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Q&A: ピーター リー、COVID-19 パンデミック、社会的レジリエンス、危機対応科学について語る

リー カラー (Leah Culler)

※本ブログは、米国時間 2021 年 5 月 20 日に公開された ”Q&A: Peter Lee on the COVID-19 pandemic, societal resilience and crisis-response science” の抄訳を元にしています。

COVID-19 パンデミックは社会のあらゆる側面を変えてしまいました。それと同時に、緊急の対応策のためのコラボレーション、イノベーション、クリエイティビティの必要性に拍車がかかっています。マイクロソフトは、このパンデミックから生まれた研究プロジェクト、テクノロジ、アイデア、そして、それらを実現した人々に焦点を当てた Resilience シリーズを開始します。このパンデミックのリサーチコミュニティへの影響を知るために、Microsoft Research and Incubations 担当コーポレートバイスプレジデントであるピーター リー (Peter Lee) に話を聞きました。ここでは、その対話の一部をご紹介します。新たな研究分野である社会的レジリエンスについての詳細情報は、Microsoft Research ブログをご参照ください。

まず、全体的な質問から始めます。この 1 年強の間に、Microsoft Research と科学研究コミュニティにはどのような変化がありましたか?

ひとつには、パンデミックが始まると、研究者たちはそれまでやっていたことを中断し、緊急性の高い課題に取り組み始めたということがあります。世界の科学技術面のニーズに応えるために、物事を一旦脇に置いて対応策を練る必要があることを突然に認識させられました。マイクロソフトでは直ちにハッカソンが開始されました。これは、COVID-19 対応に限定した特別なハッカソンであり、社内の 1,100 人以上の人々が自分の仕事を後回しにして対応しました。個人的には、当部門の同僚たちが、強い関心を持ち直接的に貢献してくれたことに心を動かされました。

去年の夏時点では、これはおそらく夏限りのプロジェクトだと思っていたのですが、8 月が過ぎ、今になってもこれらの作業を続けています。そして、今やすべての主要な組織が社会的レジリエンスについて考えており、私は、Microsoft Research がそれにどう対応すべきかを考えています。

マイクロソフト、そして、より広い研究者コミュニティの間では、パンデミック前にあったアイデア、テクノロジ、科学の多くが大きな圧力を受けているという考えが生まれています。たとえば、メッセンジャー RNA をワクチンの基盤プラットフォームとして利用するというアイデアは数 10 年前までは理論的概念に過ぎませんでした。そして、多くの偉大な研究機関の科学者たちは、原理的にはうまくいくはずだと考え、科学技術開発を通常のように進めていました。しかし、パンデミックにより、これは本物なのか偽物なのかという問いが突然に突き付けられました。研究成果には成功したものも、そうでないものもありました。しかし、成功しなかったことから学ぶことも成功と同じくらい重要です。

うまくいかなかった点はどのようなものでしょうか?

データとデータから得られる知識というテーマについて言えば、本当にシンプルな質問なのに、どうしても答えられないものがありました。たとえば、COVID-19 の患者を治療するための世界中の各病院や診療所のキャパシティはどのくらいで、今後数週間でそのキャパシティの何パーセントを使い切るのかといった質問です。パンデミックが発生してから最初の 4 から 5 カ月間は、あらゆるデジタルデータや分析を駆使しても、この基本的な質問に答えることができませんでした。

そこで、起こった大きなことの一つに、こうしたギャップを埋めるいくらかの予測能力を備えた新しいタイプのモデルやダッシュボードを構築することに、マイクロソフトや他の研究機関が取り組みました。コンピュータサイエンスでは、未来を予測することが何よりも重要です。また、様々な介入措置の影響を予測したいとも考えています。すべてのバーに午後 8 時閉店の制限を課したらどうなるか、大規模なスポーツイベントを禁止したらどうなるかといったことです。

それから、アイデアを現実のエビデンスに基づいてテストするという課題もあります。患者の新しい治療方法や病気の診断方法など、医学分野の研究を行う場合の標準的方法は無作為化比較試験です。コンピュータサイエンティストが交絡因子と呼ぶものをコントロールする科学実験を行うことになります。単なる統計的な相関関係ではなく、原因と結果を導き出そうとしているのです。これが、医療における科学的発見の鉄則です。

しかし、「リアルワールド・エビデンス」という考え方もあります。すべての医師によるすべての患者のすべての治療法を把握し、単にそれを記録するのです。そして、これらのデータというリアルワールド・エビデンスを利用してデータマイニングを行うことで、どんな医学的質問にも答えることができるのです。これは、膨大なデータ分析の問題と能力が存在するビッグデータの時代において、きわめて魅力的な考え方です。

パンデミックが起こる前、コンピュータサイエンティストである私は、このリアルワールド・エビデンスという考え方は単純明快だと思っていました。データがありさえすれば良いと思っていました。しかし、今年に入り学んだことは問題ははるかに難しいことで驚かされました。

パンデミックの際には、米国の医療史上最大規模となる抗体血漿の早期入手プロトコルが承認されました。10 万人以上の人々が登録しました。その 10 万人がどうなったかを見れば、抗体血漿が有効であったかどうかがわかるとお思いでしょう。しかし、抗体血漿の使用は 100 年の歴史を持つ医学分野であるにもかかわらず、COVID-19 への有効性を判断することは予想以上に困難でした。機械学習やデータサイエンスの重要なツールが不足していたことなど、多くのことを学びました。さらに、これらの作業がきわめて短期間で行われていたこと、そして、常に世間の注目、時には政治的なスポットライトを浴びていたことも、深刻な課題でした。

