水素燃料電池で炭素排出量ゼロのバックアップ電源をデータセンターに提供
ジョン・ローチ (John Roach)
※こちらは米国時間 7 月 22 日に公開された ”Hydrogen fuel cells could provide emission free backup power at datacenters, Microsoft says” の抄訳を基に掲載しています。
ニューヨーク州レーサム – 今年 6 月初旬のどんよりした天気の日、長さ 40 フィート (約 12 メートル) の輸送用コンテナ 2 つに詰め込まれた水素燃料電池が起動しました。エンジニアたちはノートパソコンを囲み、そこに映し出された世界初の水素発電機の状態と安全性、そして出力に関するデータに見入っていました。
「これだ、ちょうど今、3 メガワットで動いている」と、マイクロソフトのデータセンター先進開発チームで主席インフラエンジニアを務めるマーク・モンロー (Mark Monroe) は叫びました。
コンテナ上部のファンや蒸気を排出するパイプから雑音が鳴り響く中、燃料電池システムを構築した Plug 社のエンジニアから拍手と歓声が沸き起こりました。マイクロソフトでは、これまで停電などのサービス停止時に継続運用ができるバックアップ用ディーゼル発電機の代替品として、二酸化炭素排出量がゼロとなるような発電機を探していましたが、この瞬間、その取り組みにおける新たなマイルストーンが達成されたのです。
マイクロソフトのデータセンターリサーチディレクター、ショーン・ジェームズ (Sean James) は、「今私たちが目撃したものは、データセンター業界にとって月面着陸の瞬間のようなものです」と語ります。「排出量ゼロの発電機が手に入ったのですから、驚くべきことです」
データセンターは、クラウドコンピューティングの向こう側にある物理的なインフラです。データセンターには、猫の動画や休暇の写真が保存されているほか、リモートワーカーが集まってバーチャル会議を行い、ゲーマーが集まってワールドを構築したり車でレースしたり敵を吹き飛ばしたりする場所でもあります。また、世界中の企業の DX を実現し、顧客ニーズに迅速かつ安全に対応し、サプライチェーンのロジスティクスを管理しているのもデータセンターです。
データセンターは、特に目立つことのない倉庫で、その中には何万台ものコンピューターサーバーと、そのサーバーを 1 日 24 時間年中無休で稼働させるために必要な機器が詰め込まれています。また、サーバーをTシャツ程度の温度に保つ機械や、電力網の停止時にも電力供給を中断せずに維持できるバッテリーや発電機が含まれています。
ジェームズは、「データセンターは、送電網が停止しても動いているからこそデータセンターといえるのです」と話します。「停電時でもサーバーは動いています。それがデータセンターと、コンピューターでいっぱいの倉庫との違いです」
次世代発電機
マイクロソフトでは、データセンターのお客様に「ファイブーナイン」のサービス可用性を提供するよう努めています。これは、データセンターが 99.999% の確率で稼働しているということです。その実現に向け、データセンター運営側では停電が発生した瞬間に作動する UPS という無停電電源装置を採用し、バックアップ発電機の準備が整うまでサーバーに電力を供給しています。
マイクロソフトでは、発電機が必要な時に確実に作動するよう定期的に検査し、サーバーなどのデータセンター機器から電力負荷がしっかり発電機に転送されるよう、負荷テストを実施しています。
バックアップ発電機は頻繁に使われるものではありませんが、停電時には欠かせないものです。発電機によってデータセンターへの電力供給が中断されずにすみ、お客様へのサービスが維持できるためです。
バックアップ発電機が稼働する際には、一般的に化石燃料が燃やされます。そこでマイクロソフトでは、持続可能な代替燃料を開拓しようと取り組んできました。当社は 2030 年までにカーボンネガティブを実現することを公約として掲げており、その一環としてディーゼル燃料を廃止すると公言しています。この目標達成に向け、マイクロソフトは短期的および長期的な代替燃料を模索しています
例えば、マイクロソフトは 2021 年 11 月、スウェーデンに持続可能なデータセンターリージョンを立ち上げています。同データセンターでは、スウェーデンの燃料供給会社 Preem の Evolution Diesel Plus を発電機燃料として使用しています。このディーゼル燃料には、再生可能な原料が 50% 以上含まれており、二酸化炭素の実質的な排出量は標準的な化石ディーゼル混合物とほぼ同等量削減することが可能です。
