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トヨタ自動車、エンジニアの知見を AI エージェントで継承へ ー 競争力強化に向け革新的な取り組みを開始

トヨタ自動車、エンジニアの知見を AI エージェントで継承へ ー 競争力強化に向け革新的な取り組みを開始

チェン メイ イー (Chen May Yee)

※本ブログは米国時間 11 月 19 日に公開された ”Toyota is deploying AI agents to harness the collective wisdom of engineers and innovate faster ” の抄訳を基に掲載しています。

自動車産業は今、100 年に一度の大変革期を迎えています。ハイブリッド車、電気自動車、そして自動運転車の登場により、世界中の自動車メーカーには、かつてないスピードでの技術革新が求められています。

世界最大の自動車メーカーとして、昨年度の販売台数が 1,000 万台を超えたトヨタ自動車も例外ではありません。

名古屋の産業中心地から東へ車で 1 時間。豊田市に本社を構えるトヨタ自動車は現在、生成 AI エージェントシステムの構築を進めています。このシステムは、社内に蓄積された専門知識を保存および共有することで、ベテランエンジニアの大量定年を迎える中でも、新型車の開発スピードを向上させることを目指しています。

「私たちトヨタは今、自動車会社からモビリティカンパニーへと進化を遂げようとしています」と語るのは、この生成 AI プロジェクトのリーダーを務める大西 健二氏です。トヨタで 18 年のキャリアを持つ自動車エンジニアである同氏は、「現在直面している最大の課題は、開発項目が急速に増加していることです」と説明します。

その開発項目には、バッテリーや充電設備はもちろん、世界中のトヨタ工場から送り出される製品に不可欠な、数多くのハードウェアやソフトウェアが含まれています。

トヨタ会館に展示されている新型車。写真: 林 典子 for Microsoft
トヨタ会館に展示されている新型車。写真: 林 典子 for Microsoft

このシステムは「O-Beya (大部屋)」と名付けられました。これはトヨタの伝統的な経営手法である「大部屋方式」にちなんだ命名です。実際のエンジニアたちの設計データを基に、24 時間 365 日いつでも相談できる AI エキスパートたちの「仮想の大部屋」を作り上げるという構想です。

現在の O-Beya システムには 9 つの AI エージェントが実装されており、振動の専門家から燃費の専門家まで、様々な分野をカバーしています。ユーザーは質問内容に応じて、複数のエージェントを同時に選択することができます。

例えば、エンジニアが「より速く走る車を作るにはどうすればよいか」と質問した場合、エンジンエージェントはエンジン出力の観点から回答を提供し、一方で規制エージェントは排出ガス規制の観点から回答を提案します。O-Beya システムがこれらの回答を一つに統合します。将来的には、ユーザーではなく、システムが最適なエージェントの組み合わせを選択するようになる予定です。

このシステムが特にパワートレーン開発部門で活用されているのには、明確な理由があります。パワートレーンは、エンジンからタイヤまでの動力伝達を担う重要な基盤です。その設計には、エンジン、バッテリー、走行性能、さらにはエンジン音に至るまで、多岐にわたる専門家の協力が不可欠です。

「これらの専門家の多くがベテラン世代です。彼らが定年を迎えることで、その知識が失われる可能性があります。それを防ぐことがここでのミッションです。この知識を次世代に引き継ぎたいと思っています」と、大西氏は言います。

トヨタの AI システムは、Microsoft Azure OpenAI Service を活用し構築されています。さらにベクトル検索機能を備えた Cosmos DB 、サーバレスプラットフォームの Azure Functions、ハイブリット検索が可能な AI Searchをうまく組み合わせ 、RAG (Retrieval-Augmented Generation) を構築しています。これにより、単なるキーワード検索を超えて、文脈を理解した関連情報の検索が可能になっています。

システムの知識ベースには、過去の設計報告書や最新の法規制情報はもちろん、ベテランエンジニアたちの手書きの文書までもが含まれています。また、Cosmos DB にはユーザーとの対話履歴や、AI の回答に対する人間の専門家による評価も蓄積され、システムの継続的な進化を支えています。

