、スマートフォンの画面の割れ、車のドアの傷などを自己修復できる材料の開発に活用できる可能性があります。
  • プラスチックにはさまざまな種類が存在するため、すべてのプラスチックを一律に分解できる触媒を見つけるのは現時点で難しく、マイクロプラスチックの除去や炭素汚染対策において重要な課題です。量子コンピューターを使用することで、最適な触媒の特性を計算し、有害な物質を価値ある副産物に変える手法の開発、あるいは、そもそも無害な代替材料の開発が可能になります。
  • 酵素は生体触媒の一種であり、量子コンピューターによってその働きを正確に計算することで、医療や農業分野でより効果的に利用できるようになる可能性があります。例えば土壌の肥沃度を高めて作物の収穫量を増やしたり、過酷な環境でも持続的に食糧を生産する手法の確立により、世界規模の飢餓を根絶するためのブレークスルーが期待されます。

何よりも、量子コンピューティングは、エンジニア、科学者、企業などが最初から物を正しく設計することを可能にし、医療から製品開発に至るまで、あらゆる分野において変革をもたします。AI と量子コンピューティングの力を組み合わせることで、どのような素材や分子をつくりたいと簡単な言語で表現するだけで、推論から始めたり、何年も試行錯誤する必要なしに、最適な回答が提供されるようになります。

トロイヤーは「どんな企業も、最初から完璧な製品設計ができるようになります。量子コンピューターが AI に自然界の言語を教えることで、AI はあなたが作りたいもののレシピを教えてくれるようになるのです」と述べています。

スケール化された量子コンピューティングを再考する

量子の世界は、私たちに見えている世界を律する物理法則とは異なる、量子力学の法則に従います。これらの粒子はキュービットと呼ばれ、これは従来のコンピューターが使用する 0 と 1 のビットに相当します。

キュービットは非常にデリケートであり、周囲の環境による摂動や誤差の影響を受けやすく、それによって情報が失われる可能性があります。また、計算のために不可欠な測定が、キュービットの状態に影響を与えるという課題もあります。測定や制御が可能でありながら、環境からもたらされるノイズによる破壊から保護されるキュービットを開発することが、量子コンピューティングの本質的な課題でした。

キュービットの作り方には多くの方法があり、それぞれに利点と欠点があります。マイクロソフトは約 20 年前、トポロジカルキュービットを開発するという独自のアプローチに着手しました。この方式は、エラー訂正の必要性を減らし、より安定したキュービットを実現でき、処理速度、サイズ、制御性の面で優れていると考えられたためです。このアプローチは、未知の科学的、工学的革新を必要とする大きな挑戦でしたが、商業的な価値を実現するためのスケール化と制御が可能なキュービットを作り出す最も有望な方法でした。

最大の課題は、マイクロソフトが利用を目指したマヨラナ粒子と呼ばれる特殊な粒子はこれまで一度も確測も生成もされたことがなかった、ということです。マヨラナ粒子は自然界には存在せず、磁場と超伝導材料を用いて人工的に作り出されなければなりません。マヨラナ粒子を生成し適切なトポロジカル状態を確立するために最適な材料を開発することは困難であり、そのため量子研究の多くは他のキュービット技術に焦点を当ててきました。

しかし前述の Nature 誌に発表された論文で、マイクロソフトが実際に量子情報をランダムな干渉から保護するマヨラナ粒子を生成しただけでなく、この量子情報をマイクロ波を使用して正確に測定できることが検証されました。

マヨラナ粒子は、量子情報を隠し持つことで安定性を向上させますが、その一方で、測定が非常に難しくなります。しかし、マイクロソフトのチームの測定法は非常に正確で、超伝導ワイヤの電子数の違いも10億個と10億1個のわずかな違いも検出できます。この手法により、キュービットの状態を正確に識別でき、量子コンピューティングの基盤を構築することが可能になりました。