マイクロソフトの最高環境責任者、ルーカス・ジョッパ (Lucas Joppa) は、長期的にはプロトン交換膜 (PEM) 燃料電池技術が、二酸化炭素排出量ゼロを実現するソリューションとなるかもしれないと述べています。PEM 燃料電池は、水素と酸素を化学反応させて電気や熱、水を生成するもので、燃焼が起こることも、粒子状物質が発生することも、二酸化炭素が排出されることもありません。
レーサムでの PEM 燃料電池テストでは、3 メガワットでこの技術の実行可能性が実証されました。これは、データセンターのバックアップ発電機の規模としては初めてのことです。グリーン水素が利用できるようになり、経済的にも実現可能となれば、このような定置型バックアップ電源がデータセンターから商業ビル、病院に至るまで、さまざまな業界で導入される可能性があります。
「3 メガワットというのは、現在当社で利用しているディーゼル発電機に匹敵する規模なので、非常に興味深いです」と、ジョッパは述べています。
「ビジョンの構築」へ
マイクロソフトは、2013 年にカリフォルニア大学アーバイン校の国立燃料電池研究センターと共同で燃料電池技術の研究を開始し、同大学内にて天然ガスを燃料とする固体酸化物形燃料電池 (SOFC) でコンピューターサーバーのラックに電力供給するというアイデアを検証しました。この技術は、現在のところ極めて高価にはなりますが、ベースロード電源として有望であることが示されています。
マイクロソフトは 2018 年、PEM 燃料電池がバックアップ用ディーゼル発電機の課題を解決する可能性があるとして、この技術に注目するようになりました。PEM 燃料電池は、ディーゼルエンジンのように素早くオン・オフすることができ、負荷の上下にも追従できることから、自動車産業ではよく使われています。この高速反応と負荷追従機能が、データセンターのバックアップ電源に適しているとモンローは語ります。
「まずコストの予測と水素の利用可能性を検討し、これが解決策になると確信を持つようになりました。そこでビジョンを構築したのです。まずラックから始め、列全体へと進み、室内全体、そしてデータセンターへと進んでいきました」と、モンローは述べています。
マイクロソフトは 2018 年、コロラド州ゴールデンに拠点を置く国立再生可能エネルギー研究所のエンジニアと協力し、65 キロワットの PEM 燃料電池発電機でコンピューターラックに電力を供給しました。その後 2020 年には、ユタ州ソルトレイクシティの Power Innovations と契約、250 キロワットの水素燃料電池システムで 10 ラック (1 列分に相当) のデータセンターサーバーに連続 48 時間電力が供給できるシステムの構築とそのテストを依頼しています。
その概念実証デモの成功後、データセンターのディーゼル発電機を置き換えるのに十分な規模となる 3 メガワットシステムの実証に着手しています。
ただ、ここで問題となったのは、これほど大規模な PEM 燃料電池システムを作ったことのある人は誰もいないことだったとモンローは話します。3 メガワットというと、マイクロソフトがユタ州でテストしたシステムの 10 倍以上にもなり、1 万台のコンピューターサーバーや 600 世帯分の電力を十分まかなえるほどのエネルギーです。
「最高にクールなこと」に着手
3 メガワットの燃料電池システムを構築するというこの挑戦は、レーサムに拠点を置く Plug 社のエンジニアの共感を呼びました。Plug 社は、燃料電池とグリーン水素技術の商用開発におけるパイオニアです。現在同社は、製造から輸送、保管、処理、販売に至るまで、グリーン水素エコシステム全般のソリューションを提供しています。
Plug でエンジニアリングディレクターを務めるスコット・スピンク (Scott Spink) 氏は、「ホワイトボードに図を描いて、『よし、これは自分たちでできるし、これもできる』と確認していくのはとても楽しかったです」と話します。「このプロジェクトの難題は、実績のある技術に頼ることができなかった点です。燃料電池システムの全部品は、それぞれの担当分野で最先端を行くチームによるものです」
各輸送コンテナに 18 個詰め込まれた 125 キロワットの燃料電池は、Plug 社がこれまで製造した中で最大のもので、3 メガワットの燃料電池システムは同社が適用したシステムとしても最大です。同システムはこれまでに構築したものより規模が大きかったため、コンプレッサーや熱交換器、グリッドスケールのインバーター、水素供給用のパイプなど、あらゆるコンポーネントが大型のものとなりました。
同システムは、Plug 社の燃料電池 ProGen シリーズの研究開発および製造拠点となる同社本社裏の駐車場に隣接するコンクリートパッド上で少しずつ組み立てられました。むき出しのワイヤーやチューブがあちこちに散在し、ラジエーターファンのキャップがコンテナからはみ出しているなど、システムの外観からして初期プロトタイプであることがわかります。