研究者たちは迅速に仕事をこなすだけでなく、世間の注目に晒されながら仕事をしていたということですね。

おっしゃるとおりです。これは私たちが通常行っている科学とは違う種類のものです。科学的発見の通常のパラダイムは、問題に取り組み、論文を発表し、会議を行い、議論するというものです。そして、世界中の科学者が同じ問題に取り組み、臨床試験で結果を再現し、議論します。このようなプロセスが、5 年から 10 年かけて行われます。このパンデミックでは、これを 1 年ですべてやろうとしました。これは、私が「危機対応科学」(“crisis response science”) と呼ぶ新たなパラダイムです。

ニュートンやアインシュタインは世界を救うために登場したわけではありませんが、今起きていることはまったく異なります。さらに、今日の課題はパンデミックだけではありません。カリフォルニアやオーストラリアの山火事のような気候変動の災害にも研究者や科学者が投入されました。もし小惑星が地球に衝突しようとしているとしたら、あなたは今誰を呼ぶでしょうか? そう、科学者を呼ぶでしょう。科学者にとっては、これまでとは全く異なるパラダイムです。

ここで、「なぜ危機に際して、あらゆる分野の科学者や研究者が重要な役割を果たすのか」という疑問が生まれます。それは、科学者は真実に対して献身的に取り組むという元々の傾向があるためです。科学者たちは、この実験が所定の結果になるかどうかで自分のキャリアが決まるかもしれないという文化や考え方を身につけなければなりませんでした。しかし、所定の結果が得られなくても、自分の仮説が間違っていたことを示す結果を発表する絶対的義務があるのです。この真実追究への姿勢は、人々、政党や政府、権力などの構造に大きな影響や混乱を与える可能性のある危機に対応しようとする時に、非常に重要になります。たとえば、抗体血漿の取り組みでは、COVID-19 からの回復という困難な経験をしたばかりの人に、今度は血漿の提供という別の困難なことをお願いするのは大変なことだと学びました。

マイクロソフトは、レジリエンスに関するシリーズを開始し、この 1 年で生まれた人々や取り組みをいくつか紹介しています。先ほど予測ダッシュボードの話が出ましたが、他にうまく行ったものをいくつか教えてください。

もちろんです。データに関してもう 1 点言えば、パンデミックの際に作成された科学的な研究や論文の量には圧倒されました。人間の情報吸収能力をはるかに超えていました。そこで、マイクロソフトは早くから CORD-19 (COVID-19 Open Research Dataset) の作成に協力しました。そしてほんの数カ月前に、マイクロソフトはそれを基にして自然言語による検索を可能にした Microsoft Biomedical Search を発表しました。膨大なデータをスマートに合成するために AI を活用することがとにかく重要で、そこで達成されたことはただただ驚くべきことです。

私が参加したプログラム The Fight Is in Usには、大手テクノロジ企業、医療機関、非営利の血液センター、営利目的の製薬会社、メディア企業などが参加していました。取り組むべき困難な問題について共通の理解を得て、協力できる場所を見つけるために、全員集まり、毎週のように会合し、今も集まっています。

冒頭のお話では、社会的レジリエンスという新しい研究分野と、この分野の恒久的な課題となることが確実な課題に取り組む職責の創出についてお話しいただきました。今後のマイクロソフトの研究の役割について、もう少し詳しく教えてください。

マイクロソフトにとって重要なことのひとつは、学校の生徒、インフォメーションワーカー、工場の現場など、様々な人々の仕事を支援することです。そして今、マイクロソフトにとっては、仕事がどのようなものになるのかを理解することがとても重要なのです。未来の仕事がどうなるのか、私たちにはまだよくわかっていません。

パンデミック前には、この点はかなり明確だと思っていました。所定の機能を提供する建物や会議室を設計するための科学的知識は十分にありました。そして、人々の仕事を適切にサポートできるよう、さまざまなことに対応してきました。これらはすべて、長年の経験に基づいており、その一部は多くの研究による深い理解に基づいたものです。今は、そのすべてが宙に浮いている状態です。つまり今起こっていることは、これらの分野の研究が再活性化されているのです。10 年前や 25 年前に大々的に行われていた研究に再度脚光が当たっています。マイクロソフト社内でも、私たちは、仕事の将来性を改めて重視しています。

マイクロソフトが研究に投資することがなぜ重要なのでしょうか?

今、マイクロソフトは非常に特別な場所にいます。なぜならば、私たちはあらゆる人が成長し、成功するための支援をしているからです。マイクロソフトのビジネスモデルは、世界の分裂が減り、テクノロジや良い雇用へのアクセスがより公平になり、各国の関係が良好になることに基づいています。それが真実であればあるほど、私たちのビジネスは拡大していきます。これは事前に計画されたものではなく、自然にそのような状況になったのだと思います。これらの慈善活動に対する熱意は、マイクロソフトのビジネスモデルと完全に一致するものです。

そこで、私たちは昨年の夏限りと思っていたプロジェクトを再考し、永続的であることを認識した上で、社会的レジリエンスというこの考えに基づいて、新しい職務内容、新しい職責、新しい組織構造を作ることにしました。つまり、マイクロソフトの社員が生計を立てられ、これらのことに焦点を当てた長期的キャリアを築けることを目指しています。

新たな研究分野である社会的レジリエンスについての詳細、および、貢献の方法については、Microsoft Research ブログをご参照ください。

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