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マイクロソフト、「未来の農業」に向けたツールキットをオープン ソース化

ジェイク シーゲル (Jake Siegel) 2022 年 10 月 6 日

※本ブログは、米国時間 10 月 6 日に公開された “Microsoft open sources its ‘farm of the future’ toolkit” の抄訳を基に掲載しています。

ワシントン州ファーミントン – ここワシントン州東部のなだらかな丘陵地帯では、昔から小麦や大麦、レンズ豆が豊富に収穫されてきました。

5 代目農家であるアンドリュー ネルソン (Andrew Nelson) 氏は、その恵みに新たな収穫の元となるものを追加しようとしています。それは、データです。

ネルソン氏は、土の中のセンサーや空中のドローン、さらには宇宙の衛星からデータを収集しています。これらの機器が、ネルソン氏の農場のさまざまな地点における情報を日々、一年中送ってくるのです。その情報には、気温の変化や土壌の水分と栄養レベル、作物の健康状態などが含まれています。

次にネルソン氏は、そのデータを Project FarmVibes へと送ります。Project FarmVibes とは、マイクロソフト リサーチが取り組んでいる農場向けの新しいテクノロジ群のことです。本日よりマイクロソフトは、このツールをオープン ソース化します。これにより、研究者やデータ科学者、そしてソフトウェア エンジニアでもあるネルソン氏のような数少ない農業従事者は、こうしたツールをベースとして農業データを行動へとつなげ、収穫量の向上やコスト削減に役立てることができるようになります。

最初にオープン ソースとしてリリースするのは FarmVibes.AI です。これは、研究者やデータ サイエンス関係者にデータ駆動型農業の高度化に取り組んでもらうためのアルゴリズムのサンプル セットです。ネルソン氏は、AI を搭載したこのツールキットを活用し、種が土に埋められる前から収穫後に至るまで、農業のあらゆる段階での意思決定に役立てています。

Microsoft Azure 上で稼働している FarmVibes.AI のアルゴリズムは、使用すべき肥料や除草剤の理想的な量とその散布場所を予測しているほか、農地全体の気温と風速を予報し、植え付けと散布のタイミングや場所を把握できるようにしています。また、土壌の水分量に基づいて種を植える最適な深さをはじき出し、作物や育て方を変えることで土壌から炭素を隔離する方法も判断しています。

FarmVibes.AI の画像で農地の雑草を識別するアンドリュー ネルソン氏。マルチスペクトル ドローンの画像から作成されたもので、ネルソン氏はこの情報をもとにこの秋の処理を決める予定です(写真:ダン デロング(Dan DeLong)がマイクロソフトに提供)
FarmVibes.AI の画像で農地の雑草を識別するアンドリュー ネルソン氏。マルチスペクトル ドローンの画像から作成されたもので、ネルソン氏はこの情報をもとにこの秋の処理を決める予定です (写真: ダン デロング (Dan DeLong) がマイクロソフトに提供)

マイクロソフト リサーチと提携し、7,500 エーカーの土地を Project FarmVibes の実験場に変えたネルソン氏は、「Project FarmVibes によって未来の農場が構築できる」と話します。「テクノロジと AI が農業に与える影響を、これによって紹介しているのです。私にとって Project FarmVibes は、時間やコストの大幅削減につながるものですし、農場で発生するさまざまな問題をコントロールすることにも役立っています」

この新しいツールは、マイクロソフトが Land O’ LakesBayer といった大手のお客様と協力し、データの統合と分析に取り組んでいた中で生まれたものです。 Project FarmVibes は、精密農業や持続可能な農業に関する最近の研究を反映したものです。

マイクロソフト リサーチで業界向けリサーチ担当マネージング ディレクターを務めるランビール チャンドラ (Ranveer Chandra) は、「最新の研究ツールをオープン ソース化することで、マイクロソフトは同ツールをワシントン州以外にも広め、世界で喫緊の課題となっている食糧問題対策を支援したいと考えています」と話します。

チャンドラは、地球での食料供給に向け、2050 年までに世界の食糧生産量をほぼ倍増させる必要があると述べています。しかし、気候変動が加速し、水量が減少し、耕作地が消滅していく中で、持続的に生産を行うことは非常に困難です。