システム構築のためにスピンク氏が集めたエンジニアたちは、そのような雑多な外観に動じることはありませんでした。
このプロジェクトの担当として採用された Plug 社の高出力定置型グループで次世代電気技師を務めるハンナ・ボールドウィン (Hannah Baldwin) 氏は、「これは私がこれまでに手掛けてきたことの中で最高にクールなことです」と語ります。「私のキャリアの中で、これ以上のものはないと思います。組み立てるべきパズルのピースが山のようにありますが、それが全部組み合わさってうまく機能し、安定しているのを見ると、やりがいを感じます」
バックアップ電源
燃料電池発電機が 3 メガワットという指標を達成すると、マイクロソフトのジェームズは実際の環境で性能を証明するためテストを開始しました。
「2 つの疑問がありました」とジェームズは語ります。「最初の疑問は解けました。それは、この技術がすべて統合され、必要とする電力を生成できるのかという点です。2 つ目の疑問は、ディーゼルのような性能を出せるのかということでした。ディーゼルエンジンは、とても迅速に大きなパワーを生み出せる点が鍵となります。そこで、データセンターの負荷サイクルのシミュレーションを開始する予定で、そのひとつが停電です」
停電が発生した場合、UPS のバッテリーでデータセンターは数分間稼働し続けることができます。その間に、ディーゼル発電機または水素発電機を立ち上げることが可能です。一度起動したバックアップ発電機は、燃料供給がある限り理論上データセンターを無限に稼働させることができます。
6 月のレーサムでのあの日以来、スピンク氏のチームは数週間にわたって 3 メガワットの水素燃料電池システムを稼働させ、マイクロソフトがディーゼル発電機の認定に利用しているテストで停電のシミュレーションや長時間運転を行い、信頼の置ける機能性が発揮できることを証明しました。
「とにかくうれしいです」とモンローは話します。「これは、マイクロソフトが 2018 年に開始した取り組みを継続したものです。2020 年に実施した小規模テストの内容を発表した際、将来的には 3 メガワットのテストを実施するつもりだということをほのめかしていました。その将来が今なのです」
プロトタイプのテストが完了し、コンセプトが実証されたことから、Plug 社は最適化された商用版高出力定置型燃料電池システムの展開に注力しています。これは、レーサムの駐車場に隣接するパッドにあるものより設置面積が小さく、より合理的で洗練された外観となっています。
マイクロソフトは、この第 2 世代燃料電池システムをひとつ研究用データセンターに設置する予定で、そこでエンジニアが水素安全プロトコルの開発なども含め、新しいテクノロジの活用方法や展開方法を調べる予定です。実際のデータセンターに導入される時期はわかりませんが、ジェームズによると、大気環境基準によってディーゼル発電機が禁止されている場所に新たにオープンするデータセンターで導入される可能性が高いとのことです。
「興奮が収まったら振り返って、『よし、ひとつ成し遂げた。では 1,000 件達成するにはどうすればいいだろう?』と問いかけるつもりです」とジェームズ。「完全にディーゼルから脱却することを宣言していて、そのサプライチェーンも堅牢でなくてはならないのですから、水素産業全体の規模について話し合う必要があります」
水素経済
水素は宇宙で最も軽く、最も豊富な元素です。そのクリーンエネルギーとしての可能性から、地球上で長らく注目されてきました。ただし課題もあります。太陽などの星は大部分が水素でできていますが、地球上の水素は他の元素との化合物としてしか自然発生しないのです。水もそうですし、天然ガスや石油などの炭化水素もその一例です。
このような天然化合物から水素を分離し、貯蔵、輸送して大規模に電力を引き出すには、高額な費用と技術が必要なことから、その利用も制限されてきました。ただ、過去 10 年間でその考えに変化が起こりつつあると、Plug 社の定置型電力販売および製品管理担当バイスプレジデントであるダリン・ペインター (Darin Painter) 氏は述べています。
その変化を後押ししているのは、水素エコシステム全体が進化したことと、持続可能性への関心が高まり、取り組みが増えていることだとペインター氏は話します。
例えば、風力エネルギーや太陽エネルギーが豊富で安価になったことから、電解槽というマシンを利用して、いわゆるグリーン水素をコスト効率よく生成できるようになりました。電解槽は燃料電池を逆にしたような働きをするもので、エネルギーを使って水の分子を水素と酸素に分解します。電解槽の稼働に使用されるエネルギーが再生可能なものである場合、生成される水素はグリーン水素とみなされます。