マイクロソフトの測定法は、キュービットの測定を電圧パルスでオン、オフできるため、従来のアナログ制御のように各キュービット毎に微調整する必要がありません。このシンプルなデジタル制御により、量子コンピューティングのプロセス全体と大規模システムの構築のための物理的制約を簡素化します。

マイクロソフトのトポロジカルキュービットは、サイズにおいても他のキュービットに勝る利点があります。「キュービットのような小さなものでも、ちょうどよいサイズというものがあります。小さすぎるキュービットでは制御ラインを設定するのが困難になり、大きすぎるキュービットではマシンが巨大化してしまうのです」とトロイヤーは説明します。キュービットに個別の制御技術を追加する方式では、コンピューターのサイズが飛行機の格納庫やサッカースタジアムほどの大きさになり、非実用的になってしまいます。

キュービットとそれを囲む制御回路の両方を単一のチップに搭載したマイクロソフトの量子チップ Majorana 1 は、手のひらに収まるサイズで、Azure データセンター内に導入できる量子コンピューターにきちんと収まることができます。

「新しい物質の状態を発見することと、それを活用して量子コンピューティングのスケール化を再考することは、まったく別の課題です」と、ナヤックは述べています。

原子レベルで量子材料を設計する

マイクロソフトのトポロジカルキュービット アーキテクチャでは、アルミニウムナノワイヤがH字型に組み合わされて構成されています。各H構造には 4つの制御可能なマヨラナ粒子が存在し、1つのキュービットが形成されています。このH構造は繋がってチップ全体にタイルのように配置できます。

「開発には新しい物質の状態を証明することが必要だったことは複雑でしたが、そのあとはシンプルでした。タイルのように展開可能なのです。シンプルな構造は大規模化への道を大幅に加速します」と、マイクロソフトのテクニカルフェローのクリスタ スヴォア (Krysta Svore) は語ります。

マイクロソフト テクニカルフェロー クリスタ スヴォア (Krysta Svore) 。 ジョン ブレッチャー (John Brecher) がマイクロソフト用に撮影。
マイクロソフト テクニカルフェロー クリスタ スヴォア (Krysta Svore)。ジョン ブレッチャー (John Brecher) がマイクロソフト用に撮影。

量子チップは単体では動作しません。制御ロジック、キュービットを宇宙空間よりもはるかに低い温度に保つ希釈冷凍機、AI や従来型コンピューターと統合するソフトウェアスタックなどが組み合わさったエコシステムの一部として存在します。これらはすべて、マイクロソフトが独自に保有、設計、開発しています。

もちろん、こうしたプロセスの改良を続け、すべての要素をさらに加速化したスケールで統合するには、まだ数年のエンジニアリングが必要です。しかし、多くの科学的、工学的な難題はすでに克服されている、とマイクロソフトは述べています。

特に、トポロジカル状態を作り出すための材料スタックの最適化が最も難しい課題の一つだった、とスヴォアは語ります。マイクロソフトのトポコンダクターは従来のシリコンではなく、赤外線検出器などにも使われている特殊な性質を持つインジウムヒ素をベースにしています。さらに、極低温で半導体を超伝導と組み合わせることで、ハイブリッド材料を作りました。

「私たちは原子ごと一つずつスプレーしています。これらの材料が完璧に整列していなければなりません。もし材料スタックに欠陥が多すぎると、キュービットが機能しなくなるのです」とスヴォアは述べます。

「皮肉にも、これも量子コンピューターが必要とされる理由なのです。これらの材料の性質を完全に理解するのは極めて困難です。しかし、スケール化した量子コンピューターがあれば、次世代の超スケール化量子コンピューターのためのさらに優れた材料を予測し、開発することが可能になるのです」とスヴォアは語っています。

関連リンク

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トップ画像: Microsoft が開発した革新的な新種の材料をベースにしたトポロジカル コアを搭載した世界初の量子チップ「Majorana 1」写真: ジョン ブレッチャー (John Brecher) が撮影。

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