「この問題の対策の中でも特に有望なアプローチがデータ駆動型農業だと考えています」と、チャンドラは語ります。

「マイクロソフトでは、データと AI で生産者の能力を高め、農業に関する知識を増やして持続可能な方法で栄養価の高い食品を栽培できるよう取り組んでいます」

研究が実を結ぶ

ネルソン氏の農場も最近までは世界中の多くの農場と同じでした。自宅にインターネットはありましたが、 WiFi の電波はドアの外までしか届かない状態で、同氏が抱える 7,500 エーカーの農地は圏外でした。

それが今では、Project FarmVibes の FarmVibes.Connect というソリューションを活用しています。FarmVibes.Connect は、遠隔地や農村部のインターネット接続性を高めることができ、最終的にはマイクロソフトがオープン ソース化をする予定のソリューションです。仕組みとしては、テレビのチャンネル間で「雪」のようにちらつく未使用の周波数帯であるホワイト スペースを介してブロードバンドアクセスを提供するようになっています。現在ネルソン氏には、WiFi ルーターのように機能する太陽電池式のテレビ用ホワイト スペースのアンテナがあり、これで農場の大部分をカバーできています。

こうして接続性が高まったことで、ネルソン氏は FarmVibes.AI からインサイトが得られるようになりました。この FarmVibes.AI は現在 GitHub にて提供されており、次のような特徴があります。

  • Async Fusion: ドローンや衛星の画像と地上センサーからのデータを組み合わせ、インサイトを提供します。例えば、ネルソン氏は Async Fusion を使い、マルチスペクトル ドローンの画像と土壌センサーのデータから栄養ヒートマップを作成、そのマップを使って播種や肥料散布の速度を変えています。それが収穫量を増やし、過剰な施肥を防ぐことにもなるためです。また Async Fusion を使えば、ネルソン氏の農場全体のセンサー データから土壌水分量のマップも作成でき、種を植える深さやどの順番で植えるべきかまで把握することができます。さらに、トラクターや散布機がぬかるみにはまるのを防ぐことも可能です。
  • SpaceEye: AI を使って衛星画像から雲を除去します。これにより、ネルソン氏はドローンで偵察していないエリアの情報を取得、雑草を識別する AI モデルにその画像を送り、必要な場所だけに除草剤を散布しようとマップを作成しています。また、散布時にもこのマップを利用して分量を調整し、雑草が密集している場所には多めに、それ以外の場所には少なめに散布するようにしています。
  • DeepMC: センサー データと気象観測所の予報から、農場における微気候の気温と風速を予測します。ネルソン氏の地域の地元天気予報では、地上 10 メートルの状況を予測していますが、「地上 10 メートルの状況はどうでもいいですからね」とネルソン氏。「私が知りたいのは、自分の作物がある場所がどうなっているかです」。今年の春先、小麦畑への除草剤散布の準備を進めていたネルソン氏は、適切な気候を知りたくて天気予報を確認しました。氷点下の気温で除草剤をまくと、作物に害を与えてしまうためです。地元の天気予報では問題ないように思えましたが、 DeepMC では凍結を予測したため、ネルソン氏は散布を延期。その朝目覚めた時には、霜が降りている状態でした。
  • 「もしも」を分析するツール: さまざまな農法が、土壌の炭素隔離量にどう影響するかを試算するツールです。現在ネルソン氏は、この「もしも」のシナリオを活用し、土壌の健康状態を改善して収穫量を増やそうとしていますが、今後はこのシナリオを使って炭素市場にも参入する計画です。同市場では、二酸化炭素を大気中に放出せず、土壌の中に閉じ込めておく農法に対し、農家に資金が支払われるようになっています。

ネルソン氏は現在、FarmVibes.AI 以外の Project FarmVibes ツールをテストしており、これらのツールも将来的にはオープン ソース化される予定です。そのツールの中には、ドローンの偵察飛行から得た大量のデータをインテリジェントに圧縮する FarmVibes.Edge といったものも含まれています。同ツールは、例えば農場内で雑草がある場所など、農家が気になるエリアを特定し、道路などの詳細は無視します。このように、FarmVibes.Edge は画像を効率的に圧縮し、FarmVibes.Connect を介して画像をクラウドにアップロードできるようにします。