レーサムでのテストで使われた水素は、塩素と水酸化ナトリウムの工業生産過程の副産物として得た低炭素の「ブルー」水素でした。ペインター氏によると、Plug 社は増加する需要に応えようと、全米と欧州各地の施設でグリーン水素の生産規模を拡大中だといいます。マイクロソフトでは、稼働中のデータセンターで使用する水素をグリーン水素のみとする予定です。
水素エコシステムの別の側面では、技術の進歩により、水素と酸素を組み合わせて電気と熱、水を生成する、より高密度でより効率の高い燃料電池が実現しています。
「大規模な実用的ソリューションにたどり着くには、こうしたことすべてを実現させなくてはなりません」とペインター氏は話します。「10 年前や 15 年前には、このような 3 メガワットシステムを構築しようとしてもできなかったでしょう」
モンローらは、2018 年に水素燃料電池プロジェクトを開始した際に、数字の変化を実感したといいます。1 ワットあたりで計算すると、水素燃料電池から生成される電力は、ディーゼル発電機など他の電源から生成される電力と比較しても、十分競争力を持つようになりつつあるとモンローは述べています。
クリーンエネルギーソリューションの突破口を開こうと、米国エネルギー省は 2021 年 6 月、Energy Earthshot での最初の取り組みとなる Hydrogen Shot を発表しました。この取り組みでは、10 年以内にクリーン水素のコストを 80% 削減し、1kg あたり 1 ドルとすることを目標としています。モンローによると、1kg の水素には、1 ガロンのガソリンとほぼ同程度のエネルギー量があるとのことです。
またモンローは、ここで必要なのはグリーン水素と燃料電池の生産を拡大する触媒となるものであり、それがコストを下げ、テクノロジの採用を促すことになると述べています。
マイクロソフトやデータセンター業界の企業は、その触媒となるユニークな立場にあるとジョッパは語ります。ジョッパは最高環境責任者としての役割に加え、Hydrogen Council (水素協議会) におけるマイクロソフトの代表も務めています。Hydrogen Council とは、エネルギー、輸送、産業分野の主要企業によるグローバルイニシアチブで、クリーンエネルギーへの移行における水素の役割を促進するため設立されました。
燃料電池とグリーン水素に対するマイクロソフトの事業と持続可能性のニーズは、市場に需要のシグナルを送るものだとジョッパは話します。また、マイクロソフトが水素テクノロジに投資し、その技術がうまく機能すれば、他の企業も自信を持って水素に投資するようになるだろうとしています。
「つまり、マイクロソフトがデータセンターサービスの継続性を確実なものとするために、こうした技術を自信を持って使うようになれば、それが大きな信頼の目安となるでしょう」とジョッパは述べています。
都市規模のソリューション
堅牢なグリーン水素経済が確立すれば、都市が 100% 再生可能エネルギーに移行する際にも役立つとジェームズは話します。というのも、風力発電や太陽光発電によって生成された余剰エネルギーは、電解槽の稼働にも使用することができ、事実上この余剰エネルギーを水素として貯蔵できるためです。そして、太陽が照っていない時や風が吹いていない時には、このグリーン水素によって二酸化炭素を排出することなく燃料電池に電力が供給できるのです。
「マイクロソフトでは、無料のクリーンエネルギーである太陽からクラウドに電力供給したいと考えています」とジェームズ。「ではそのために実際どうするのか。うまくエネルギーを貯蔵しなくてはなりません。その最適な方法が水素なのです」
ジェームズは、データセンターに水素燃料電池や水素貯蔵タンク、電解槽が設置され、余剰の再生可能エネルギーで水分子を水素に変換するという未来を思い描いています。エネルギー需要の高い時期や、太陽光が望めない日や無風の日には、マイクロソフトが燃料電池を稼働させて送電網からデータセンターの負荷を切り離し、その電力を他のユーザーが使えるよう解放するのです。
このようなビジョンを実現するチャレンジがあるからこそ、次世代電気技師であるボールドウィン氏は水素経済圏でのキャリアに固執しているのです。ボールドウィン氏によると、このようなキャリアパスは、燃料電池プロジェクトに参加する前には考えていなかったといいます。
「世界を変える可能性のあることに取り組めるなんて、考えただけでわくわくします。水素は大変革をもたらす大きな可能性を秘めているのですから」とボールドウィン氏は語ります。「再生可能エネルギーといえば、風力発電やソーラーパネルを思い浮かべる人が多く、水素を思い浮かべる人はあまりいません。私自身もそうでした。ただ、この状況は必ず変わると思います」
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