大西氏によれば、今後はさらに技術図面などの視覚的な情報も取り込んでいく計画だといいます。

2024 年 1 月の運用開始以降、エンジン、トランスミッション、ドライブシャフト、アクスルなど、パワートレーン関連の開発に携わる約 800 人のエンジニアたちに O-Beya システムのアクセスが解放されています。大西氏によると、月間の利用回数は数百回におよぶとのことです。

燃費性能と環境規制を専門とするエンジニアの中村 剛啓氏も、O-Beya システムの活用者の一人です。最近、排出ガス測定機器の仕様について規制エージェントに質問を投げかけたところ、その回答の正確さと詳細さに驚かされたといいます。

「情報を探すことが格段に容易になりました」と中村氏は言います。これまでは適切な文書を探し出し、膨大な文章に目を通して答えを見つけ出すまでに相当な時間を要していました。

燃費性能を専門とするエンジニアの中村 剛啓氏は、O-Beya システムを使って環境規制を調べています。写真: 林 典子 for Microsoft
燃費性能を専門とするエンジニアの中村 剛啓氏は、O-Beya システムを使って環境規制を調べています。写真: 林 典子 for Microsoft

トヨタ自動車の歴史は、1930 年代の絹織物の町・挙母 (ころも) にまで遡ります。大恐慌による絹需要の急落に危機感を抱いた当時の市長が、豊田自動織機の後継者である豊田 喜一郎氏に自動車工場の誘致を働きかけ、地域経済の活性化を図ったのが始まりでした。

その後、日本語での見た目の美しさを考慮して、社名は「トヨダ」から「トヨタ」へと変更されました。

現在、トヨタは世界最大の自動車メーカーへと成長を遂げ、ジャパンタイムズの報道によれば、2024 年 3 月期には過去最高となる 4 兆 9,400 億円の純利益を達成しました。同社は「レクサス」をはじめとする高級車も製造しており、無駄を最小限にする「トヨタ生産方式」でも知られています。

2006 年の大学卒業と同時にトヨタに入社した大西氏は、「多くの自動車工学専攻の学生と同じように、私もトヨタで働くことが夢でした」と振り返ります。 入社後は、ハイブリッド車の走行制御開発からキャリアをスタートし、様々な開発プロジェクトを経験した後、2018 年にパワートレーン開発部門に異動しました。彼のプロフィールには「新しいことへの情熱を持ち続ける」という言葉が記されています。

トヨタで 18 年のキャリアを持つ O-Beya システムプロジェクトリーダーの大西 健二氏。O-Beya システムは AI エージェントを備えたプラットフォームで、パワートレーン設計者の開発スピードを向上させています。写真: 林 典子 for Microsoft
トヨタで 18 年のキャリアを持つ O-Beya システムプロジェクトリーダーの大西 健二氏。O-Beya システムは AI エージェントを備えたプラットフォームで、パワートレーン設計者の開発スピードを向上させています。写真: 林 典子 for Microsoft

自動車は基本的に、パワートレーン (動力系統)、ボディ (車体)、そしてサスペンション、ステアリング、ブレーキから成るシャシー (足回り) という 3 つの主要部分で構成されています。従来、パワートレーンはエンジンとトランスミッションのみで構成され、タイヤに動力を伝えるだけでした。しかし、ハイブリッド車の登場により、モーターとバッテリーという新たな要素が加わりました。さらに電気自動車が登場し、充電機能も必要になりました。

自動車製造がますます複雑化する中で、AI エージェントの種類は増加の一途を辿るだろうと大西氏は言います。例えば、大西さんは「消費者の声エージェント」の開発を構想しています。これは特定の車種に関する顧客からの最も一般的な不満を教えてくれるエージェントです。仮に「エンジン音が気になる」という声が頻繁に上がってくる場合、エージェントへの次の質問は「どのような状況で気になるのか?」になるでしょう。ここから、チームは次世代車両のエンジン音低減への取り組みを開始していくのです。

冒頭の写真: AI プロジェクトリーダーの大西 健二氏とエンジニアの中村 剛啓氏が、パワートレーンの部品開発をより早く行うべく、O-Beya システムに相談している様子。写真: 林 典子 for Microsoft

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