こうした技術により、ネルソン氏の農場と資金面には大きな影響が出ています。例えば、ネルソン氏がデータを使って散布を行った最初の年に削減できた金額は、収入とまったく同じ額でした。この春には農場の 3 分の 1 にこの手法を適用し、特に使用量の多かった薬剤のうち 1 種類を 35% 削減することができました。秋の収穫後には、さらに 40%削減できる見込みです。「これで従業員 1 人分にあたります」と、ネルソン氏は述べています。

ネルソン氏は、現在もマイクロソフト リサーチの新技術のテストを継続しています。その最新技術のひとつがトレーサビリティ センサーで、作物を耕作地からトラック、貯蔵庫まで追跡するものです。穀物貯蔵庫の中では、こうしたセンサーが二酸化炭素濃度を監視しています。二酸化炭素が増え始めたら、貯蔵庫内の湿気が高くなっているということなので、作物を保護するために巨大扇風機を回すべきだとわかります。センサーはその後の作物追跡も可能で、例えばアジア向けの特定の品種の小麦が、スネーク川沿いの正しい荷船に向かって正しいトラックで運ばれているか確認できるようになります。

カマから表計算シートまで

チャンドラによると、Async Fusion や SpaceEye、DeepMC などの AI アルゴリズムは、農業従事者が気候変動に適応するのをサポートするだけでなく、気候変動に立ち向かう際にも役立つといいます。農地で使用する水や薬品の量を減らすことで、テクノロジは持続可能な方法で生産性を高めることができるというのです。

一方、FarmVibes.AI の「もしも」を分析するツールは、地球温暖化の要因となる炭素を農場から除去するのに役立つ可能性があると、チャンドラは言います。

「農業は気候変動の要因となっており、気候変動によって多大な影響を受けていますが、テクノロジの手を借りれば気候変動の解決につながるかもしれません」と、チャンドラは述べています。

収穫機に乗るのと同じくらいうまくコーディングができる数少ない農業従事者のアンドリュー ネルソン氏。写真は、オフィス内でマルチスペクトルドローンの画像をレビューする同氏の姿(写真:ダン デロングがマイクロソフトに提供)
収穫機に乗るのと同じくらいうまくコーディングができる数少ない農業従事者のアンドリュー ネルソン氏。写真は、オフィス内でマルチスペクトルドローンの画像をレビューする同氏の姿 (写真: ダン デロングがマイクロソフトに提供)

チャンドラは、世界中のほとんどの農業従事者は、収穫機に乗るのと同じくらいうまくコーディングができるネルソン氏とは違うと指摘します。大半の農家は、GitHub でこうしたツールをダウンロードすることもないでしょう。だからこそマイクロソフトは、学術界や産業界のパートナーにこの研究を解釈してツールへと変換してもらうようにし、発展途上国の小規模農家も含めすべての農業従事者が使えるようなツールにしてもらいたいと考えているのです。

「マイクロソフトは、最新テクノロジのすべてを専門家が活用できるようにすることで、専門家それぞれの領域の知識を活かして生産者向けツールを構築してもらいたいのです」

「それがオープン ソース化した理由です。コミュニティに対して技術を公開することで、土壌科学の最高峰をコンピュータ サイエンスの最高峰に取り込み、持続可能な農業を実現するチャンスを解き放つことができればと考えています」

ネルソン氏によると、農業従事者は常にテクノロジに目を向け、土壌からより多くの情報を絞り出そうとしてきたといいます。そのため、大小さまざまなカマを取り扱うのも、ソフトウェアや表計算シートを取り扱うのも、それほど大きな違いはないとしています。

「コンピュータの進歩と同じようなものだと思います。すべてのものは、これまで積み重ねられてきたものが土台となっているのです」とネルソン氏。「祖父が耕作していた農地の広さは 750 エーカーでしたが、より強力な機械を使って私は 7,500 エーカーを耕作できています。Project FarmVibes のテクノロジにより、今度は農地単位を扱うのではなく、1 エーカー単位を扱う小規模農家に戻ることができそうです。農地について非常にきめ細かく理解できるようになりましたからね」

関連情報

Project FarmVibes の詳細

GitHub より FarmVibes.AI をダウンロード

ジェイク シーゲルは、マイクロソフトの研究とイノベーションについて執筆しています。

 

トップ画像: ピックアップ トラックの荷台からドローンを発射するアンドリュー ネルソン氏。これで耕作地のマルチスペクトル画像を撮影し、排水と秋の雑草の量を記録しています。(写真:ダン デロング (Dan DeLong) がマイクロソフトに提供)

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